2004年10月31日

読書ってのは…

囲碁ページの方でお世話になっている BUBI さんの記事に、「『読書』はいいこと?悪いこと?」というものがあった。

私は高校1年のときに「読書は悪いことだ」と断定し、1年間読書から離れたことがある。

なぜ「読書は悪いこと」と断定するに至ったか。それは私の読書習慣による。それまでの私は、だいたい年に 200 〜 300 冊の本を読むことを習慣にしてた。

中学生になると外部の模擬試験を受けたりしてたんだけど、模擬試験の国語に出てくる文章は、出典が書いてあれば必ず原本を買い求めて読んでいた(BUBI さんの記事に出てくる星新一のショートショートも模試で知った)。文学史なんかに出てくる本も、実際に自分で読んでみないと気が済まなかった。

模試に出てくる文章というのを「読んでいるのが常識」であると誤認し(笑)、「いったいいつになったら知らない文章が問題として掲載されることがなくなるのだろう」なんて恐怖感を持っていたりした(苦笑)。

いや、もちろん。だからと言って私の「読書」が「苦痛」であったなどということはない。一冊一冊との出会いは歓喜であり、模試で知らない文書が出てくるのも「まだまだ読むことのできる本が世の中にはあるんだ」という喜びであったことも事実。

だけど。

いくら時間のある若い頃ではあっても、そんな読書習慣を持っていると時間は足りなくなる。中学時代の私、大阪府でベスト8に入ろうかというスポーツクラブに属し、塾に通い、英語は聞ける限りのラジオ講座を聞くという生活をしてた。睡眠不足から体中の痙攣に見舞われ救急車で病院に運ばれたりした。

高校一年になって考えた。

「果たして俺の読書というのは、何かに対するエクスキューズになってはいないだろうか」。「読書を何か高邁なものだと言い訳し、他のことにかけるべき時間を少なくしてはいないだろうか」。

実は「英語」という教科も私にとっては娯楽だった。そして英語に関しては早々に自分に制限を課した。「他の教科を5時間勉強したら、ご褒美に1時間だけ英語を勉強しても良い」。まあこの制限には逃げ道を考え出したけどね(苦笑)。学校や予備校での授業で取ったノートを英訳し、「いや、俺は英語の勉強をしてるんじゃない。物理のノートを英語で書き直してるだけだから。物理の勉強をしてるんだよ」なんて。

でも読書にはそういう逃げ道を作ることはできなかった。「おまえ、本ばかり読んでると馬鹿になるぞ」。一所懸命自分に言い聞かせ、「しばらく読書はしない」と言い聞かせ、ほぼ1年「読書」から離れるのに成功した(^^)。

まあこういう私に対しては。「読書は悪い」云々じゃなくてもっと単純に批判することができるけどね。「過ぎたるは及ばざるがごとし」と(笑)。でも「過ぎる」くらいにやってこそ見えてくる境地みたいなのもあるしね(言い訳かな(笑))。

その1年の「読書離れ」。私は「読書」を悪いものだとして排除したんだけど、新たな境地をもたらしてくれもした。それは「あらゆる科目の問題を言葉の問題として解けるようになったこと」。数学も物理も、もちろん英語もみんな「言葉」の問題として、まるで本を読んだり文章を書いたりするような快感を感じつつ解けるようになった(^^;。

1年後に読書を解禁したときにはまた中毒症状にはまりそうになったけれど、でも1年のうちに知った、たとえば「数学を国語的に解く」快感なんかも忘れられず、結局バランスがとれていったのかな。

ところで。

これも BUBI さんの記事に書いてあったんだけど、読書と教養の話。私は読書によって得られる教養というのは確かにあるし、そしてそこで得た教養というのは、いろんな文化を理解するのに役立つことが多くあると思ってる。

例えば私、囲碁という文化をそれなりに理解するようになってきたけれど、私に読書という習慣がなければ、おそらく囲碁に出会うことはなかったはず。あるいは知り合いに照明デザイナなんて職種の人がいるけれど、その人とは『陰影礼賛』なんていう共通の知識があってこそ会話できるところもあったりする。

さらに教養ないし文化に触れるのに「読書」という手法は一番手軽であったりするしね。本を読むだけで一流の文化人の発言に触れられたりするのはものすごいことだと思う。

本を「高い」という人がたまにいます。「げ。2万円もするのか、この本!」なんて。でもたとえば私が2万円貰っても、その本の内容に見合う文章を書けたりはしないんですよね。「あらゆる本は安すぎるくらいに安い」。

まあしかし。金を払ったことを深く後悔する本がないわけではないことは認めます。そういう本に出会わないようにすることも、日頃の文化理解への努力でしょう(^^;。

投稿者 前田博明 : 10:00 | コメント (1) | トラックバック

2004年10月29日

ライブエイド DVD 予約開始!

今 Amazon で予約注文してる「ライヴ・エイド(初回)」の DVD。

4枚組で 7,992 円!

Amazon の紹介によると、

飢餓で苦しむエチオピアを救うべく立ち上がったミュージシャンが集結した伝説的なコンサート 「Live Aid」。1985年7月13日にロンドン・ウェンブリー・アリーナとフィラデルフィアJFKスタジアムの2カ所で行われた 「Live Aid」の模様が、約20年の月日を経てついに映像化。
参加アーティストはクイーン、エリック・クラプトン、U2、ミック・ジャガー、キース・リチャーズ、ボブ・ディラン、フィル・コリンズ、ビーチ・ボーイズ、デヴィッド・ボウイ、ザ・フー、エルヴィス・コステロ、マドンナ、ニール・ヤング、ジューダス・プリースト、ブラック・サバス、デュラン・デュラン、ホール&オーツなど。
※こちらの商品は、初回出荷限定価格版【¥9,990】(税込)となります。初回出荷分以降は、通常版【¥12,600】(税込)になります。ご注文はお早めに。

これ、私の世代の人に向かっては「たれかこの DVD 買わずにいられようか」と問いたいくらい(笑)。いや〜、これはどうあっても買いでしょう! うるうる。深夜にテレビ見てたよねぇ。85年ってバブルな頃なんだけど、深夜番組、H度合いでも今より上だったけど、過激なのも今よりたくさんあったよね。

う〜懐かしい。はやくオフィスに設置している 5.1ch で鑑賞したい(^^)。

投稿者 前田博明 : 18:49 | トラックバック

頑張れ、田臥勇太!

「田臥」と言って何人の方がわかるのかなぁ。最近は CM にも出てるから結構メジャーなのかな?

そう、日本人初の NBA 入りを目指しているポイントガード。「SLAM DUNK」の「山王」のモデルとなった能代工業出身の選手ですね。

私は彼が高校三年生のときのウィンター・カップ(高校バスケットの全国大会)、全試合観戦していました。

当時の田臥人気は凄かったですね。彼の出る試合は体育館がほぼ満席になる。いや、立ち見もむちゃくちゃ集まっていたので「ほぼ」じゃないな。とにかく凄い人気でした。

当時の能代は「出れば勝ち」。その点も多く人気を集めたんでしょう。プレイとしても見所満載で、たとえばバスケ部の部員ですら知らない人もいる「5秒ルール」を実際の試合で見ることができた。

5秒ルールってのは、ボールを持って何もしないで5秒経過するとバイオレーションになってしまうというルール。ドリブルするなりパスするなりすれば5秒ルールにはひっかからない。でも能代のあまりのディフェンスのすごさに、パスもドリブルもできなくていたずらに5秒が過ぎてしまうなんてのがあったんだよね。あれは正直鳥肌が立ったなぁ。

ただ、当時の能代は「スピード」が売りで、まあそれはそれで凄いんだけど、「単純なスピードアップ」になってしまっていたのがちょっと不満でした。バスケットってのはものすごくシステマティックなスポーツですから、単にプレイをスピードアップしてもつまんないんですよね。もっと「システム」を楽しませてくれないと。


その田臥。高校を卒業してすぐに NBA を目指すと言って留学か何かしたんだけど、気づいたら JBL のチーム(トヨタだったかな?)に入ってた。

JBL って見たことある人はわかると思うけど、たいがい「緩い」んですよね。「プロ化だ〜」とか騒いでいた時期だったけど、選手もしょっちゅうあまりに明らかな手抜きやってたりするし、バスケットを単純なショーみたいに思ってプレイしてる人がいたり。

田臥もそんな中で埋もれていくのかと思ってた。

でも田臥。1年で JBL チームから出て行っちゃいましたね。まあ日本でバスケなんかやってても金にならないという理由もあったのかもしれないけれど、私としては「緩さ」に耐えかねたんだと思いたい。

鶏か卵かしらないけれど、「プロ化」云々言う前に、観客が「緩さ」を意識するような試合をしないで欲しいんだよね>JBL。


今日のうちのサイドバーを見ると、「田臥は2得点、2アシスト NBAプレシーズンマッチ」と書いてある。

サッカーと違って得点は1試合に100点近く入る競技なので「2得点2アシスト」ってのはぜんぜん評価基準にならない数字。でも出場時間は 10 分。10 分の中でそれだけ働いたのなら「おや、なぜあいつもうちょっと出なかったのかな?」と印象に残った可能性もある。

「SLAM DUNK」ってね。本当かウソかはしらないけれど、一応「日本のバスケットの人気工場のために」という名目で書かれたんだよね。

まあ確かに中学・高校でのバスケット人気は上がった。でも社会人バスケットって「え、そんなのやってるの?」って人が相変わらずほとんどだし、結局 SLAM DUNK は、ロドマンやジョーダンの活躍する NBA 人気を高めることになったんだよね。

田臥も。せっかく一度 JBL を経験してそこを出て行ったんだから、ホンマモンのバスケットプレイヤーになって欲しい。そして(すごく遠い道のりだけど)JBL にその「緩さ」を自覚させて欲しい。そうすれば私たちはすぐ近くの代々木体育館に行くだけですごく面白いバスケットが見られるようになるかもしれないんだから。

# 女子のバスケット(WJBL)はかなり面白いんだけどね。

そんな理由で応援されるのは遺憾かもしれないけれど、私は田臥を応援しています(^^)。

投稿者 前田博明 : 17:00 | コメント (3) | トラックバック

2004年10月28日

『ヴィール夫人の亡霊』 ダニエル・デフォー

ヴィール夫人の亡霊』(ダニエル・デフォー)

デフォーと言えばロビンソン・クルーソーですか。私もロビンソン・クルーソーしか読んだことないかもしれない。

で、本書。先に取り上げた『クラリモンド』同様、「世界怪談名作集」のひとつとして公開。と、いうか元本が河出文庫の「世界怪談名作集」。

この作品。「怪談」と言ってもとくに怪奇じみた話は何もないんですよね。ある出来事が起こって、それが世にも不思議な物語であったよ。つまるところは怪談と言って差し支えないものだったね、という感じ。

確か河出文庫ではなかったと思うんだけど、前にどこかから出ていた「怪談集」のような本を読んだ。その本にもこの『ヴィール夫人の亡霊』と同じような構成の話ばかりで「怪談ってこういうジャンルを言うんだっけ?」と疑問に思ったりしたものだった。

なんとなく。当時の「文士生活」(ダニエル・デフォーは 1660-1731 の人)に想像を巡らせてしまって、そういうところが面白い話だったかもしれない。

尚、英語版のテキストも入手可能です。

投稿者 前田博明 : 23:13 | トラックバック

『クラリモンド』 テオフル・ゴーチェ

青空文庫で読んだ本、せっかくだからまとめて置こうと思い立った。

今日読了した青空文庫の本。

クラリモンド』(ゴーチェ テオフル)。

恥ずかしながらこの作家は知らなかった。なぜか最近立て続けにリリースされる「世界怪談名作集」。先日は久しぶりに『信号手』を読んで懐かしい思いにひたっていた。

今回の『クラリモンド』。まさに怪奇物語の王道をいく作品。なんと言っても僧侶(キリスト教)の独白系。そして「クラリモンド」は、行い芳しからぬ女性の名前。こういう組み合わせの怪奇譚、他にもあったよね。と、言うか定型?

物語は期待に違わず進行。エンディングはあまりに素朴だけれども、まあこれも「王道」の一環。わりと面白い本でしたよ。

うん、『信号手』も面白いですよ。これはあまりにメジャーなので多くの人が既読だろうけれども。そういえば、これまたあまりに有名な『スペードの女王』も青空文庫にリストされていますね。

投稿者 前田博明 : 19:25 | トラックバック

2004年10月26日

ブログ入門者に向けての日記の効用

え〜と、知り合いの知り合いは知り合いだがネット世界の常らしいので(ホントカヨ(笑))、トラックバックを投げてみることにしました(^^;。

え〜と。「じゅんの習慣」というブログに以下の記事がありました。

最近思うことだが、日記という習慣は非常に自分の成長を飛躍的に伸ばす効果があるとコーチでもある妻に教えられ素直に従ってみることにしました。

日記。いろいろ効用がありますよね。私の高校時代の師匠である表三郎氏も『日記の魔力この習慣が人生を劇的に変える』なんて本を上梓されました。

私も表だって言うのがちょっと恥ずかしいんですが(苦笑)、中学時代から日記をずっとつけ続けています。当時の日記を読むのもなかなか面白い。赤面することも多いけれども。

中学時代のある日の日記に「日本経済を考える」とかって言って、A4ノート10ページもの論文が書いてあったんですよ。「あ〜あ、中学生がそんなの書いても馬鹿なことの羅列だろう」と読み返してみた。

いや〜、天才かと思いましたよ(爆)。なんか今の私には理解不能な難しい専門用語を使って、結構論文の体裁になってる(笑)。一瞬「何の本写したんだ、こいつ?」って思った。でもそうだった。当時なんか「経済問題」とかに凝っていろんな本を読んでたんだよなぁ。親に頼んで日経新聞買って貰ったりした(爆)。

ことほどさように。

日記単体でも面白いけれど、こうやってトラックバックしたりなんかできる日記。それもまた楽しいもんですよね(^^)。

投稿者 前田博明 : 19:45 | コメント (1) | トラックバック

日本シリーズ視聴率の記録的低迷に思う

ビデオリサーチ社の発表によれば、日本シリーズの視聴率が記録的な低率だったとか。ナイター中継が始まって以来最低だという話も聞いた。

日本シリーズ関東地区での視聴率
第1戦 17.1 %
第2戦 16.3 %
第3戦 14.2 %
第4戦 13.0 %
第5戦 14.2 %
第6戦 20.0 %
第7戦 16.9 %
野球に基本的に関係ない私だけど、こういうふうに野球の視聴率が低くなることはちょっと嬉しい。私の子供の頃というのは、野球というものがほとんど「絶対的な価値を持っていた。

誰もが野球が好きであり、誰もがファンのチームを持っていて、スポーツができる人とはすなわち野球のうまい人。そういう暗黙の了解があった。多分に漏れず、私も小学生の時期には野球が好きで、部活ではないけれどチームに所属していたりもした。

年を取って(笑)、次第に他のスポーツが好きになっていったんだけど、スポーツファン同士の会話で「野球を基準に」話をされることが多かった。ないしはこちらが別のスポーツが好きなんだと言っても、「でも本当は野球が好きなんでしょう?」なんて思われる。

「野球はメリハリがなくてつまらない」とか、「運不運の要素が多すぎて面白くない」とか、「放送時間等で他の番組を蔑ろにし過ぎる」とか、あるいは「全員がひとつの方向に向かわざるを得なかった頃に生まれた競技で、あまりに中央集権的なのが気にくわない」、さらには「競技場と言えばみんな野球場みたいな作りになるのがイヤだ」とか。

そんな不満を言っても「まぁまぁ。一番人気のある国民的スポーツなんだからしょうがないじゃん」なんて言われる。


そんな野球。Jリーグの登場で、次第に「相対化」されてきたように思う(まあ今度はJファンが「絶対的価値」を信じ始めていたりもするんだけど)。

たとえば私は「ラグビー」が好き。「ラクロス」も面白い。「クリケット」だってフルにやられると辛いけど、かなり面白い。バスケットもウィンターカップの全試合を見に行ったこともあるくらい好きだし、アメフットも競技場で見たりする。ああ、ハンドボールもなんとなく「ジジイ」なイメージがあるけどむちゃくちゃ面白い。

ひとつのスポーツを「絶対視」する人は、他の競技が不遇を託っても「まあ人気モノだからしょうがないじゃん?」と言う。これまでは長い間野球ファンがそう言い続けてきた。

いろんな不祥事や経営破綻、そしてこの視聴率の記録的低下が、野球の地位のさらなる相対化を促して欲しいと思っている。

投稿者 前田博明 : 16:50 | トラックバック

2004年10月25日

きょうの名言と岩波書店

私は中学生の頃、「文科系でわからないことがあれば『岩波新書』、理科系でわからないことがあれば『ブルーバックス』を読め」と言われて育ちました(^^)。そしてもちろん文学作品は「岩波文庫」。岩波文庫はまだハトロン紙に包まれていた頃だったなぁ…

おかげで 1980 年くらいまでの岩波新書はほぼ読破し(爆)、ブルーバックスも何十冊もため込んでいました。岩波文庫は言うに及ばずですね。

やがて文科系の道に進んだ私は、いつしかブルーバックスとは縁遠くなり、そして岩波新書はなんだか内容が低下したように感じられるようになって読まなくなりました。岩波文庫も、岩波文庫版とは限らないんだけどほとんどうちに揃っているような状況になったし…。

でも未だに書店に行くと岩波系の棚を飽かず眺めていたりします(^^;。まあ Amazon なんかのおかげで、本屋に行くことがめっきり減ってしまったんだけど…

と、そんな遠い昔の岩波少年が発見したのが「岩波書店『きょうの名言』」。そう、昔から「名言集」とかそういうのにも弱かったんですよね、私。

ちょっとプログラムを組んでサイドバーに表示し、そして「名言」ないし「作者/作品名」で Google 検索をすることにしました。

これ、結構面白いんですよ。たとえば今日(10月25日)の名言集の元ネタである『惜みなく愛は奪う』。これ、岩波では絶版らしいんですね(私はこれ、昔模試に出たので買った記憶があります。でもこういう本を絶版にするのはダメだと思うな…)。でも「作家 Google」をクリックして貰うと、「青空文庫」から出ていることがわかる。

また、「名言 Google」リンクの方をクリックすると、これまたいろいろと面白そうなページがヒットする。

前に私はライターもやってるんだと書きました。ライターってのはこんなことをして、自分のネタ帳を太らせているんですね(笑)。

なんかね。言い古された言葉だけど、便利な世の中になったもんですね(^^)。

投稿者 前田博明 : 04:00 | トラックバック

2004年10月23日

カズゴン招集は勝負でフェスタだ!

え〜と、先日書いたカズとかゴンの代表招集。

監督はやっぱり前向きのようですねぇ。このページの右サイドバーに表示されていた ASAHI.COM の記事によれば、

サッカー日本代表のジーコ監督は22日、消化試合となるワールドカップ(W杯)アジア1次予選最終戦(11月17日・埼玉)に、元代表の功労者を招集したいとの意向が波紋を広げていることに対し「チーム力は落ちない。勝ちにいく」と、あらためて自説を主張した。休暇中のブラジルのリオデジャネイロで共同通信の電話取材に答えた。

 同監督は、日本のアジア最終予選進出が決定したため、シンガポールとの最終戦は勝利を絶対視しない「フェスタ(お祭り)だ」と指摘。ベテラン招集を「日本サッカーの歴史に貢献してくれたことに感謝するため」と述べ、不謹慎な動機ではなく真剣に考えた末の方針であると強調した。

え〜と、内容が矛盾しているね(笑)。「チーム力は落ちない。勝ちに行く」ってのと「フェスタ」ってのは両立しないね。いや、ジーコ監督を非難してるんじゃなくて、こんな矛盾したことを本当に言ったのなら、記事にする前にもうちょっと確認して欲しいなぁと、どちらかと言えば ASAHI.COM にお願いしているわけですが。

それにしても招集予定選手は「三浦知(神戸)中山(磐田)秋田(名古屋)沢登(清水)小村(広島)」。ふ〜ん。

こんなことをしてチーム力が落ちないにしても、こんなことをしてフェスタになるにしても、やっぱりダサいよ。


【追記】 ごめん。記事は共同通信社のものなんですね。
投稿者 前田博明 : 13:45 | コメント (2) | トラックバック

トップページの大改造(^^)

トップページを更新してみました。

見た目はあまり変わらないんだけど、HTML 的には大変更。一般によく利用される「テーブル」タグを一切使わないようにしてみました。

「テーブルを使わないのならいったい何を使うの?」と言えば「スタイルシート」。HTML という、元来「文書構造」を示すためのマークアップ言語に「レイアウト機能」を与えるものです。

「だからそのレイアウトを意識してテーブルとかを使うんでしょう?」ということで、多くの場合テーブルが利用されるんですが、もともとの HTML 言語の意味を考えれば、テーブルをレイアウトに使うのはインチキと言えばインチキなんですよね…


この今回採用したスタイルシート。一般的になったのはいつ頃のことだったかなぁ。最初はブラウザが全く対応しておらず、せっかくスタイルシートを使ってもむしろ何も表現できないような状況でした(笑)。

当時は文書の左右インデントをさせるのに <blockquote> タグが多用されてたりもしたんですよね。<blockquote> というのは「引用文である」ということを示す HTML タグ。だから標準では地の文と区別できるように左右をちょっとインデントさせるようになってるんですね。

それに目を付けた人たちが、引用文であってもなくても、とにかくインデントさせたい時に <blockquote> タグを使うようになってた。

「ああ、スタイルシートというものが使えれば、こんなインチキな状況はなくなっていくのになぁ」と考えてた。


そんなときに登場したのが Internet Explorer の 3.0。これはいちはやくスタイルシートを取り込み、margin タグ(上下左右のマージンを指定する)や line-height タグ(行間の調整を行うことができる)が使えるようになったのでした。これはウェブの世界に結構革命をもたらしましたよ。

私ももともと「文章屋」なので、HTML を「レイアウト言語」的に使うのは大反対だった。だからどんどんスタイルシートを使っていたんだけど、大きな問題はありましたね。

まず最初はネットスケープの対応が遅れたこと。そしてスタイルシートそのものがマイクロソフトなどによって次々に独自拡張されていって、ブラウザ間の互換性がどんどん無くなっていってしまったこと。

それにこれは不正確だけど、当時は float タグ(これは説明が面倒くさいのでパス)なんてないか、あるいはブラウザに実装されていなくて、マルチカラムを実現するためにはフレームか、テーブルを使わなくちゃならなかった(だからフレームが大流行したんだけど、ナヴィゲーション的に問題があるので今は廃れてますね)。


時は流れて(笑)。

今は代表的なネットスケープ、IE ともにスタイルシートには対応してます。そして代表的なウィンドウズ/マッキントッシュの両環境で「ほぼ」同じようにページが表示される。なんだか OS X + Safari のユーザから、「あなたのページの border タグが見えない」という報告をうけてはいるんだけど、OS 9 の NN / IE で見えているので「まぁ良いか」と。OS X が手元にないので確かめることもできないし(^^;。

トップページのレイアウト変更によって何か見え方がへんてこりんになってしまった方。もしお暇でしたらご報告頂ければとても助かります。


えと。レイアウトを変更して自分的には大満足なんですが…

一部、ブログにも移行していない過去のページが残っているんですが、そのページの処遇をどうしようかと悩むことにはなりました(苦笑)。

まあ「初代囲碁雑考」とかは良いと思うんですが、トップからリンクしているピーチ先生の記事とかね。ピーチ先生の記事は「昔の記事」というわけではないので…。

ま、おいおい修正していこうと思っております m(..)m。

投稿者 前田博明 : 13:00 | トラックバック

2004年10月22日

カズの招集って「ダサク」ないですか。

詳しく話題をフォローしてるわけじゃないので、既に結論が出てるのかもしれないけれど。

日本代表の試合に「カズ」や「ゴン」を招集するって話。昨日もラジオで流れていたんだけど、笑ってしまったのがあるリスナーからの投稿。

今のサッカーがあるのは「カズ」や「ゴン」のおかげです。彼ら無くしては今の日本のサッカーはありませんでした。そういったことも加味して、今一度彼らにチャンスを与えて欲しい

正確な引用じゃないけど、趣旨は上記のような感じ。

あのさ。今回「招集しよう」ってのは「今一度彼らにチャンスを与え」るためじゃないよね(笑)。「もう二度とガチンコの日本代表に選ばれる可能性はないけど、ご褒美の意味で」ってことだよね。

こういう話が出てくるとさ、突然に「ニワカ国際比較論者」が出てきて「日本はそもそも功労者に報いるシステムができてないのが問題」とかなんとか言い始めるのもうるさいね。

この話。「またジーコか」の一言で終わる話だと思ってた。でも賛否両論あるそうな。賛成してる人はちょっと理解不能な心情だから置いておくとして、反対者も「相手国に失礼である」とかなんとか、なんか「論理的」な印象を与えようとしてる。「普段からサッカーは代理戦争のようなものであり」云々とか。

まあ元の提案が、少なくとも私にとっては荒唐無稽。荒唐無稽な話に「論理」の裏付けを加えようとすると話がヘンチョコリンになることが多いよね。

今回の話。スポーツファンである私に言わせれば、とにかく「ダサイ」です。「論理の裏付けを加えようとするとヘンチョコリンになる」からぐだぐだ言わないけれど、「功労者を呼んで試合をしよう」という発想が気持ち悪い。別に引退記念試合でもないんだし。

「ウルウル」なんて言いながら、感動しているサッカーファンを見るのがまた気持ち悪い。

投稿者 前田博明 : 06:16 | コメント (2) | トラックバック

2004年10月21日

伊能忠敬と吉里吉里国

ね。このブログはマッチポンプだって言ったでしょ(苦笑)。

infoseek の「今日は何の日」の記事を掲載するようにすると早速「1800年 伊能忠敬、全国地図の作成開始」。

伊能忠敬と言えば『四千万歩の男』ですよねぇ。

井上ひさしは、なんか趣味に合わない本も多いんだけど、この『四千万歩の男』は結構面白かった。Amazon の紹介文によると、

忠敬は下総佐原村の婿養子先、伊能家の財をふやし50歳で隠居。念願の天文学を学び、1800年56歳から16年、糞もよけない"二歩で一間"の歩みで日本を歩き尽し、実測の日本地図を完成させた。この間の歩数、4千万歩…。定年後なお充実した人生を生きた忠敬の愚直な一歩一歩を描く歴史大作。

という本。この本を読んでから古地図なんかにもちょっと興味を持って、いろいろ買ったりしたものでした。なんかあまり入り込むと金がいくらあっても足りなさそうなんで、あまり深入りしませんでしたけどね(^^;。

誰だっけ、ハッピー・マンデーで「地理が苦手」とか言ってた人がいたよね。この本を読めば楽しみながら地理に詳しくなれるかも(笑)。

で、井上ひさしに興味を持って、もしまだ読んでないようなら、『吉里吉里人』もオススメ。ちょっとお下品な感じもあるけど(ああ、そういえばこの前話題に挙げた『悪徳なんかこわくない』(ハインライン)に似てるところもあるか(笑))、結構楽しめますよ。って〜か、一世を風靡した小説でした。

こうして久しぶりに『吉里吉里人』を読みたくなって、そして読んでるうちにまた「気になったこと」を発見して日記を書いていくんでしょうなぁ(爆)。

投稿者 前田博明 : 16:50 | コメント (1) | トラックバック

Yahoo! Japan の RSS 配信

手前味噌で恐縮ですが、私、この「気になること日記」のサイドバーを見るのが大好きなんですね(^^;。「気になること日記」なので、サイドバーには私の興味ある情報をいろいろ集めてる。スポーツ、文化、本、DVD、etc.。

でも今朝いつものように「どれどれ?」と見てると、Yahoo! から取得していた情報が壊れてる。Yahoo! の情報と言えば、「語源ブログ」を見つけた大事な情報元(^^)。

「え〜、なんで壊れてるんだよ!」。そう思って Yahoo! のサイトを見てみると、なんとデザイン大幅変更。「うげ〜、まいったなぁ」と思う私。そう、Yahoo! は RSS 配信をしていなかったので、独自のプログラムを介して情報を入手してたんですよね。

「プログラム経由で情報を取ってきたから Yahoo! が怒っちゃったのかなぁ」と思って見てみると、、、

なんと Yahoo! Japan が RSS 配信を始めているじゃないですか(関連記事:ITmedia News)! 偉いぞ Yahoo! がんばれ Yahoo!(あ、なんだかコバピ -囲碁雑考参照- を応援してるような言い方になっちゃったけど(笑)。

ついに Yahoo! が RSS 配信開始

早速 Yahoo! の RSS 配信情報をサイドバーに登録しました。

RSS で配信してくれると、情報の取得がとてもラクチンで嬉しいですね。ただ、残念なことに検索語のランキングは RSS 配信してくれていません。検索語ランキングって、かなり興味深い情報なんですけどねぇ。

ま、そのうちにどうにかするないしどうにかなるのかもしれません。取り敢えずは Yahoo! Japan、ありがとう! ってことで(^^)。


と、いうわけで、新しい Yahoo! Japan 新着情報ページの「急上昇の検索ワード」にも対応して表示するようにしました(^^)。

投稿者 前田博明 : 10:00 | トラックバック

2004年10月18日

矢野徹氏死去と SF と私

へぼたろさんのサイトに書いてあったけど、矢野徹氏が亡くなった。13日のことなので、ちょっと旧聞に属することだけど。

私、氏の作家としての一面は全く知らないんだけど、翻訳者としてはたいへんお世話になりました(Amazon.co.jp の「矢野徹」検索結果一覧へ)。

「好きな本」というわけじゃないんだけど、一番印象に残っているのは『悪徳なんかこわくない』かな(笑)。読み終えて「あの巨匠(ハインライン)が、こんな馬鹿馬鹿しい話を書いて良いもんか」と思った(笑)。いや、読むに耐えないとかいうんじゃなくて、なんていうのかな、ドタバタものなんだよね。それも筒井康隆的アンチ・ロマンなドタバタじゃなくて、う〜ん、誤解を恐れずに言えば「お下劣な」ドタバタ(苦笑)。あれはちょっとショックだったなぁ…。


ついでのように思い出したんだけど。私が SF を読み始めたのはつい最近。「つい最近っていつだよ」と自分に問えば約 15 年ほど前。いや、年をとると「最近」のスパンが長くなるよね(笑)。

もちろん子供向けの SF なんかはたくさん読んでたけど、「大人の読む」(笑)SF は全く読んだことがなかったんだよな。最初に手に取ったのは P.K.ディック。最初に読んだのは『アンドロイドは電気羊の夢を見るか? 』だったかなぁ。ハマリ症の私は一気にはまって、今は亡きサンリオ文庫の SF ジャンルもほぼ買い揃えるくらいにはまっていった。

ちょうど時代は「サイバー・パンク」に流れる頃で、サイバー・パンクもいろいろ読んだ。でもサイバー・パンクは翻訳がひどいのが多かったよね…。幸いに英語ができるもんで(^^;、原書で何冊か読んだけれど、どうもカルト系に安易に繋げるものが多くて好きになれなかった。

そうそう、ついでのように書いておくけど私は小説も映画も安易なカルト系が大嫌い。なんだっけ、10分間しか記憶を保持できない男の話とか(すごく話題になったよね - 後日追記『メメント』でした。タイトルもモチーフもいいのに…。映画は駄作だったと思います)、あと 「イグジステンズ」とか。

ああ、最近の大ヒットで言えば「マトリックス」の第二話、第三話なんかが「安易なカルト」の代表例か。ストーリーが構築できないモンで「エージェントスミスがたくさん存在する」なんて感じで「謎ばかり」にしてお茶を濁す。観る方もなんかその気になって「背景にある聖書世界が理解できていないとマトリックスは理解できません」とか。

「謎」がウリの映画はたいてい駄作。暇な人たちが「あそこには○○という隠れた意味があった」とか嬉しげに語るだけのもんになっちゃってるよね。なんかハリー・ポッターなんかもそっち系にいっちゃいそうな気配があるし。

あ〜、悪口が噴出しそうだ。

謹んで矢野徹氏のご冥福をお祈りいたします。

投稿者 前田博明 : 00:00 | トラックバック

2004年10月17日

Macintosh の世界

Mac を使っている友人から「azur ってのを使ってみようと思ったんだけど、OS X からしか使えないみたい」なんてメールが来た。

彼女は今使っているソフトウェアの都合から、OS のヴァージョンアップができないとのこと。最近 Macintosh をほとんど使ってないのでわかんないんだけど、9 と X のデュアルブートってできないのかな。できそうな気がするんだけど…


で、気になったことというのは電子本と Macintosh の関係。私が主に Macintosh を使っていたのは Plus から IIfx の時期。廉価版カラー Macintosh の LC が出て世の中を騒がせた頃(遠い目…)。恥ずかしながら付け加えると、PowerBook シリーズと Duo シリーズはたぶん全機種持ってたんじゃないかな…

当時はさ、電子本のような「クリエイティブ」なイメージのするものは Macintosh にばかり対応していたように思う。

電子本にしても Voyager がエキスパンド・ブックをリリースしたのも Macintosh 版が最初だったよね、確か? 当時エキスパンド・ブックは大盛り上がりで、私も制作ツールを購入したなぁ…。

Macintosh にはもともと HyperCard という、WWW の前身みたいなハイパーテキスト実装ツールが添付されていて(いつの間にかオーサライズ不能版しか添付されなくなった)、テキストや絵をミックスしたメディアの制作が簡単にできたんだよね。

Photoshop や Illustrator なんかも Macintosh の独擅場だった。QuickTime も世に出た頃で、マルティメディアを扱うならワークステーションか Macintosh か、という感じだったよね。


私が パーソナルユースにも DOS 系マシンに移行したのは Windows 98 が出た頃。ハイパー・カードの世界などは、WWW に発展的解消された感じだったし、Macintosh に拘る理由がどんどん消えていったから。

今では Illustrator も Photoshop も Windows で動作させてる人が多い感じ。Macintosh に残された牙城は DTP 分野かな。印刷の世界ではまだ QuarkExpress が強い感じがします。


話を戻して電子本と Macintosh。

彼女からメールを受け取って、「Macintosh に電子本リーダがないわけないでしょ」と Vector なんかを探してみた。

ところが今や電子本なんかも Windows 系のツールが多い感じなんですね…。Macintosh 版は数が少ないし、かつ新しいものは X 用のみリリースというのが多いみたいだし。

これにはちょっと驚いたな。かつて Plus を使っていた頃、9インチの画面に生まれる HyperCard の世界に大感動してた。今やそういう感動も Windows 環境の方が得やすくなってるのかな(まあ今更 Hyper Text に感動もしないのか)。

なんか Mac ユーザとしてはすっかり浦島になっている私なんだけど、今 Macintosh を選択する人はどういう人で、どういうメリットなんでしょうね。

そういうことを検証してみたくて、彼女には Macintosh と Libretto 20 とを交換しようと申し出ているんだけど、その申し出はいつも却下されてる(笑)。私が使った方が Macintosh も幸せだろうがとプレッシャーをかけ続けてはいるんですけどね(^^;。

投稿者 前田博明 : 06:00 | コメント (2) | トラックバック

2004年10月16日

電子ブックリーダーによる読書 〜 『弟子』

ちょっとでかける予定があったんですが、なんか急な予定で何の用意もせず。持って出たのはパソコンだけという状態。

今はそんな状態でもいくらでも暇をつぶせますね。私は青空文庫から中島 敦の弟子をダウンロードして読んでみました。


いつもは smoopy というフリーウェアで読んでるんだけど、今回はアジュールという商品の試用版を使ってみた。

青空文庫って通常のテキストや HTML (XHTML) で公開されてるのに、何か特別なソフトウェアが必要なの? というのはまっとうな質問で、基本的にはなんのソフトウェアもいらない。エディタかブラウザがあれば読める。

でもエディタだと普通は横書きになるし、ルビの表示なんかもできませんよね。縦書き表示にして、文字脇にルビを付け、行間の調整なんかもできて、栞を挟むのはもちろん、辞書ソフトウェアとの連動なんかをしているのが専用ソフトウェアの魅力。

azur で青空文庫を読む
【 azur で青空文庫の神曲を読んでいるところ 】

この azur の場合は読んでいる本で気になった語を選択して Google を検索することもできます。「読書」の面白さが数倍になるような感じ(また「賢者の贈り物的(笑)」に気になったことを増やすことになるわけだけどさ)。。

そうそう、azur でさらに便利だなと思うのは、読む本を URL で指定できるということ。たとえば『弟子』の青空文庫での URL は「http://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/1738_16623.html」なんだけど、azur の URL 入力欄にこれを入れてやれば、ぱっと画面に『弟子』が開く。つまりはダウンロードしたりの手間が全くないんだよね。「ネットワークで読書」ってのはこういうことかななんて、新たな感動があった。

余談だけど「神曲」を選んだのはうちのサイドバーに新着書で出てたから。私は「神曲」は寿岳文章訳をお勧めしてます(^^)。


で、『弟子』の話。基本的には孔子と子路の話。私は単純に、いつも「師匠」とか「弟子」なんて単語を使ってるから興味を持って読んでみただけなんですけどね(初読です)。

その中に。


陳の霊公が臣下の妻と通じその女の肌着を身に着けて朝(ちょう)に立ち、それを見せびらかした時、泄冶(せつや)という臣が諫(いさ)めて、殺された。百年ばかり以前のこの事件について一人の弟子が孔子に尋(たず)ねたことがある。泄冶の正諫(せいかん)して殺されたのは古の名臣比干(ひかん)の諫死と変る所が無い。仁と称して良いであろうかと。孔子が答えた。いや、比干と紂王(ちゅうおう)との場合は血縁でもあり、また官から云っても少師であり、従って己の身を捨てて争諫し、殺された後に紂王の悔寤(かいご)するのを期待した訳だ。これは仁と謂うべきであろう。泄冶の霊公におけるは骨肉の親あるにも非ず、位も一大夫に過ぎぬ。君正しからず一国正しからずと知らば、潔く身を退くべきに、身の程をも計らず、区々たる一身をもって一国の淫婚(いんこん)を正そうとした。自ら無駄に生命を捐(す)てたものだ。仁どころの騒(さわ)ぎではないと。

という箇所があるんですね。

子路が「そりゃ〜、ひどいじゃないか、おめーよー」と詰め寄るんですが、さらに孔子は答えて言う。


汝には、そういう小義の中にある見事さばかりが眼に付いて、それ以上は判(わか)らぬと見える。

せっかく引用したので、本文から解釈してもらいたいところなんですが、これ、私がよく弟子に言うことなんだよね。いや、碁の弟子に関わらずだけど。

「いや〜、これから弟子にこういうことを言わなくてはならない局面に出会えば「孔子と子路の会話にもあるように」と偉そうに言えるな、なんて(爆)。


ちなみにこの azur。栞に特定の文章を登録しておくと、他の本を開いているときでもさっと該当の本にジャンプして、栞を挟んだところを読むことができます。

う〜ん、買っちゃうかもな。。。> azur。

投稿者 前田博明 : 17:15 | トラックバック

2004年10月15日

賢者の贈り物? 〜 語源blog

この日記サイト、「気になったこと」がコンセプトで、私の気になりそうなことをいろいろとサイドバーに配置しております。

で、今日の「Yahoo! Japan 日替わりサイト」に掲載された「語源blog」。これはまさに「気になったこと」にストライクヒットでしょう(^^)。そんなわけで語源blogの RSS をゲットして、サイドバーに登録させて頂きました(^^)。

ちょうど(何かのきっかけで旬だったのかもしれないけれど)、先日へぼたろさんのページでも話題になっていた「オブジョイトイ」も出てました>語源blog。

いやぁ、なんかサイドバーが充実してきたな(^^)。

でもね。こういうの、なんか不思議な気持ちでしょう? 財布を買うためにお金を出したら財布に入れるお金がなくなってしまったという「賢者の贈り物(青空文庫の図書カードにリンクしてます)」状態(笑)。

え、わかんない? なんかさ。「気になったこと」をテーマに日記書いてるくせに、自分のサイドバーにどんどん情報を追加して、気になったことをどんどん増やしてる。自分の日記ページ見て無限連鎖に気になったことが増えていく感じ(^^;。

なあ? 「そういうのはマッチポンプと言うのだ」? いや、なんかその言葉、イメージが悪いじゃないですか(苦笑)。このサイトは「賢者の贈り物的サイトである」と。そういうことにしておきましょう。

投稿者 前田博明 : 20:15 | トラックバック

2004年10月13日

青空文庫の RSS 配信

自分が馬鹿だなぁと思うとき。

たとえば Google なんかで検索するとき、キーワードの順番を変えたり、1単語追加したり削除したりで検索結果がぜんぜん変わってきたりする。ずっと探してる情報が見つからなくて、ふと検索指定単語をひとつ削除して望む結果が見つかったりすると「あぁ、俺って馬鹿だなぁ」なんて思う。

でも今回のショックはそれ以上。「青空ぶろぐ」という記事を書いたときに、「青空文庫がブログ対応になれば、RSS フィードを受けられる」と書いた。

でももうあるじゃん(笑)。「青空文庫 RSS」で検索をかければすぐに出てくる。ショックだったなぁ(苦笑)。この RSS はなかなか面白くて、作品の冒頭200字を見ることもできる。RSS リーダなんかで読んでいる人には便利だろうねえ。

うちのサイトでも早速、サイドメニューに「青空文庫 新着情報」を掲載するようにしました。関係諸氏のご尽力に感謝致します m(..)m。

投稿者 前田博明 : 12:35 | トラックバック

2004年10月12日

めがねくんとコンタクトレンズ

高校生くらいのメガネ君には夢がある。それは「サングラスをかけてみたい!」という夢。

いや、一般論じゃなくて私の話なんだけど、結構そんなことを思ってた人も多いんじゃないのかなぁ? バンドなんかもやってた私はサングラスをかけてギターを弾いたりしたかった(笑)。ちょうどブルースブラザーズみたいなサングラスが大流行してた時期でもあったし…

高校三年から、私は度入りサングラスをかけ始めた。英語の先生が「前田、おまえサングラスはやりすぎだろう…」と寄ってきて私の度入りサングラスを取り上げた。で、それを自分でかけてみて。「お、何だ。度が入っているのか。ならしょうがないな」。

いや、先生。「しょうがない」こともないと思うんですけどね(^^;。若者が間違った道に走ってたら叱ってあげないと(^^;。でもこのこと件以来、私の度入りサングラスは「公認」となってしまった(爆)。

でもね。度入りサングラス。

バンドで演奏しているとき。ノリノリの会場に私も調子に乗って、サングラスを放り投げて「イェイ!」と叫んだ。

叫んでから気づいた。

「ああ、俺のはサングラスじゃなくて『度入りサングラス』だったんだ…」。その後は目が見えない状態で演奏しなくちゃいけなくてすごく大変だった(馬鹿)。


「サングラスかけたかったらコンタクトレンズにすりゃーいーじゃん?」。そう、それは当然の意見。でもね。私はどうしてもハードコンタクトレンズに慣れなかったんですよね。2、3度買い換えたけどどうしてもあわない。

「そんなあなたにはソフトコンタクトですよ」。そう、それもまっとうな意見。私もあるときソフトコンタクトレンズを買った。

でも生活が不規則な私。どうしてもソフトコンタクトレンズに必須の「メンテナンス」ができなかったんですよね…。


今の私。メガネとコンタクトレンズを併用してます。自転車に乗るときなんかはやっぱりコンタクトが便利だし。

「ハードもソフトも使いこなせない私」の愛用はワンデーアキュビュー(^^)。これなら目も痛くないしメンテナンスも不要。5年くらい前から使い始めたんだけど、こいつぁ便利だよね〜。値段もそんなに高くないし。

コンタクトって、ダメおやじが、家のお姉さんのレンズを間違って飲んじゃって、半殺しの目にあっちゃったくらい高価なもんだったんだけどね(三十年ほど前のマンガだっけ(苦笑)?)。

ワンデーアキュビューで唯一面倒なのが購入の手間。使い捨てだから当然いつかは手元からなくなる。そんなときにいちいちショップに行くのがかなり面倒なんだよね。食パンがカーペットに落ちるときは必ずバターの面から落ちるように、コンタクトが手元にないときに限ってコンタクトが必要なイベントが発生するし。

使い捨てコンタクト、カラーコンタクト、ケア用品の激安販売サイト:eレンズ屋
【 eレンズ屋 】

と、そんなわけで最近はコンタクトレンズも通販(^^)。
で、そんなわけでeれんず屋のバナーを掲載させて頂きました(^^)(右下および上バナー)。

投稿者 前田博明 : 11:00 | トラックバック

2004年10月11日

青空ぶろぐ

Blog 対応青空文庫というのがある。

「というのがある」って、まだ計画中だし、今日知ったんだけどね(笑)。そこで「できるかどうかわからんけど、どういう機能があれば便利だと思う?」という問いかけがなされてる。

Blog 対応青空文庫! まず機能云々よりも「便利そう!」というのが第一感(えと、これって囲碁用語かな(^^?)だよね。とにもかくにも RSS フィードを受けられるようになるのが絶対便利だよね。新着やダウンロード数なんかだけでもとても興味深い。

そしてブログらしくトラックバックを受け付けるのなら(図書カードにトラックバックができるようにという希望が結構あるらしい)、開かれたウェブで数々の書評をトラックすることができるようになる。

「インターネット」を as is で受け止めている世代には、もはや理解できないことかもしれないけれど、インターネットで展開するとある書店が、その本に対する書評や感想をウェブ上に掲載できるようにした(今は Amazon でもできるし、その機能が Amazon 出自だと思ってる人もいるんだろうな)。それだけでネットワーカの間でその書店の人気はうなぎ登りだったんだよね。残念ながら売り上げが上がったのかどうかのデータは持ってないけど。

今、書籍という資産をオープンなものとして扱おうとする青空文庫が、書評もブログによるトラックバックというオープンな環境で組み込んでしまおうとする。それはかなり刺激的なこと。

「何か新たなアイデアは?」というよりも、青空文庫のブログ対応というだけでエポックメイキング(ちょっと大げさか(笑))なことだと思う。

ちょっと興奮してしまうニュースだった(^^)。

青空文庫

投稿者 前田博明 : 15:30 | トラックバック

英語と文法と… オレンジジュース?

囲碁の方の日記で英語の話が出てきたのでついでに。

英語。昔から好きな科目で、自らに「他の科目を3時間勉強したら英語を1時間だけやってもいい」なんて制限を課していたりした(笑)。評判の悪い「文法教育」世代なんだけど、話すのも結構流暢に話す。

そんな私に、しばしば「学校での文法教育の弊害」を語らせようとする人がいる。しかし彼らの思惑とは反対に、私はむしろ「会話教育反対派」。私の英語力は絶対的に「文法力」によって支えられているからだ。

もちろん。私が三流中学、三流高校にいたせいもあって、学校教師のレベルは低く、学校の英語教育が役に立ったとは言えない。しかし親に甘えて高校3年間を予備校で過ごさせて貰い、そこで得た文法の知識は私の英語力の揺るがぬ基礎となっている。

「でも文法なんて暗記しても実際には使えないでしょう?」。そんなことを尋ねてくる人が多い。「ではあなた、自分が書いたり話したりする英文が正しいかどうかをどうやって判定するんです?」。私は問い返す。

「いや、英語にどっぷりと浸かっていれば、自然に正しい英語が話せるようになるのでは?」。そういう反論がせいぜい。厳密に言えば英語にどっぷり浸かっていても正しい英語がしゃべれない人はいるけど、まあそんな例を取り上げずとも、英語に興味を持つ人全員が「英語にどっぷり浸かる生活」を送るなんてあり得ないこと。


「でも会話の方が生徒も興味を持つと思うし…」。そう反論してくる人もいる。そういう人には反論しない。英語を学ぶ目的が「英語を学んでいる自分を楽しむ」ことにあるのなら、そうやって趣味で英語をやっていればいい。

少なくとも私にとっての英語学習の目的は、大袈裟に言えば異文化理解だった。共通語のように存在する英語を知れば、いろんな知識を一次ソースから得ることができる。

「でもそういう持論の人が英語を話すこともできるのはなぜなんです?」。そう聞かれる。それはちょっと「文法の学習」を甘く見てるよね。昔の人は文献からのみ英文法を学習して、そしてたまたま海外に行くような奇跡が起きたときには、ちゃんとそれでコミュニケートしてきた。

まあそれはさておき。

私の時代には幸いにラジオという文明の機器が普及していて(笑)、ラジオ講座をいくらでも聞くことができた。今は番組構成もずいぶん変わっているようだけど「基礎英語」「続基礎英語」「英会話」「百万人の英語」が毎日ラジオから流れてきてた。

私は中1の頃から、それらのラジオ講座に出てくる文章を、ラジオで「ネイティブの速度」と言われる速度で暗唱できるまでぶつぶつ繰り返して覚えた。

それにより発声方法は英語に慣れ、「英語らしく」発音できるようになる。そして文法知識を背景に持っていれば、自分の表現したいことが自由に表現できるようになる。

私の英語力を支えているのは中学、高校時代に得た文法の知識。そしてそれに「格好を付けている」のが、ラジオ講座を暗唱しまくった努力。会話力なんてのは英語の実力の中では「おまけ」みたいなもの。

今の時代風潮はよくわからないけど、一時「学校教育で『使える英語の重視を』」なんて言って、英会話を中心に据えようという動きがあった。「そんなことをしていては、英語力がますます希薄化するのになぁ」と私は考えていた。


なんだか「会話力」ってのは見栄えの良いものらしい。「英語で日常会話ができる」というのが夢だという人もいる。でも考えて見れば「日常会話」ってのは大したことないんだよね。「オレンジジュースはどこにありますか?」とかそんなもの(笑)? それでも「自由にコミュニケートしてる」という感じがするらしい。

まあ「趣味」の英語ならそんな感じでいいのかな。「そんなもん英語じゃない」と否定するつもりはない。

でも「英語」を「勉強」する人には、英語から得られるものは「オレンジジュースのありか」だけじゃないことをわかって欲しいなあと思ってる。

投稿者 前田博明 : 12:00 | トラックバック

2004年10月10日

面白い書評誌はありますか?

たまに紀伊國屋書店から「i feel 読書風景」という小冊子が送られてくる。

どのくらいの頻度で送られてくるのかも知らずにいたんだけど、この記事を書くために調べてみた。年4回発行(2月、5月、8月、11月)。

この冊子。表紙の紙質がなんだか良くて、いつも送られてくるとしばらく手で触ってみる(笑)。そしてページをぱらぱらとめくり、たいていそのままゴミ箱行きとなる。現在で言えばきっと活字中毒の末席くらいには連なると思う私だけど、掲載されている書評にも短編にもあまり興味を持てない。

ただ前回(2004年8月号)は、通勤に使うバッグに入れて、特集記事を一応全部読んでみた。特集は「いまもういちどやさしく学ぶ構造主義」。

今の流行がよくわからないんだけど、私の学生時代、まさに「構造主義旋風」の真っ盛り。あらゆる学問、文芸、デザインにまで「構造主義」の流れがあった。

「いまもういちど」を見て、「構造主義」後の流れがどのようなものなのか触れてあるかと読んでみたくなった。「やさしく学ぶ」を見て、あるいは「構造主義」は現在でも主役たり得ているのか、そうであるのなら現代にどう受け止められているのかを知ることができるかと考えた。

まあその望みは果たせず(苦笑)、結局は私の学生時代にも流行した「ちょっと構造主義を語ってみちゃいました」風の文章の羅列になっていたんだけど。

今回の特集は「だから経済学はおもしろい。」。経済学もまあ学んだ分野ではあるので一通り特集を眺めてみようとした。だけど今回は経済学を語っているのは巻頭の二人だけ(中谷巌・岩井克人の対談)。あとは雑談の羅列でちょっと読むに耐えなかった。

いや、なんだかね。届くとつい撫でてしまうくらいに「掴みはオッケー」な小冊子。紀伊国屋という絶大なブランド力も持っているのに、中身がすごくつまらないのはなぜなんだろうなぁと気になった。この冊子に携わる人に仕事を分配するだけの仕組みになってるような感じ。

ふと気付いてみると、最近書評誌なんかを全く読まなくなってるな。何か面白い雑誌は、今の時期にも生き残っているんでしょうか。

投稿者 前田博明 : 19:00 | トラックバック

2004年10月09日

ケロロ軍曹と桜木花道

くだらない話だけど、たまに @nifty の「瞬ワード!」ランキングに入ってくる「ケロロ軍曹」。テレビアニメなんですが、私も何度か見たことがあります。

そんな面白いアニメでもないと思うんですが、不覚にもウケてしまったのが「左手は添えるだけ」。なんか登場人物たちが爆弾をパスしあっているんですけど、その中の一人が呟くんですよね。

これはもちろんご存じ「SLUM DUNK」での桜木花道のセリフ。同じ声優がやっていたようです。深夜アニメだからこそできる荒技なんだろうけど、なんかツボにはまってしばらく笑いが抜けませんでした(^^;。

アニメと言えば鋼の錬金術師(コミック未読)。「おめ〜、錬金術が等価交換なわけねーだろ」なんてツッコミどころはあったものの結構面白いアニメでしたよね(^^;。私が長くうちに帰れないうちに最終回になってしまったようですが…

投稿者 前田博明 : 15:30 | トラックバック

2004年10月08日

ピザのネット注文

先日ポストに入っていた「MyDomino's オープン記念」というチラシを見て、ピザのネットオーダーをしてみた。オーダーするのは www.dominos.jp

申し込みをして、メールで注文確認がきて、メール本文中に記載されている URL をクリックして注文確定をするという流れ。まあよくある流れだよな。

商品は問題なく、だいたい30分で到着。

「ネットのオーダーって結構ある?」と尋ねると「いいえ、ほとんどありません」と(笑)。まあちょっと不安だったりするもんなあ。電話の方が注文にかかる時間は短いだろうし。

まあ私も「そう言えば宅配食料をネットで頼んだことはなかったな」と思ったのでやってみたくらい。

でも。仕組みがわかってしまえばネットの方がしゃべらなくて良い分ラクかな(笑)。いや、なんかオタクっぽいこと言ってるけど。オタクっぽい言葉だけじゃなんだからセコイことも言っておくと、ネットで頼むと電話代がかからないよね(苦笑)。うちみたいに常に PC が立ち上がっているところなら(って、最近の職場はどこでもそうかな?)結構便利かもしれないね。

あ、そうそう。最近はネットに繋がってない PC はゴミ扱いらしいですな(^^)。粗大ゴミに PC が出てると「インターネットが落ちてる」なんていうお年寄りもいるとか(笑)。なかなか大した時代になったものです。

投稿者 前田博明 : 01:25 | トラックバック

2004年10月06日

おやぢな懐かしいまんがとは…

昨日、面白かったコミックは? なんて話になった。私、週刊誌はいっさい読まない(除:ラーメン屋の待ち時間)のですが、単行本は結構読むんですよね…

昔に読んで「これ、面白かったよ」と言える漫画といえば(順不同)

う〜、もっとたくさんあったはずなんだけどな。

上に挙げたのと同じランキングというわけじゃないんだけど、最近囲碁教室に来るようになった女性に「ナッキー」と命名した理由はこれ。

えと取り敢えずこれだけマンガ喫茶でおさえてきて下さい(笑)>ナッキー。

投稿者 前田博明 : 08:40 | コメント (3) | トラックバック

2004年10月05日

照明デザイナとライターのある日の仕事

実は私、職業ライターでもあるんですよね。

私の場合、ライターという職業の面白さを「生み出す」ところではなく「他の分野と協調できる」ところに感じています。

昨日久しぶりに電話をかけてきた照明デザイナ。「あのね。私、もうすぐ開始する展示会の紹介文みたいなのを書かなくちゃいけないんだけど、ちょっと見てくれる?」。「えと、どのくらいまでに見ておけばいいですか?」と尋ねると「4時20分に出さなくちゃいけないの」と言う彼女の言葉に時計を見ると既に4時(笑)。

「あはは。では見てみますから送ってください」と送ってもらって、まずはとりあえず体裁を整えて送り返す。

折り返しの電話。「あのね、私ここでは○○ということを表現したかったんだけど…」。あ、ならばここをこう直しましょう。「それであなた、この単語意味わからずに私の文章からだけ作ってるでしょう?」。笑。そう、何でも専門世界には意味のわかんない単語があるもんだ(^^;。

「うん。そうなんだけど、どういう意味?」。

そんなこんなで電話であーだこーだ話しながら文章を再構成。彼女がふと漏らした言葉で「あ、そういうことならここの表現を直した方がいいです!」とか。


なんかね。ライターってのはこういうのが楽しい。「こういうの」ってのは、簡単に言ってしまうと、異業種の人と刺激しあえるところ。

私は彼女のおかげで世の中に「照明デザイン」という仕事があることを知って、それからそれなりに興味を持ってる。でもプロとは程遠いわけだから、まあ言ってみればわかんないことだらけ。そんな彼女が「ああ、あいつライターだったわね」ということで信頼してくれて文章を作らせる。彼女のコンセプトを聞いてそれを文章にまとめると、今度は彼女が「なかなかいいじゃない」なんて言ってくれる(^^)。

「仕事」なんだけど、ライターの仕事ってのはたいてい勉強になることが多くて、なんだか「一方的に得した」感じがするよね(爆)。

そういう面白い職業のライター。一時は「専業ライター」になろうかとも思ったんだけど、自分に他の「専門分野」があった方が面白いんだよね。それに私が専門としている IT 系というのも、ちょっとライターに似たところがある。

うまく言えないんだけど、IT 屋もライターも。「こちらの提供するものが主ではなく、あくまでも客側の業務が主」ってところかな。


いや〜、ばたばたしましたけれども、とても楽しい時間を過ごさせていただきました>照明デザイナ。

でも、できることなら、誠に僭越なお願いかもしれませんが。もうちょっとだけ時間に余裕がある状態で依頼を受けたいですね(笑)。今後ともよろしくお願いします(^^)。

投稿者 前田博明 : 10:30 | トラックバック

2004年10月04日

『山椒魚』の感想文を書け!

私は昔、とある有名塾で講師をしていたことがあります(国語と英語)。

当時。「じゃあ夏休みの宿題な」と、小学生の頃読んで感動した『山椒魚』をこの機会に読ませようと思った。

夏期講習期間を終えて出てきた生徒に「よし、みんな宿題を出せ」と感想文を提出させ、家に持ち帰って読んでみると…

いきなり出だしに「安寿恋しや、ほーやれほー」なんて書いてある(爆)。「なんだこいつ。馬鹿か?」とか思って、次の感想文を読むとそこにも書いてある。

そう。オチにもならないけど、私が『山椒魚』と『山椒大夫』を間違えて宿題に出しちゃったんですね(涙)。そりゃタイトルは似てるけどさ。

なんでこんなことを思い出したかと言えば、やっぱり「ジェネレーションギャップ」系の話。今の教科書に『山椒魚』って載ってるのかなという話からの流れでした。

ふ。『山椒大夫』も名作かもしれないが、私はやっぱり『山椒魚』が好きだな(^^;。

投稿者 前田博明 : 17:45 | トラックバック

2004年10月02日

最後の授業

私、「囲碁雑考」のサイトの方で、クールの最終日の記事になるとしばしば「今日は最後の授業。令文先生は明日から日本語を話さない…」なんてことを書いていた。

これはもちろんドーデの『最後の授業』を踏まえた言い回し(洒落)なわけだけど、それが通じているのかどうか、急に不安になってググってみた。

『最後の授業』は、簡単に言えばその内容が事実に即しておらず作者の政治的意図によるものだったらしく、昨今の教科書とは完全に消え去っているとのこと(詳しくは「関連する(かもしれない)ウェブページ」を参照してください)。

が〜ん。ってことは私の洒落(オヤヂギャグ?)は全く伝わっていなかった可能性が高いんだな。ハッピー・マンデーに通っていてウェブを見てくれるような人たちは、教科書で『最後の授業』なんて読んでないだろう。

でもね。この『最後の授業』の意図がどうであれ、文学作品としては非常に興味深いものだと思いますよ。私は幼いながらに「俺は言葉を大事にしよう」なんて思い、そのことを今に至るまで機会あるごとに思い出させてくれる作品です。

いやぁ、それにしても。私くらいの年齢になるとジェネレーションギャップが随所に見えるようになってくるもんなんですね(^^;。

投稿者 前田博明 : 23:00 | トラックバック

唐揚げにマヨネーズ?

イチローが新記録を達成したこの日、唐揚げにマヨネーズを付けて食べる人がいることを知った。その人はみそ汁に餃子を入れて食べたりもするそうだ。みそ汁に餃子の話は以前人に聞いたことがあった。でも唐揚げにマヨネーズというのは初耳だった…

ちなみにとある有名棋士の方。居酒屋にいくとほぼ必ず唐揚げを頼む。頼むんだけど食べない。「なぜですか?」と問うと「いや、年を取ると唐揚げみたいなものを食べなくなると言うでしょう?」と。

そう、彼は「そろそろ年長者か」という世間の目に対抗していたのだ(^^)。そういう意地が彼の「プロとしての立場」を支えているのかもしれない(笑)。

投稿者 前田博明 : 22:00 | トラックバック