Apple の iPod で聖書を読むことができるという記事(「ネットは新聞を殺すのかblog」/2004年11月10日の記事)を見かけた。「Bible Player」というソフトウェアで King James 版の聖書が閲覧できるようになるというもの。ブロガーにも人気の話題で、あちこちのブログで取り上げられてるみたい。
ふふ。
この iPod 人気への便乗はちょっと笑ってしまうけど、それにしても「電子ブック」というのは今、どういう状況にあるんだろうね?
以前ここでも「電子ブックリーダーによる読書」という記事でアジュールという商品を紹介した。青空文庫とか Project Gutenberg に慣れ親しんだ者にとって、「電子ブック」とは、「PC での閲覧を前提として既存書籍データを電子化したもの」と言えるかな。
最近は「電子ブック」というと「リブリエ」などの「携帯端末で読むことを前提とした独自フォーマットデータ」を指すことも多いみたい。「電子ブックリーダー」で検索するとこちらのジャンルの方がよくヒットする。
なんかね。
この後者の意味での「電子ブック」というのは、一応各社が競って商品化している「ことになってる」みたい。でも個人的にこちらの意味での「電子ブック」にはあまり魅力を感じない。
「本」というのは、ある意味で「完成型」だと思うんだよね。たとえば最近はやってる『ダヴィンチ・コード』。同じ価格で CD-ROM と書籍が並んでいれば、たいていの人は書籍版を買うと思う。200円増しで CD-ROM 版が同梱されているのなら、CD-ROM 同梱版を買う人もいるだろうけど、同じ金額を払うのなら書籍を買いたい。
書籍というのは本当に手軽かつ便利な形態で、ベッドでも風呂でも電車の中でも、そして明かりがなくても蛍雪があれば読むことができる。電子本の場合は読むためのハードウェアが必要だし、そのハードウェアは電源が必要だし、風呂の中に持ち込めば壊れるだろうし。「手軽さ」で書籍に挑んでるみたいな「電子ブック」リーダーだけど、その方面じゃあ勝負にならないと思うな。
もちろん文書が電子情報であることの便利さはある。論文など書いたことのある人ならわかるだろうけど、あらゆる論文、参考文献が電子化されていたらどんなに便利だろうかと夢想したりする。「電子化されていて欲しい書籍データ」というのは、例外の部類なんだよね。
私は今アジュールと、それから Linux Zaurus に同梱されてる電子本リーダで、青空文庫の本を読んでる(正確に言うと「データを閲覧してる」)。でもあらゆる「読書」を電子本閲覧という方法で行いたいとは思わない。それに、これは特に強調しておきたいんだけど、「電子ブック閲覧専用」のハードウェアが欲しいなんて全く思わない。
確かに、商品化されてる「電子ブック」リーダーに採用されてるハードウェア/ソフトウェア技術にはいろいろ面白いものがある。ここで使われる技術は、将来いろんな分野で利用されるようになっていくと思う。でも「読書」という習慣そのものを代替してしまおうというのは傲慢な発想のように思えるんだけどね。
投稿者 前田博明 : 2004年11月11日 14:41 | トラックバック 私は英語のテキストをそのまま翻訳ソフトにコピーできることを期待して、adobe readerで読む電子ブック(e-Book)を買いました。しかし残念ながら、テキストをコピーすることはできないようになっていました。
電子ブックの著作権を守るために複製防止の機能が必要なのは理解できるのですが、これでは「収納場所が不要」ということ以外に電子化のメリットが感じられません。
論文や参考文献がすべて電子化されていても、その閲覧や使用にいちいち権限や手続きが求められ、コピーもろくにできないのでは、あまり使いやすくはならないのではないかと思います。
こんにちは、はじめまして!遅くなりましたがTBありがとうございました!
>、「電子ブック閲覧専用」のハードウェアが欲しいなんて全く思わない。
まったくその通りだと思います。きっと開発者は「コレってイケてるー!こんなの考えちゃうオレってスゲー!!」とか思って開発したんでしょうけど、完全な自己満足の賜物であることに早く気が付いて欲しいと願う毎日です。毎日は言い過ぎですね…
ではでは!
Posted by: takaba : 2004年11月16日 11:39