私、「囲碁雑考」のサイトの方で、クールの最終日の記事になるとしばしば「今日は最後の授業。令文先生は明日から日本語を話さない…」なんてことを書いていた。
これはもちろんドーデの『最後の授業』を踏まえた言い回し(洒落)なわけだけど、それが通じているのかどうか、急に不安になってググってみた。
『最後の授業』は、簡単に言えばその内容が事実に即しておらず作者の政治的意図によるものだったらしく、昨今の教科書とは完全に消え去っているとのこと(詳しくは「関連する(かもしれない)ウェブページ」を参照してください)。
が〜ん。ってことは私の洒落(オヤヂギャグ?)は全く伝わっていなかった可能性が高いんだな。ハッピー・マンデーに通っていてウェブを見てくれるような人たちは、教科書で『最後の授業』なんて読んでないだろう。
でもね。この『最後の授業』の意図がどうであれ、文学作品としては非常に興味深いものだと思いますよ。私は幼いながらに「俺は言葉を大事にしよう」なんて思い、そのことを今に至るまで機会あるごとに思い出させてくれる作品です。
いやぁ、それにしても。私くらいの年齢になるとジェネレーションギャップが随所に見えるようになってくるもんなんですね(^^;。
投稿者 前田博明 : 2004年10月02日 23:00 | トラックバック