だ〜。私、馬鹿なんですよね。よく知ってる。やり始めると止まらない(笑)。今日も「寺田寅彦の誕生日〜」なんてはしゃいでいて、それがまだ続いてる(苦笑)。
で、次に読んだのは『科学者とあたま』という文章。読んでみて思い出したんだけど、この文章、中学のときの模試に出てきた文章だ。当時もどこかで原文にあたったはずなんだけど、忘れてた。
頭のいい人は、言わば富士のすそ野まで来て、そこから頂上をながめただけで、それで富士の全体をのみ込んで東京へ引き返すという心配がある。富士はやはり登ってみなければわからない。
という文章が印象的だったんだよね。文章全体では「科学者ってのはあたまが良くないとダメだけど、良すぎて『きっとこの研究はなんの役にも立たない』なんて見通しがたってしまうようじゃだめ」なんて感じの文章。
「いや、でもさ。その『ダメだ』という見通しが誤っているのなら、その科学者のあたまはさほど良くないんじゃないの?」なんて思いつつ読んだら文末にちゃんとオチがついてる。
この老科学者の世迷い言を読んで不快に感ずる人はきっとうらやむべきすぐれた頭のいい学者であろう。またこれを読んで会心の笑(え)みをもらす人は、またきっとうらやむべく頭の悪い立派な科学者であろう。これを読んで何事をも考えない人はおそらく科学の世界に縁のない科学教育者か科学商人の類であろうと思われる。
模試に出された文章は部分だけだったんだけど、「なんかあの文章気に入らないな」と思いつつ、オリジナルに当たってみたときは「げ。やられた」と思いましたね(^^;。以来「寺田寅彦ってなかなかやるぞ」(馬鹿(笑))なんて。
今読み返してみて。なんか「囲碁」にも通じる文章でしたよ。私は「理論派」を標榜してるけど、だからゆえに「あり得ないと思われる可能性のある手」に対する恐怖感がすごく強かった。ウワテに無理な打ち込みをして、それを悪夢として三ヶ月間見続けた。そういう態度は、本文章の中で寺田寅彦が「頭が良すぎる」と揶揄しているタイプなんでしょうね(^^;。いや、今はそういうところから抜け出せたつもりでいるけどね。
投稿者 前田博明 : 2004年11月28日 23:56 | トラックバック