コバピも読んでみたなんて言うので、懐かしく思って『永遠のジャック&ベティ』を再読しました。これはやっぱり凄いよ。ダニエル・キイスが「あなたはなぜ『アルジャーノンに花束を』なんていう名作が書けたんですか?」と問われて「どうやって書けたのかわかるなら私に教えて欲しい」なんてことを言ってたけど、この『永遠のジャック&ベティ』も同じような感じだな(笑)。
ジャック&ベティの教科書をネタにするというアイデアも良いし、二人の会話の落ち込み具合、ドタバタ具合も面白い。「私はあなたとセックスすることを欲しています」なんていうオチも秀逸だよね。
ただ、たとえば同じ本に入っている「インパクトの瞬間」なんかはアイデアに引きずられすぎてる。「四畳半料理の拘泥」なんかもそう。後の彼の作品を見てみると、作者は「永遠のジャック&ベティ」と、「インパクトの瞬間」という作品の間にある深い溝に無頓着なのかもしれない。「同じレベルにあるはず」と作者が信じ込んでしまって突っ走ってしまった感じがある。そういう面で恩田陸に相通じる臭いを感じてしまうんだよな。まあ清水義範は自らを「芸人」と感じている様子もあるからまだ良いけど、恩田陸なんかはかなり見ていて辛く感じるんだよね…(いや、余計なお世話なのはわかってるさ)。
本好きはみんなそうなんだけど。ある作者の作品が気に入ると、その作者の作品を全部読んでみたりするよね。ぜんぶ読んでみて、それでも良い作家だと思える作家は少ない。と、いうか最近とみにそういう傾向にあるように思う。「文体」とかじゃなく「アイデア勝負」って感じになってるからというのもあるのかな。『アルジャーノン』なんて凄いものを書くことのできたダニエル・キイスも『五番目のサリー』とか『24人のビリー・ミリガン』等、「おまえ、似たようなアイデアなら何でも受けると思ってんのかよ」という感じの作品を書いてしまったしね。
別のジャンルで、かつ別の理由でちょっと内容がつまんなくなっちゃったなと思った著者に榊原淳子と姫野カオルコがいる。榊原淳子の『世紀末オーガズム』(絶版だと思う)なんて、凄すぎるくらいに凄いんだよね。書名を忘れちゃったけど姫野カオルコの初期の作品も榊原淳子に似た迫力があったな。この二人の場合、私の全く身勝手な想像なんだけど、「幸せ」になっちゃってから作品に迫力がなくなっちゃったような感じ。こういう場合ならば「ああ、あなたのことが大好きでした。幸せになってください」と、作品を諦めることもできるね。
投稿者 前田博明 : 2004年11月13日 14:30 | トラックバック