2004年10月16日

電子ブックリーダーによる読書 〜 『弟子』

ちょっとでかける予定があったんですが、なんか急な予定で何の用意もせず。持って出たのはパソコンだけという状態。

今はそんな状態でもいくらでも暇をつぶせますね。私は青空文庫から中島 敦の弟子をダウンロードして読んでみました。


いつもは smoopy というフリーウェアで読んでるんだけど、今回はアジュールという商品の試用版を使ってみた。

青空文庫って通常のテキストや HTML (XHTML) で公開されてるのに、何か特別なソフトウェアが必要なの? というのはまっとうな質問で、基本的にはなんのソフトウェアもいらない。エディタかブラウザがあれば読める。

でもエディタだと普通は横書きになるし、ルビの表示なんかもできませんよね。縦書き表示にして、文字脇にルビを付け、行間の調整なんかもできて、栞を挟むのはもちろん、辞書ソフトウェアとの連動なんかをしているのが専用ソフトウェアの魅力。

azur で青空文庫を読む
【 azur で青空文庫の神曲を読んでいるところ 】

この azur の場合は読んでいる本で気になった語を選択して Google を検索することもできます。「読書」の面白さが数倍になるような感じ(また「賢者の贈り物的(笑)」に気になったことを増やすことになるわけだけどさ)。。

そうそう、azur でさらに便利だなと思うのは、読む本を URL で指定できるということ。たとえば『弟子』の青空文庫での URL は「http://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/1738_16623.html」なんだけど、azur の URL 入力欄にこれを入れてやれば、ぱっと画面に『弟子』が開く。つまりはダウンロードしたりの手間が全くないんだよね。「ネットワークで読書」ってのはこういうことかななんて、新たな感動があった。

余談だけど「神曲」を選んだのはうちのサイドバーに新着書で出てたから。私は「神曲」は寿岳文章訳をお勧めしてます(^^)。


で、『弟子』の話。基本的には孔子と子路の話。私は単純に、いつも「師匠」とか「弟子」なんて単語を使ってるから興味を持って読んでみただけなんですけどね(初読です)。

その中に。


陳の霊公が臣下の妻と通じその女の肌着を身に着けて朝(ちょう)に立ち、それを見せびらかした時、泄冶(せつや)という臣が諫(いさ)めて、殺された。百年ばかり以前のこの事件について一人の弟子が孔子に尋(たず)ねたことがある。泄冶の正諫(せいかん)して殺されたのは古の名臣比干(ひかん)の諫死と変る所が無い。仁と称して良いであろうかと。孔子が答えた。いや、比干と紂王(ちゅうおう)との場合は血縁でもあり、また官から云っても少師であり、従って己の身を捨てて争諫し、殺された後に紂王の悔寤(かいご)するのを期待した訳だ。これは仁と謂うべきであろう。泄冶の霊公におけるは骨肉の親あるにも非ず、位も一大夫に過ぎぬ。君正しからず一国正しからずと知らば、潔く身を退くべきに、身の程をも計らず、区々たる一身をもって一国の淫婚(いんこん)を正そうとした。自ら無駄に生命を捐(す)てたものだ。仁どころの騒(さわ)ぎではないと。

という箇所があるんですね。

子路が「そりゃ〜、ひどいじゃないか、おめーよー」と詰め寄るんですが、さらに孔子は答えて言う。


汝には、そういう小義の中にある見事さばかりが眼に付いて、それ以上は判(わか)らぬと見える。

せっかく引用したので、本文から解釈してもらいたいところなんですが、これ、私がよく弟子に言うことなんだよね。いや、碁の弟子に関わらずだけど。

「いや〜、これから弟子にこういうことを言わなくてはならない局面に出会えば「孔子と子路の会話にもあるように」と偉そうに言えるな、なんて(爆)。


ちなみにこの azur。栞に特定の文章を登録しておくと、他の本を開いているときでもさっと該当の本にジャンプして、栞を挟んだところを読むことができます。

う〜ん、買っちゃうかもな。。。> azur。

投稿者 前田博明 : 2004年10月16日 17:15 | トラックバック