スタッフサービスのCM「さる篇」(左のリンクからパソコンでCMを確認できます)。殿様が「サル、ぞうりをもて!」と言っている CM なんですが…
「あの CM なんて言ってんの?」とある人に聞かれた。ある人というのは 28 歳女性。「ん? 『サル、草履をもて』と言ってるんだけど?」と私の答えにまだ納得できない様子。「どういう意味?」と尋ねてくる。
「あのさ。まさかとは思うんだけど、君、信長と秀吉の草履の話、知らない?」。そう聞くと「なんのこと?」との答え。ふ〜む。あの CM、とりたてて背景の説明などなしに流しているということは、あの話(秀吉が信長の草履を温めたという話)を「誰でも知ってるもの」と考えてると思うんだよね。だけどそういう知識を共有してない人がいる。
以前、ひとまわり年下の女性と仕事をしているとき「俺、ある意味でカタワなんだよね」というとぽかんとされたことがあった。「この子、馬鹿なんじゃなかろうか」と、家に帰って広辞苑を見ると「カタワ」という単語は載ってなかった。差別用語ということで排除されたんだろうな。言葉が失われたことに複雑な思いを持つと同時に、その女性がとくべつに馬鹿なわけじゃないんだろうと安心したことがある(苦笑)。
身の回りのできごとをことさらに一般化するつもりはないけど。
なんというか「共有知」みたいなものの幅広さがどんどんと失われている気がするな。一時期はそういう動きを「多様化」なんて言葉で糊塗(ちなみにパソコンの漢字変換で出てこなかった)していたけれど、「じじい」の指摘を受けることを覚悟して言えば、やっぱり「底が浅くなってる」のが正解だと思う。
23年前。サンタモニカ・ビーチでいろんな人に「日本にオレンジはあるのか」とか「地下鉄はあるのか?」、あるいは「東京はモスクワから車で何分くらいなんだ?」と聞かれたことがあった。「日本人ほどいろんなことを知っている国民は珍しいのかもしれないな」と当時は思った。
でも知識の深さや幅の話で言うと、今では日本人も「国際化」しているのかもしれないな。
投稿者 前田博明 : 2004年09月27日 02:24 | トラックバックまさにご指摘のとおりですね。あのCMは老中の私にははじめ聞き「サル」が聴き取れなくてむしろ映像からせりふに気がついたほどです。情報は送り手の勝手、受けての勝手の原則と常々思っていますが、それだけに送り手は相手のことを考えて発信する必要がありますね。長い間経営教育という分野で仕事をしてきましたが、教育は連鎖と申し上げてきました。一つ上の輪が一つ下を引っ張り上げるのがベターな方法で、あまり年齢とか知識とかにずれがあるとなかなか伝わらなくなります。
でも口にチャックをして「近頃の若い者は」とはいわないようにしています。なにしろこの言葉はピラミッドの中の落書きにあったそうですから、人類はじまって以来の伝統ですから、老中がいったら一気にもう老後突入、なんとか工夫して伝えなければ!
太閤記のようなシンプルで夢のある出世物語のほうが、最近のベンチャーの旗手といわれる人々の成金物語より大事だと思っているのですが。