2005年12月11日

『首輪物語』清水義範

「面白い!」と思った作家の作品がどんどんつまらなくなっていくのはとても悲しい。

かつて『永遠のジャック&ベティ』で、ある種の天才かと思った清水義範だけど、氏が編集者に「パスティーシュ」という言葉を教えられ、「パスティーシュ作家」として自己認識し始めた頃から、どうもパロディによる「破壊力」が失われてしまい、単なる借り物小説のようになってしまったように感じている。

表題の『首輪物語』は、「首輪物語」「ティンカー・ベルの日記」「パウダー・スノー」「亀甲マン」「あこや貝夫人」「ハートブレイク・ツアー」「渚のカルメン」「プロフェッショナルX」の八作品が収められているけれど、面白く感じた作品は1作品もない。とくに最後の「プロフェッショナルX」は呆然とするほどにつまらなく感じた。

氏の作品にまだ触れていない人は、『永遠のジャック&ベティ』、『国語入試問題必勝法』、『虚構市立不条理中学校』あたりを抑えておけば良いのではないかと思ってる^^。

投稿者 前田博明 : 13:20 | トラックバック

2005年01月01日

新しい年の青空文庫…

壊れる前に…」というブログの「行く年来る年」という記事で、青空文庫の新着情報表示が新年になると過去のものが表示されなくなるということが書いてあった。

「ああ、まあ年が変わると表示形式とか変わるよねぇ」と気軽に考えてたんだけど、「新規公開作品」のページは思った以上にラディカルな表示形式。なんと本当に今年新規公開したものしか表示されない。昨年の新着情報へのリンクもない。

う〜ん。これは、私の判断基準ではそうとうにヒドイ。単純に「簡単に残しておけるデータをわざわざ消してしまう」のもヒドイと感じるし、過去の資産を残していく青空文庫の姿勢から考えても違和感を感じる。

まあ「壊れる前に...」の記事を読めば、青空文庫はずっとこういうスタンスでやってきたんだろう。(私には想像もできないけれど)その方が便利なこともあるんだろう。

RSS なんてのが普及してきたこともあるし、情報発信を行うサイト側は raw data を提供することの意味をもっと認識して欲しいなぁ…。

うちのサイトのサイドバーに関しては、昨年12月末の新着情報も含めて表示するようにプログラムしてあります。

投稿者 前田博明 : 14:25 | トラックバック

2004年12月18日

魔法使いハウル

魔法使いハウルと火の悪魔人気作品を追っていてはダメだっつーのに、久しぶりに『魔法使いハウルと火の悪魔』(ダイアナ・ウィン・ジョーンズ)を読み返しました。

ダイアナ・ウィン・ジョーンズは言うまでもない英国児童文学界の大家。あのトールキンのお弟子さんであります。いや、講義を受けたってだけだったかな。ちょっと確かじゃないけれど(^^;。

この本。最初に読んだときは確か図書館で借りて読んだんだけど、印象に残ってたのは「ナーイガーイ」のセリフ。もちろん面白くなくはないんだけど、それほど良いとは思わなかったんですよね。個人的にはクレストマンシー・シリーズの方が好き。

クレストマンシー・シリーズは、

この本は何遍も読み返したなぁ。「児童文学」を語る際、絶対に欠かせない本。この『魔法使いハウル』は本国英国よりも米国で受けた本という印象があります。

せっかく映画が流行ってる(みたい?)ですから、できることなら映画を観た人が「クレストマンシー・シリーズ」なんかも読んでくれますように(^^)。

投稿者 前田博明 : 17:24 | トラックバック

2004年12月17日

つまんなかった>黒革の手帳

黒革の手帳いえね。なんで今更松本清張が話題になってんのかなぁと思ったですよ。松本清張ってーと、私が小学生くらいの頃に流行った作家でしょ? それが最近いつもベストテンに『黒革の手帳』が入ってるから違和感を覚えてたんですよね。。。

で、なんで売れてんだと言えばドラマになったからってことだそーで。知人が持ってたので略奪して読みましたよ>小説。

結論。松本清張の著作としては三流(^^;。松本清張と言えば『点と線』とか『ゼロの焦点』とか、『砂の器』とか? 社会派なものとしては『日本の黒い霧』なんかが有名どころ? 私としては『二・二六事件』がお勧めなんだけど、これは入手が難しいかな。私も文藝春秋社まで出向いて購入しましたし(^^;。

「お〜、なんかえれぇ売れてるみたいだから面白いのかもよ?」と思った私。バカでした(^^;。「売れてるからすげぇぞ」と思って、何度も裏切られてるのにね(^^;。

尚、この話ととてもよく似た話に半村良の『八十八夜物語』があります。私、イーデス・ハンソンは苦手なんだけど、この話はわりと面白かったですよ。

投稿者 前田博明 : 21:15 | トラックバック

2004年12月11日

うむ! ナルニア国物語映画化!

ナルニア国物語児童文学好きなら誰もが知っている『ナルニア国物語』(C.S.ルイス)がついに映画化だそうですね。巻が進むに従って(全七巻)、キリスト教絶対な感じが鼻についてくるんだけど、それでも本書は永遠に色あせない名作でした。

映画化も『指輪物語』ほど難しくなかろうと思われるので大賛成っ!

… と、思いきや、制作はディズニーだそうで…。『ダヴィンチ・コード』で「ディズニーもそんなに底の浅いところじゃないぜ」みたいな紹介がされていたけれど、やっぱりちょっとディズニーはなぁ…。

「絶対駄作に違いない」と思っていた「指輪物語」(映画は最初のしか見てないけど)が、意外や意外、結構な作品に仕上がっていました。今回の「ナルニア」は、ディズニーが絡むということで指輪より不安だけど、面白い作品に仕上がるといいなぁ…。

余談だけど、児童文学ってのを『ハリー・ポッター』だとか『ダレン・シャン』だと思ってる人には、ぜひこういう作品も読んで欲しいな。

投稿者 前田博明 : 18:50 | トラックバック

2004年11月29日

便利な azur (電子本リーダ)

昨日は馬鹿みたいに青空文庫の寺田寅彦で盛り上がってしまいました(^^;。盛り上がりまくって、他の人にも読め読めと勧めたんだけど、やっぱり言われるのが「テキストエディタなどで本を読むのは辛い」ってこと。

だからさ〜。言ってんじゃんか。電子本リーダがあるんだって(昨日の記事参照。縦書きはもちろん、ルビをきちんと表示することのできるリーダがたくさんあるんだからテキストエディタなんかで読む必要はないんだよね。

ちなみに私の愛用する azur で寺田寅彦の『科学者とあたま』を表示すると以下の感じ。

azur で青空文庫の書籍データを表示

あ、キャプチャする場所を失敗してルビがどんな具合に表示されるかわかんないな(^^;。まぁ、ルビは「本」のように、ルビを振る対象文字の右横に表示されます。

で、私がとても便利だと思ってるのが「栞」機能なんですよね(電子ブックリーダなら azur に限らず栞機能は付いてることが多い)。上の図は「栞」メニューを開いているところ。見てわかるように、使い方によっちゃあ読了済みの本のリストみたいな使い方ができる(まあそのためには「栞」に階層メニューを実装して欲しいけど)。

さらに便利なことに、azur は、オンラインで公開されている電子ブックを、オンラインのまま表示することができる。つまり URL を指定することで、そのまんま画面に文章を表示できるんですよね。だからいちいちデータをダウンロードする必要はない。で、栞に登録してある本には瞬時に移動することができるし。

論文なんかを書いた経験のある人はとってもよくわかるけど、「この部分を後で引用しよう」と思う場合、従来の書籍データだとむちゃくちゃ大変だったんですよね。

まず引用したい箇所に付箋なんかを貼り付けて場所がわかるようにする。そして本を閉じている際に、その付箋が「何のための付箋なのか」がわかるように、付箋の端っこに「漱石の俳句についての見解」なんて見出しを付けておく。そしてさらに実際に論文を書く際には、必要な箇所を探し出して、それを自分の論文に一言一句間違えないように移し替えなくちゃいけなかった。膨大な本を参照するときなんかは、参考文献の「どれか」に必要とするデータがあることはわかっていても、その文献がいったい「どれなのか」がわかんなくなったりもする。

もし参考文献も電子ブックで完結するのであれば(まあそんなことは考えられないけれど)、引用なんかに関する作業がむちゃくちゃ楽になる。さらにオンラインで公開されているのであれば、論文執筆者の引用部分の原点に即座にあたることができる。

いや、実は。こういうことはもう何年も前からできるようになってる。そういう環境が整ってるから、逆にオンラインテキストがどんどん普及してる。でも、なんか相変わらず「テキストエディタで見るのは疲れる」なんて人があんまり多いのでネットおたく(?)な私はがっかり。

これだけのことができるのなら、場合によっては「本でないことのデメリット」を補って余りあると思いませんか。

あはは。なんか熱くなっちゃってるけど>自分。

私の世代、ちょうど「個人用ワープロ」なんかが「入手可能」になってきた世代。初めてワープロ専用機なんてものを買ったときから、文書を電子的に管理することにすごく興味を持ったりした。たとえそのワープロが8文字×3行表示とかのワープロだったとしてもね(笑)。

だから、そういう分野ですごく便利なものがあるのに「ルビすら表示できないのにさ」なんて理不尽なことを言われると、つい熱くなっちゃうんだよね(^^;。

投稿者 前田博明 : 06:05 | トラックバック

2004年11月28日

今日は寺田寅彦の誕生日(^^)

うちのサイドバーによると(^^;、今日は寺田寅彦の誕生日。

寺田寅彦と言えば理学博士にして漱石の弟子。数々のエッセイも面白いモノが多く、まるで日本のファインマンみたいな人。

「あ、そう言えば青空文庫にもあるはずだよな」と見てみれば、当然ありました。なんかいろんな人のブログを見てると、最近青空文庫を知って「ルビとかが読みにくい」とか「横書きはちょっと」なんて言ってる人がいるけど、使ってる環境に応じたリーダがあるはず。たとえばウィンドウズ環境なら、「ダウンロード > Windows > ユーティリティ > テキストファイル用 > テキスト表示」なんかにも置いてある。私は結局青空文庫のトップでも紹介されている azur を購入しちゃいましたけどね。

で、青空文庫に掲載されてる寺田寅彦の文書も良いんだけど、寺田寅彦初心者の方(?)にお勧めは『帝都物語』(荒俣宏)がすっごくお勧め。「帝都物語」っていうと、映画の方を思い出して「あのノリはちょっと…」と思う人も多いと思うんだけど(私も映画はあまり好きじゃない)、小説の方は名作ですよ〜。荒俣宏と言えば、ちょっと「それは趣味の世界に入り込みすぎでは…」なんて「オ」な世界も持つ人だけど、この『帝都物語』は純粋に面白い。ちょっと長くて、最初は世界に入り込むのが難しいかもしれないけど、読み出すともう止まらない。出てくる登場人物(寺田寅彦も出てくるんです)について資料なんかあさり始めると、一気に数百冊の「読みたい本リスト」ができあがっちゃう(笑)。

但し。『寺田寅彦は忘れた頃にやって来る』(松本哉)って本だけは間違っても買わない方がいい(苦笑)。なんか著者が勝手に入り込んで「寺田寅彦っていーよねっ!」と言い続けてるだけの本な感じ。

これから迎える年末年始。『帝都物語』と「寺田寅彦」をテーマにすると、きっと「なんで年末年始は下らないテレビしかねーんだよ」なんてことを言う暇もなく、充実した時間を過ごすことができますよ(^^)。

投稿者 前田博明 : 15:45 | トラックバック

2004年11月23日

バグってました>青空文庫新着情報

が〜ん。なんで誰も言ってくれないんだろう(^^;。

本ページの右下〜の方に掲載している青空文庫の新着情報。テスト版のままにしていて、正しく青空文庫の図書カードにリンクされていませんでした。おまけにキャッシュを使わない設定にもなってたから、このページが表示されるたびに青空文庫のサイトにアクセスにいっちゃってた。どもすみませんでした>青空文庫。

今はもう大丈夫なはず。キャッシュは 10 時間毎に更新される設定になっています(^^)。

投稿者 前田博明 : 17:50 | トラックバック

REUTER の伝える電車男

英語版の Yahoo! News、興味のあるトピックスを RSS リーダで拾ってるんですが…

Japan Internet Love-Story Bestseller with a Twist って記事が出てましたね。もちろんこれは話題の『電車男』の話。

私は『電車男』を読んだことがないんだけど、この記事では『電車男』を「You've Got Mail」と比較してたりする。『電車男』って本が話題になってるよ、とは聞いてたんだけど、これは一度読んでおかなくちゃいけないかな(^^;。

投稿者 前田博明 : 11:25 | コメント (2) | トラックバック

2004年11月22日

青空文庫の RSS フィード

うちのサイトでもサイドバーに利用させて頂いていた青空文庫の RSS フィードがいろんな理由で更新されなくなってしまったらしい(記事参照)。

私は今朝になって、自分のページ(このページ)のサイドバーを見て青空文庫のタイトルが表示されてないことに気付いた。なんか青空文庫のトップページレイアウトも変わった感じ? 最初はレイアウト変更による影響だと思って、すぐにフィードは再開されるんだと思ってた。でも先にリンクした記事を見ると、ハードウェア的な要因もあってフィード自体が停止してしまうとのこと。

しょうがないので例によってプログラムを書いて、独自に青空文庫の新着情報を取得することにしました。サイドバーの青空文庫新着リストは復活しているはず。

でもね〜。利用者の勝手を言わせて貰えば青空文庫は「公的存在」。RSS のフィードをしてくれても良いように思うんですよね…。いや、勝手だってのはわかってるけどさ(^^;。ちなみにうちのサイトでは「青空文庫」なんていうウルトラメジャーな RSS をフィードする体力に自信がないので、内部利用に留めたいわけなんですが。

以前、「ブログ対応青空文庫」なんて話も出てただけに、なんか前向きの動きがなかったのがちょっと残念。いや、何度も言うように勝手な言いぐさなのはわかってるんだけどね。

投稿者 前田博明 : 15:55 | トラックバック

2004年11月20日

悲しすぎる「大学に入ったら読みたい本 100選」

「大学に入ったら読みたい本 100選」

佐賀大学付属図書館のサイトにあった記事。「大学に入ったら読みたい本 100選」ってことでアンケートしたらしいんですが…。

佐賀大学附属図書館は、平成16年9月1日(水)〜10月11日(月)の期間、「高校生が選ぶ『大学に入ったら 読みたい本100選』」という企画を実施しました。8月2日・4日のオープンキャンパスでおこなったプレ投票を含めると、投票人数は3,886人、投票冊数は7,086冊となり、多数の方々に参加していただきました。開票の結果、上位100冊は下記のとおり決定しました。

このアンケート結果は、本当に涙が出ますよ。本好きな方はハンカチを用意してからリンクをクリックして下さいよね。

トップの「ハリー・ポッター」は、まあ良いことにしましょう。しょうがない。本当は山ほどある児童文学の名作を読んでから「ハリー・ポッター」を読んで、そして「評価」できるようになって欲しいんですけどね。

で、後は「え、それ中・高で読んでないの?」というあまりな名作や、「なんだそれ、単なる話題の本じゃん」って本ばかりが目立つ結果です。先の記事で貶したばかりの『ソフィーの世界』なんかも入ってる。『ソフィーの世界』なんか読んで哲学を語る大学生って、馬鹿にされるだけだぞ。

「いったい中学・高校で何をしてて、そして大学に行きたいって思ったんだよ、お〜」なんてオヤヂな説教のひとつもしたくなるような感じです(;_;)。

ベスト100に入ってたものの中で「なんでそれが『大学時代』なんじゃ」と思う本。もしも「本好き」を名乗るなら、「いやあ、大学時代に読みました」と言ったら、笑われるリスクもありますよ(^^;。

  • こころ
  • 人間失格
  • 坊ちゃん
  • 吾輩は猫である
  • 羅生門
  • 走れメロス
  • 老人と海
  • 舞姫
  • 雪国
  • 変身
  • ライ麦畑でつかまえて
  • 車輪の下

まあ個人の好きなジャンル、嫌いなジャンルがあるけどさ。これらは中学時代に読んでても「普通」です。「常識」な回答だから書名が挙がるのはいいんだけど、それにしても敢えて「大学時代」に読みたいという本じゃないよなぁ…。

あ、今度ハッピー・マンデー囲碁教室にこのリストを持って行って女子高生に聞いてみようかなぁ。でもあの子、ちょっと国語関係嫌いみたいなんだよな(^^;。


口の悪い(笑)本好きの人に感想を求めました。「源氏物語とか英語版ハリポタとかはわかるけど、あとはなぜ(読みたいなら)今読まないのかわからない・・・」と言った後、「気になる話題の本が忙しいから読めない・・・って結果的に良かったじゃん」とのこと(爆)。つまりは「はやりものなんてはやってるだけだから読むな」と(笑)。

さらに、「大学に入ったら今の自分のセンスを恥じたくなるような教育を受けられるといいですね」とのことでした。ご〜。辛辣だな。でも同意です(^^)。

投稿者 前田博明 : 18:05 | コメント (1) | トラックバック

ネタバレは嫌いですか?

ふと思ったんですが、「ネタバレ」って嫌いですか(^^)?

「ネタ」ってのとはちょっと違うんだけど、スポーツ。テレビ中継なんかがあるとき、事前に結果を知ることをとても嫌がる人が多いですよね。まだ「パソコン通信」なんてのがコンピュータ通信の主流だった頃は、「この試合はテレビ中継があるんだからそれまで結果を書くな!」と言っている人もいました。「じゃあネットを見なきゃいいじゃん」という人といつも論争になる(笑)。さすがにネットワークがここまで一般化してくると、結果をネットに書くなという人はいなくなってきた様子。

実は私。スポーツに関しては事前に結果を知って観るのも好きなんですよね。むしろ「如何にしてそういう結果になったのか」と、より観戦に集中することができたりもします。まあこれは、以前「どうなってんのかな、天皇杯」の記事にも書いたように、私が番狂わせをとても嫌うことにも関係あるのかもしれません。

でもそういう私がとても嫌いなのが書籍の要約本。一時ブームで、文学から哲学までいろいろと出ましたよね。「文学」の「臭い」を乗っけた『ソフィーの世界』なんて本もベストセラーになったし。

なんかね。オリジナルの本を読むために使う「リファレンス」として使うのなら話もわかるんだけど、それを読むだけで「読んだことにする」人が多いじゃないですか。そういう態度も嫌いだし、「読んだこと」にできる気の持ちようが気持ち悪い。

実は先日も知人と話していて『走れメロス』の話になった。読んだことがないと言うので「じゃあ貸してあげよう」と。「いや、みんなから粗筋とか聞いて内容はわかってるので良いです」と。

いやね。私も『走れメロス』に対しては否定的な評価をしているよ。「なんでこんな作品書いちゃったんだろう?」なんて思ってる。でも広い意味で「古典」に入る作品に対して「内容わかってるから」ってのはないよな〜。その知人と私の間には、しばらく気まずい沈黙が流れました(^^;。

こんな話を書いているのは。もちろん右に表示されている「きょうの名言」の内容がモンテーニュの「良書の要約というものはすべて愚劣なものだ。」だったから(笑)。さすがは名言。「愚劣」の言葉を胸に刻んで、もう「内容知ってるからいらない」とか言わないでくれよな(笑)>知人。

投稿者 前田博明 : 16:34 | トラックバック

2004年11月17日

活字中毒度テスト?

とあるウェブサイトで、「活字中毒者に50の質問」ってのを見かけました。ってか本当は、これに回答している人を見たんだけど「そんなもんで中毒かよっ」なんて思ってしまったので(爆)、私も回答してみることにしよ〜っと。

私は近眼ですが、それは昔就寝時刻になって、月の光で本を読んでいたからです(笑)。そうそう、熱が出やすい体質で、小学生の頃、40度の熱を出すと母親がよく尋ねました。「なにか買ってきてあげようか?」。私はいつも本を買ってきて貰いました(爆)。風邪の子供に躊躇いなく本を与えてくれた母親に感謝します(爆々)。

  1. あなたの活字中毒度を病気に例えると。(例:軽い風邪)
    わりと重い持病だけど、なんとか付き合っていける感じかな。

  2. 病気を決定的に悪化させた具体的な原因(本)に心当たりは?
    モノゴコロついた時には活字中毒でした。

  3. 活字中毒であることを改めて確認したエピソードがあれば教えてください。本がないと落ち着かない、なんて普通すぎる答えは大却下(笑)
    本を買ってくれた女性のヒモになったことがある。

  4. 月に何冊を本を買いますか?(文庫・漫画・雑誌は分けてカウント)
    文庫:5冊くらい? 漫画:0 雑誌:2 単行本はないの?

  5. では、月に何冊本を読みますか?(文庫・漫画・雑誌は分けてカウント)
    15冊くらい

  6. 1冊の本を入手するために、最大で何軒の本屋をハシゴしましたたか?
    10件かな。最近はネットがあるので便利。

  7. 同じく1日何軒まで、本屋のハシゴをしたことがありますか?
    同上。

  8. おおよその蔵書数を教えてください。ダンボール単位でもいいから、とにかく概算を。無理でも何でも出すように。
    恩師に「蔵書とは2万冊からを言うのだ」と言われたことがあります。うちには漫画を除いて1万少々。可哀想な実家が書庫になってる。

  9. 本棚から本はあふれてますか? その場合、なにか工夫をしていますか?
    会社を作って書棚を増やした(爆)。

  10. 読む当てもないのに、つい本を買ってしまった経験は?
    ない。

  11. 辞書を頭から読んでしまう行為について述べよ。
    英語の辞書なら頭から全部覚えようと試みたことあるな。日本語の辞書ならよくやります。

  12. 積読状態の本は何冊ありますか?
    資料として買って、必要な部分だけ読んだというのも含めれば2千冊くらいかな。

  13. 既に自分でも持っている本を忘れて、ついだぶって本を買ったりしませんか?
    過去1度だけ経験あり。

  14. あなたの立ち読みっぷりを教えてください。
    すぐに買っちゃうので立ち読みしないな。

  15. 本屋(図書館)に行かないと何日で禁断症状が発生し、精神の均衡を保てる限界が何日で来ますか?
    最近はネット書店があるので平気。

  16. 本屋での平均滞在時間と最大滞在時間は?
    平均1時間くらいかな。最大は5時間。

  17. TVと本。2者択一でとるならどっち?
    もちろん本。

  18. 同じ本を意識的に複数冊買うことは、ありますか? 何冊買いますか?その場合、用途は?(例:愛読用、愛蔵用、布教用)
    ある。愛蔵用、普及用、かざり用。

  19. 死ぬほど読みたい定価500円の本があったとします。プレミア価格になっていたとしたら、いくらまでなら出せますか?
    死ぬほど読みたいなら5万円くらいかな。

  20. 電車の中で読んでるとき、読み続けていたいが為に降りる駅で降りないことがありますか?降りた場合、駅構内のベンチで読み切ったことがありますか?
    あはは。ともにある。馬鹿だな、と思った。

  21. 日々の生活費用と本代。優先すべきは……。
    当然本代。

  22. 本を読んでどこに萌えますか?つまり読書スタイル。(ストーリー重視、妄想全開、キャラクター萌え、台詞重視等)
    文書とストーリー重視かな。

  23. 風呂など、家の中の変わった場所で本を読んだりしますか? 具体的な場所も教えてください。
    トイレでならあるな。でも普通か。

  24. 旅行先や外出先、知らない土地で本屋を見かけたときの行動は?
    良さそうな本屋だったら入って、旅行中であるなしに関係なく本を買います。外国に行っても同じ。

  25. 既に読んだタイトルの新装版が出ました。あとがきが増えた、ちょっと加筆、大幅加筆の3パターンに分けて、その後の行動を教えてください。
    好きな本なら買うけど、そうでもない本ならぱらぱら眺める程度。

  26. あなたは学校の図書館に、伝説を残しましたか?(ささいなエピソードもあり)
    毎日借り続けて、見栄はりな女が私の後を徹底的にトレースして本を借りてた。

  27. 「R.O.D」を知っていますか?知っていたら一言感想を。
    知らない。ロッド・スチュアート(爆)?

  28. あなたには、面白い本のオーラを感じる能力や、面白い本を見つけるための嗅覚があると思いますか?
    あると思う。

  29. 貴方の大切な本が雨(水でも可)に濡れてしまった場合、貴方はどうしますか?
    買い直します。濡れた本はそれでも良いという人にあげます。

  30. 同じ本の最大読み返し回数と、そのタイトルを教えてください。
    『車輪の下』は中学の時だけで20回以上読んだな。『異邦人』とか『変身』とか、その手のものは何十回も読むよね。「名作」と呼ばれる作品はたいてい5回以上読みますね。

  31. 気がつくと会話が妙に書き言葉になってませんか?
    「本日は夕刻より打ち合わせがあります」と言ったら笑われたな。

  32. あなたに対する罰で、踏絵ならぬ「踏本」を強要されたら、耐えられますか?
    嫌いな作家も何十人もいますからね。

  33. 読む本が何もないときの、代替行動について述べよ。
    時間が決まってるなら歌を歌います。1曲で3分ほど潰せますしね。

  34. 読んで数ページで地雷な本の予感が漂ってますが……あなたはそれでも最後まで読み続けますか?
    地雷な本というのは下らない本という意味ですか?一応読み終えて、徹底的に批判しますね。

  35. 地雷な本を読了した後(あるいは打ち切った後)のあなたの一言と行動は?
    「馬鹿」と言って破り捨てたことはありますね。

  36. 特異ジャンルの本を買うときに抵抗感はありますか?(例:男だけどコバルト文庫買う……etc)
    抵抗感ありますね。サスペンスものとか、恥ずかしくてなかなかレジに持って行けませんね。

  37. 最長連続読書時間を教えてください(食事はOK)
    岩波から出てる『千一夜物語』を延々と読み続けたことがありますね。でも48時間くらいでアウトでしたが。

  38. 外へ出かける時、何冊の本を持って外に出ますか?
    本命、対抗に加えて、読み終えてしまったときのオサエを1冊。

  39. 図書館で軟禁生活を一ヶ月間送るはめになりました。一ヵ月後のあなたの状態は?
    いや、普通に本を読むしかないんじゃないですか?

  40. 本を買うかどうか、表紙絵で判断することはありますか?
    ないですね。

  41. 読書感想文に「まともでない」タイトルを選びましたね?
    芥川を読んで「詐欺師芥川について」と書いたことはありますね。

  42. 分厚い本を目にしたときのあなたの心理状態と行動を述べよ。
    「頼むから厚みに応じた内容のある本であってくれ」。

  43. 活字中毒者のあなたにとって、天敵とは何(もしくは誰)でしょう?
    馬鹿作家。

  44. 書評を信じますか?
    文章によりますね。阿呆な文で書かれた書評は信じるわけないし。

  45. 本を読み終えたあと襲ってくる妄想はどうやって処理しますか?
    そういえば初期大江健三郎の小説、読了後に1週間口がきけなくて、女の子が怒り出したことあったな。

  46. 電車の中などで読むときページを片手めくりで読み(め)ますか?
    いや、片手めくりできないんですよね。ザウルスの電子本リーダ、便利ですよ。

  47. 「本屋で買って読む」「古本屋で買って読む」「図書館で借りて読む」「知り合いから借りて読む」「知り合いに無理やり買わせて読む」のうち、どれが最も多いですか?
    本屋で買って読むのが一番多いですね。

  48. 街でみかけた、活字中毒者についてレポートして下さい.また、あなたは、どうして、その人が活字中毒者だと思いましたか?
    「『蔵書』とは2万冊からを言うのだ」と言われたときは、ちょっと呆然としましたね。

  49. 活字中毒になって得たものと失ったものは何ですか?
    得たものは今の自分。失ったものがあるとは思ってない。

  50. あなたから本をとってもいいですか?
    いらない本ならがんがん持って行ってください。

  51. 広辞苑はあらゆる意味で最強だと思いますか?
    なぜですか? OED が最強じゃないんですか?

    尚、私が OED 最強説を唱えているのは、柳瀬尚紀の影響が大きいと思います。っと、今、柳瀬尚紀の字は合ってるかなとアマゾンをチェックしてみると、なんとまあ『フィネガンズ・ウェイク』まで文庫になってるんですねぇ。変なの(笑)。

    投稿者 前田博明 : 17:45 | トラックバック

2004年11月13日

久しぶりに読み返すジャック&ベティ

コバピも読んでみたなんて言うので、懐かしく思って『永遠のジャック&ベティ』を再読しました。これはやっぱり凄いよ。ダニエル・キイスが「あなたはなぜ『アルジャーノンに花束を』なんていう名作が書けたんですか?」と問われて「どうやって書けたのかわかるなら私に教えて欲しい」なんてことを言ってたけど、この『永遠のジャック&ベティ』も同じような感じだな(笑)。

ジャック&ベティの教科書をネタにするというアイデアも良いし、二人の会話の落ち込み具合、ドタバタ具合も面白い。「私はあなたとセックスすることを欲しています」なんていうオチも秀逸だよね。

ただ、たとえば同じ本に入っている「インパクトの瞬間」なんかはアイデアに引きずられすぎてる。「四畳半料理の拘泥」なんかもそう。後の彼の作品を見てみると、作者は「永遠のジャック&ベティ」と、「インパクトの瞬間」という作品の間にある深い溝に無頓着なのかもしれない。「同じレベルにあるはず」と作者が信じ込んでしまって突っ走ってしまった感じがある。そういう面で恩田陸に相通じる臭いを感じてしまうんだよな。まあ清水義範は自らを「芸人」と感じている様子もあるからまだ良いけど、恩田陸なんかはかなり見ていて辛く感じるんだよね…(いや、余計なお世話なのはわかってるさ)。

本好きはみんなそうなんだけど。ある作者の作品が気に入ると、その作者の作品を全部読んでみたりするよね。ぜんぶ読んでみて、それでも良い作家だと思える作家は少ない。と、いうか最近とみにそういう傾向にあるように思う。「文体」とかじゃなく「アイデア勝負」って感じになってるからというのもあるのかな。『アルジャーノン』なんて凄いものを書くことのできたダニエル・キイスも『五番目のサリー』とか『24人のビリー・ミリガン』等、「おまえ、似たようなアイデアなら何でも受けると思ってんのかよ」という感じの作品を書いてしまったしね。

別のジャンルで、かつ別の理由でちょっと内容がつまんなくなっちゃったなと思った著者に榊原淳子と姫野カオルコがいる。榊原淳子の『世紀末オーガズム』(絶版だと思う)なんて、凄すぎるくらいに凄いんだよね。書名を忘れちゃったけど姫野カオルコの初期の作品も榊原淳子に似た迫力があったな。この二人の場合、私の全く身勝手な想像なんだけど、「幸せ」になっちゃってから作品に迫力がなくなっちゃったような感じ。こういう場合ならば「ああ、あなたのことが大好きでした。幸せになってください」と、作品を諦めることもできるね。

投稿者 前田博明 : 14:30 | トラックバック

2004年11月11日

電子ブックってなんだっけ?

Apple iPodApple の iPod で聖書を読むことができるという記事(「ネットは新聞を殺すのかblog」/2004年11月10日の記事)を見かけた。「Bible Player」というソフトウェアで King James 版の聖書が閲覧できるようになるというもの。ブロガーにも人気の話題で、あちこちのブログで取り上げられてるみたい。

ふふ。

この iPod 人気への便乗はちょっと笑ってしまうけど、それにしても「電子ブック」というのは今、どういう状況にあるんだろうね?

以前ここでも「電子ブックリーダーによる読書」という記事でアジュールという商品を紹介した。青空文庫とか Project Gutenberg に慣れ親しんだ者にとって、「電子ブック」とは、「PC での閲覧を前提として既存書籍データを電子化したもの」と言えるかな。

最近は「電子ブック」というと「リブリエ」などの「携帯端末で読むことを前提とした独自フォーマットデータ」を指すことも多いみたい。「電子ブックリーダー」で検索するとこちらのジャンルの方がよくヒットする。

なんかね。

この後者の意味での「電子ブック」というのは、一応各社が競って商品化している「ことになってる」みたい。でも個人的にこちらの意味での「電子ブック」にはあまり魅力を感じない。

「本」というのは、ある意味で「完成型」だと思うんだよね。たとえば最近はやってる『ダヴィンチ・コード』。同じ価格で CD-ROM と書籍が並んでいれば、たいていの人は書籍版を買うと思う。200円増しで CD-ROM 版が同梱されているのなら、CD-ROM 同梱版を買う人もいるだろうけど、同じ金額を払うのなら書籍を買いたい。

書籍というのは本当に手軽かつ便利な形態で、ベッドでも風呂でも電車の中でも、そして明かりがなくても蛍雪があれば読むことができる。電子本の場合は読むためのハードウェアが必要だし、そのハードウェアは電源が必要だし、風呂の中に持ち込めば壊れるだろうし。「手軽さ」で書籍に挑んでるみたいな「電子ブック」リーダーだけど、その方面じゃあ勝負にならないと思うな。

もちろん文書が電子情報であることの便利さはある。論文など書いたことのある人ならわかるだろうけど、あらゆる論文、参考文献が電子化されていたらどんなに便利だろうかと夢想したりする。「電子化されていて欲しい書籍データ」というのは、例外の部類なんだよね。

私は今アジュールと、それから Linux Zaurus に同梱されてる電子本リーダで、青空文庫の本を読んでる(正確に言うと「データを閲覧してる」)。でもあらゆる「読書」を電子本閲覧という方法で行いたいとは思わない。それに、これは特に強調しておきたいんだけど、「電子ブック閲覧専用」のハードウェアが欲しいなんて全く思わない

確かに、商品化されてる「電子ブック」リーダーに採用されてるハードウェア/ソフトウェア技術にはいろいろ面白いものがある。ここで使われる技術は、将来いろんな分野で利用されるようになっていくと思う。でも「読書」という習慣そのものを代替してしまおうというのは傲慢な発想のように思えるんだけどね。

投稿者 前田博明 : 14:41 | コメント (2) | トラックバック

2004年11月10日

ジョン・アーヴィングの世界

THE HOTEL NEW HAMPSHAREと、いうわけで「ホテル・ニューハンプシャー」を観ました。昨日の BS2 を録画したもの。

これ、私がちょうど学生の頃に映画化された作品なんですよね。小説の方も同時期に大流行。当時周りにいた学生たちは、みんな『ガープの世界』くらいは読んでる感じだった。

彼の作品は、なんだか冒頭にちょっと入りにくさを感じるケースが多いんだけど、入り込んでしまうとその物語世界に完全にはまりこむことになるよね。そしてきちんと結末が用意されてる(笑)。

なんだかさ。ストーリーはやや現実離れしている(いや、凄くか?)感じで、それがために作品世界に入りにくいのかもしれないね。でも結末があまりに現実的で、そのギャップに悩むことで「作品」としての違和感を生み出してる感じ。

そうそう、この「ホテル・ニューハンプシャー」には The Great Gatzby なんかも下敷きにされてるんだけど、「作品を下敷きにするとはこういうことだぞ、恩田陸!」ってな感じで(笑)。

なんだかバブルもあって、うわついた時代だったってのが総評だけどさ。小説や映画に良いモノが多い時代だったんだなぁと。もしかすると年寄りの「昔は良かった」かもしれないけどね(苦笑)。

# ちなみに村上春樹もジョン・アーヴィングファン。『熊を放つ』の翻訳は村上春樹。

投稿者 前田博明 : 02:05 | コメント (1) | トラックバック

2004年11月09日

懐かしくも今となっては苦い作家たち…

BUBI さんの記事に懐かしい名前があった。「村上春樹」に「清水義範」。実は先日「さようなら、恩田陸」を書いたとき、知人に「清水義範」を語ってしまったんだよなあ。

永遠のジャック&ベティ
あのさ。恩田陸の『夏の名残の薔薇』。あれって下敷きが「去年マリエンバートで」でしょう? 「去年マリエンバートで」ってのは、映画好きなら誰もが見てる、そして誰もが確固たる評価を持ってる映画なんだよね。それを下敷きにしたにしちゃああまりに底が浅すぎる。「去年マリエンバートでっていう映画、知ってます?」なんてふざけた問いかけをしているようにも思える。「去年マリエンバートで」を知ってる人があの小説を読めば、みんなそっぽを向くんじゃないのかな。

似たような例に清水義範がいるんだよね。彼は『永遠のジャック&ベティ』なんていう凄い本を書いた。『国語入試問題必勝法』なんていうファンキーな本も書いた。同じようなコンセプトで書かれた『虚構市立不条理中学校』も笑えた。だけど彼は、あるとき編集者から変な言葉を吹き込まれたんだよね。その言葉ってのは「パスティーシュ」。編集者に「パスティーシュの第一人者」なんて持ち上げられたもんだから、彼の小説はどんどん底を浅くして、そのうちに「小説」なんて言えないもんになってしまった。彼は知識を得々と語る男を笑いものにした小説だかエッセイを書いていたはずなのに、いつか自身がそんな存在になってしまった。

そもそも「あなたは知ってますか?」なんて話を始めると、たいてい作家は終わるよね。一時流行した『あなたの知らない○×△』とかさ。「知ってるよ、そんなこと」ってのを得々と語り出して、そしてその語りが気持ちよかったのか、いつまでもよがり続けて終わっていくんだよね。

『永遠のジャック&ベティ』を人に勧めまくっていた私。その後の清水義範の変化になんか恥ずかしく思っちゃったな。


ところで村上春樹。

村上春樹が好きだ、というのは私たちの世代の男には難しいことかもしれないな(苦笑)。何かの文芸誌で「都市の文学、路地の文学」というようなタイトルで中上健次と比較されたよね。だから堂々と公言しても良さそうだけど、でも「いや、あの。。。ほら、鼠三部作の作家ね」なんて、作家名を出すのに躊躇ったりする。

風の歌を聴け実際、鼠三部作(『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』)は「好きだ」と公言しつつ読んでいたものの、クリスマス本(『ノルウェイの森』)で村上春樹から離れた人は多いんだよね。

私も勢いで『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』までは読んだものの、その後はすっかり興味をなくしてしまった。

鼠三部作を、ちょうど「同世代」として受け入れることができたせいかもしれない。でもそれを言うならば『ノルウェイの森』だって胸焼けがするくらいに同世代。だけど『ノルウェイの森』を読んで気持ち悪くなってしまったんだよなあ。

誰だったかな。私が無類の本好きだと知っている女の子に「この本は絶対に読め」と言われて『 アンダーグラウンド』(後注:最初、間違えてアフターダークと記載していました)を勧められた。勧められたので読んだ。

そして、その女の子とは会わなくなっちゃったんだよな(苦笑)。

投稿者 前田博明 : 18:47 | コメント (2) | トラックバック

2004年11月08日

さようなら、恩田陸

二・二六事件というのは、日本人にとってある種「ロマンス」だよね。いや、いろんな側面があることは当然のこと。だけど敢えて単純化して見るなら「ロマンス」だと思う。二・二六についてあまりにたくさんの本が出版されているのも、「二・二六=ロマンス説」を裏付けるものだと思う。

この二・二六事件については、松本清張が『二・二六事件』(全3巻)にまとめてる。個人的にはこれがとても面白かったな。あ、これは松本清張が書いているからと言っても推理小説とかじゃないですよ。

で、その二・二六事件を扱って、面白いミステリにしたのが恩田陸の『ねじの回転』。これはなかなか面白かったな。2002年発行の本なんだけど、これから恩田陸を読み始めた。知人が恩田陸のファンだってのもあるし。

でも恩田陸。ストーリー・テリングの能力は出色のモノがあるのに、物語の作り方がどうもいまひとつ。作者は「余韻」を残しているつもりなんだろうけど、それが単なる尻切れになることが多い。「青年期の不安感」なんかを「表現」するのはうまいんだけど、それを「ストーリー」にする能力に、正直欠けているように思う。

で、そんな恩田陸がついにやってくれたなと思った作品が『夏の名残の薔薇』。

佐野元春も歌詞に挿入するくらいに、僕たちの世代が大好きな「去年マリエンバートで」を下敷きにしてるんだけど、それだけでムカツク人も多いだろうな(笑)。

巻末にあとがきやインタビューがついてるんだけど、そんなものを読む気にもなれず、本編読了後即座に投げ捨てたくなる本でした。前作の『夜のピクニック』がわりと面白かったんで、期待してたのも悪かったか。

まあこうして、「切り捨てる」きっかけを与えてもらわないと、だらだらと、読まなくちゃと思う作家ばかりが増えて大変なんだけどね(^^;。そういう意味ではついにでた「グッジョブ」なのかもしれない。

投稿者 前田博明 : 13:10 | コメント (1) | トラックバック

出たな! 山椒魚!

以前の記事でも扱った『山椒魚』。岩波の「きょうの名言」は、この『山椒魚』からの一節。

いやさあ。『山椒魚』ってのは出だしからぶっとんでるよね。

山椒魚は悲しんだ。
彼は彼の棲家である岩屋から外に出てみようとしたのであるが、頭が出口につかえて外に出ることができなかったのである。

これはさ。「今日、ママンが死んだ。もしかすると昨日かもしれない」(『異邦人』カミュ)みたいな衝撃。

『山椒魚』には他にも名言や迷言があってさ。

「なんたる失策であることか!」
「いよいよ出られないというんならば、俺にも相当な考えがあるんだ」
「くったくしたり物思いに耽ったりするやつは、莫迦だよ」(これは発言のタイミングが愉快)

なんかコメディなのかトラジディなのかわかんないけど、読者は読みながらザムザの妹の悲哀を感じてしまったりするんだよねえ。

で、今日の名言の「ああ寒いほどひとりぼっちだ!」。

この比喩ってさ。あまりに使い古されているもんなんだけど、「ひとりぼっちだから寒い」(こっちは比喩で使うこともあれば、単なる事実の描写に使うこともある)という意味に、オートマチックに誤解してしまう可能性もあって面白い。

どっちも使い古された表現で、パロディとしてしか使えないような表現になってしまっているけれど、それでも誤読してしまいそうな類似表現があるってことで、もし直接に使ってしまってもなんか「異化」のパワーを持ってる。

こういう表現ってのは珍しいんじゃないかな。


表現と言えば。

今日Jリーグの試合を見てると、アナウンサーが「あわやゴールかという…」という表現を使っていた。ジジイな私は未だにこの表現が気になる。でもこういう場合に「あわや」を使い得るかどうか、少なくとも30年前から議論になってたんだよな(苦笑)。それだけ昔から言われている表現なんだから、今はもう市民権を得た表現だと解釈すべきなんだろう。

でも。30年も前から使われていて、それでもまだ違和感を感じる。そんな表現もまた、ちょっと珍しい部類なのかもしれない。

投稿者 前田博明 : 03:47 | トラックバック

2004年10月31日

読書ってのは…

囲碁ページの方でお世話になっている BUBI さんの記事に、「『読書』はいいこと?悪いこと?」というものがあった。

私は高校1年のときに「読書は悪いことだ」と断定し、1年間読書から離れたことがある。

なぜ「読書は悪いこと」と断定するに至ったか。それは私の読書習慣による。それまでの私は、だいたい年に 200 〜 300 冊の本を読むことを習慣にしてた。

中学生になると外部の模擬試験を受けたりしてたんだけど、模擬試験の国語に出てくる文章は、出典が書いてあれば必ず原本を買い求めて読んでいた(BUBI さんの記事に出てくる星新一のショートショートも模試で知った)。文学史なんかに出てくる本も、実際に自分で読んでみないと気が済まなかった。

模試に出てくる文章というのを「読んでいるのが常識」であると誤認し(笑)、「いったいいつになったら知らない文章が問題として掲載されることがなくなるのだろう」なんて恐怖感を持っていたりした(苦笑)。

いや、もちろん。だからと言って私の「読書」が「苦痛」であったなどということはない。一冊一冊との出会いは歓喜であり、模試で知らない文書が出てくるのも「まだまだ読むことのできる本が世の中にはあるんだ」という喜びであったことも事実。

だけど。

いくら時間のある若い頃ではあっても、そんな読書習慣を持っていると時間は足りなくなる。中学時代の私、大阪府でベスト8に入ろうかというスポーツクラブに属し、塾に通い、英語は聞ける限りのラジオ講座を聞くという生活をしてた。睡眠不足から体中の痙攣に見舞われ救急車で病院に運ばれたりした。

高校一年になって考えた。

「果たして俺の読書というのは、何かに対するエクスキューズになってはいないだろうか」。「読書を何か高邁なものだと言い訳し、他のことにかけるべき時間を少なくしてはいないだろうか」。

実は「英語」という教科も私にとっては娯楽だった。そして英語に関しては早々に自分に制限を課した。「他の教科を5時間勉強したら、ご褒美に1時間だけ英語を勉強しても良い」。まあこの制限には逃げ道を考え出したけどね(苦笑)。学校や予備校での授業で取ったノートを英訳し、「いや、俺は英語の勉強をしてるんじゃない。物理のノートを英語で書き直してるだけだから。物理の勉強をしてるんだよ」なんて。

でも読書にはそういう逃げ道を作ることはできなかった。「おまえ、本ばかり読んでると馬鹿になるぞ」。一所懸命自分に言い聞かせ、「しばらく読書はしない」と言い聞かせ、ほぼ1年「読書」から離れるのに成功した(^^)。

まあこういう私に対しては。「読書は悪い」云々じゃなくてもっと単純に批判することができるけどね。「過ぎたるは及ばざるがごとし」と(笑)。でも「過ぎる」くらいにやってこそ見えてくる境地みたいなのもあるしね(言い訳かな(笑))。

その1年の「読書離れ」。私は「読書」を悪いものだとして排除したんだけど、新たな境地をもたらしてくれもした。それは「あらゆる科目の問題を言葉の問題として解けるようになったこと」。数学も物理も、もちろん英語もみんな「言葉」の問題として、まるで本を読んだり文章を書いたりするような快感を感じつつ解けるようになった(^^;。

1年後に読書を解禁したときにはまた中毒症状にはまりそうになったけれど、でも1年のうちに知った、たとえば「数学を国語的に解く」快感なんかも忘れられず、結局バランスがとれていったのかな。

ところで。

これも BUBI さんの記事に書いてあったんだけど、読書と教養の話。私は読書によって得られる教養というのは確かにあるし、そしてそこで得た教養というのは、いろんな文化を理解するのに役立つことが多くあると思ってる。

例えば私、囲碁という文化をそれなりに理解するようになってきたけれど、私に読書という習慣がなければ、おそらく囲碁に出会うことはなかったはず。あるいは知り合いに照明デザイナなんて職種の人がいるけれど、その人とは『陰影礼賛』なんていう共通の知識があってこそ会話できるところもあったりする。

さらに教養ないし文化に触れるのに「読書」という手法は一番手軽であったりするしね。本を読むだけで一流の文化人の発言に触れられたりするのはものすごいことだと思う。

本を「高い」という人がたまにいます。「げ。2万円もするのか、この本!」なんて。でもたとえば私が2万円貰っても、その本の内容に見合う文章を書けたりはしないんですよね。「あらゆる本は安すぎるくらいに安い」。

まあしかし。金を払ったことを深く後悔する本がないわけではないことは認めます。そういう本に出会わないようにすることも、日頃の文化理解への努力でしょう(^^;。

投稿者 前田博明 : 10:00 | コメント (1) | トラックバック

2004年10月25日

きょうの名言と岩波書店

私は中学生の頃、「文科系でわからないことがあれば『岩波新書』、理科系でわからないことがあれば『ブルーバックス』を読め」と言われて育ちました(^^)。そしてもちろん文学作品は「岩波文庫」。岩波文庫はまだハトロン紙に包まれていた頃だったなぁ…

おかげで 1980 年くらいまでの岩波新書はほぼ読破し(爆)、ブルーバックスも何十冊もため込んでいました。岩波文庫は言うに及ばずですね。

やがて文科系の道に進んだ私は、いつしかブルーバックスとは縁遠くなり、そして岩波新書はなんだか内容が低下したように感じられるようになって読まなくなりました。岩波文庫も、岩波文庫版とは限らないんだけどほとんどうちに揃っているような状況になったし…。

でも未だに書店に行くと岩波系の棚を飽かず眺めていたりします(^^;。まあ Amazon なんかのおかげで、本屋に行くことがめっきり減ってしまったんだけど…

と、そんな遠い昔の岩波少年が発見したのが「岩波書店『きょうの名言』」。そう、昔から「名言集」とかそういうのにも弱かったんですよね、私。

ちょっとプログラムを組んでサイドバーに表示し、そして「名言」ないし「作者/作品名」で Google 検索をすることにしました。

これ、結構面白いんですよ。たとえば今日(10月25日)の名言集の元ネタである『惜みなく愛は奪う』。これ、岩波では絶版らしいんですね(私はこれ、昔模試に出たので買った記憶があります。でもこういう本を絶版にするのはダメだと思うな…)。でも「作家 Google」をクリックして貰うと、「青空文庫」から出ていることがわかる。

また、「名言 Google」リンクの方をクリックすると、これまたいろいろと面白そうなページがヒットする。

前に私はライターもやってるんだと書きました。ライターってのはこんなことをして、自分のネタ帳を太らせているんですね(笑)。

なんかね。言い古された言葉だけど、便利な世の中になったもんですね(^^)。

投稿者 前田博明 : 04:00 | トラックバック

2004年10月21日

伊能忠敬と吉里吉里国

ね。このブログはマッチポンプだって言ったでしょ(苦笑)。

infoseek の「今日は何の日」の記事を掲載するようにすると早速「1800年 伊能忠敬、全国地図の作成開始」。

伊能忠敬と言えば『四千万歩の男』ですよねぇ。

井上ひさしは、なんか趣味に合わない本も多いんだけど、この『四千万歩の男』は結構面白かった。Amazon の紹介文によると、

忠敬は下総佐原村の婿養子先、伊能家の財をふやし50歳で隠居。念願の天文学を学び、1800年56歳から16年、糞もよけない"二歩で一間"の歩みで日本を歩き尽し、実測の日本地図を完成させた。この間の歩数、4千万歩…。定年後なお充実した人生を生きた忠敬の愚直な一歩一歩を描く歴史大作。

という本。この本を読んでから古地図なんかにもちょっと興味を持って、いろいろ買ったりしたものでした。なんかあまり入り込むと金がいくらあっても足りなさそうなんで、あまり深入りしませんでしたけどね(^^;。

誰だっけ、ハッピー・マンデーで「地理が苦手」とか言ってた人がいたよね。この本を読めば楽しみながら地理に詳しくなれるかも(笑)。

で、井上ひさしに興味を持って、もしまだ読んでないようなら、『吉里吉里人』もオススメ。ちょっとお下品な感じもあるけど(ああ、そういえばこの前話題に挙げた『悪徳なんかこわくない』(ハインライン)に似てるところもあるか(笑))、結構楽しめますよ。って〜か、一世を風靡した小説でした。

こうして久しぶりに『吉里吉里人』を読みたくなって、そして読んでるうちにまた「気になったこと」を発見して日記を書いていくんでしょうなぁ(爆)。

投稿者 前田博明 : 16:50 | コメント (1) | トラックバック

2004年10月18日

矢野徹氏死去と SF と私

へぼたろさんのサイトに書いてあったけど、矢野徹氏が亡くなった。13日のことなので、ちょっと旧聞に属することだけど。

私、氏の作家としての一面は全く知らないんだけど、翻訳者としてはたいへんお世話になりました(Amazon.co.jp の「矢野徹」検索結果一覧へ)。

「好きな本」というわけじゃないんだけど、一番印象に残っているのは『悪徳なんかこわくない』かな(笑)。読み終えて「あの巨匠(ハインライン)が、こんな馬鹿馬鹿しい話を書いて良いもんか」と思った(笑)。いや、読むに耐えないとかいうんじゃなくて、なんていうのかな、ドタバタものなんだよね。それも筒井康隆的アンチ・ロマンなドタバタじゃなくて、う〜ん、誤解を恐れずに言えば「お下劣な」ドタバタ(苦笑)。あれはちょっとショックだったなぁ…。


ついでのように思い出したんだけど。私が SF を読み始めたのはつい最近。「つい最近っていつだよ」と自分に問えば約 15 年ほど前。いや、年をとると「最近」のスパンが長くなるよね(笑)。

もちろん子供向けの SF なんかはたくさん読んでたけど、「大人の読む」(笑)SF は全く読んだことがなかったんだよな。最初に手に取ったのは P.K.ディック。最初に読んだのは『アンドロイドは電気羊の夢を見るか? 』だったかなぁ。ハマリ症の私は一気にはまって、今は亡きサンリオ文庫の SF ジャンルもほぼ買い揃えるくらいにはまっていった。

ちょうど時代は「サイバー・パンク」に流れる頃で、サイバー・パンクもいろいろ読んだ。でもサイバー・パンクは翻訳がひどいのが多かったよね…。幸いに英語ができるもんで(^^;、原書で何冊か読んだけれど、どうもカルト系に安易に繋げるものが多くて好きになれなかった。

そうそう、ついでのように書いておくけど私は小説も映画も安易なカルト系が大嫌い。なんだっけ、10分間しか記憶を保持できない男の話とか(すごく話題になったよね - 後日追記『メメント』でした。タイトルもモチーフもいいのに…。映画は駄作だったと思います)、あと 「イグジステンズ」とか。

ああ、最近の大ヒットで言えば「マトリックス」の第二話、第三話なんかが「安易なカルト」の代表例か。ストーリーが構築できないモンで「エージェントスミスがたくさん存在する」なんて感じで「謎ばかり」にしてお茶を濁す。観る方もなんかその気になって「背景にある聖書世界が理解できていないとマトリックスは理解できません」とか。

「謎」がウリの映画はたいてい駄作。暇な人たちが「あそこには○○という隠れた意味があった」とか嬉しげに語るだけのもんになっちゃってるよね。なんかハリー・ポッターなんかもそっち系にいっちゃいそうな気配があるし。

あ〜、悪口が噴出しそうだ。

謹んで矢野徹氏のご冥福をお祈りいたします。

投稿者 前田博明 : 00:00 | トラックバック

2004年10月16日

電子ブックリーダーによる読書 〜 『弟子』

ちょっとでかける予定があったんですが、なんか急な予定で何の用意もせず。持って出たのはパソコンだけという状態。

今はそんな状態でもいくらでも暇をつぶせますね。私は青空文庫から中島 敦の弟子をダウンロードして読んでみました。


いつもは smoopy というフリーウェアで読んでるんだけど、今回はアジュールという商品の試用版を使ってみた。

青空文庫って通常のテキストや HTML (XHTML) で公開されてるのに、何か特別なソフトウェアが必要なの? というのはまっとうな質問で、基本的にはなんのソフトウェアもいらない。エディタかブラウザがあれば読める。

でもエディタだと普通は横書きになるし、ルビの表示なんかもできませんよね。縦書き表示にして、文字脇にルビを付け、行間の調整なんかもできて、栞を挟むのはもちろん、辞書ソフトウェアとの連動なんかをしているのが専用ソフトウェアの魅力。

azur で青空文庫を読む
【 azur で青空文庫の神曲を読んでいるところ 】

この azur の場合は読んでいる本で気になった語を選択して Google を検索することもできます。「読書」の面白さが数倍になるような感じ(また「賢者の贈り物的(笑)」に気になったことを増やすことになるわけだけどさ)。。

そうそう、azur でさらに便利だなと思うのは、読む本を URL で指定できるということ。たとえば『弟子』の青空文庫での URL は「http://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/1738_16623.html」なんだけど、azur の URL 入力欄にこれを入れてやれば、ぱっと画面に『弟子』が開く。つまりはダウンロードしたりの手間が全くないんだよね。「ネットワークで読書」ってのはこういうことかななんて、新たな感動があった。

余談だけど「神曲」を選んだのはうちのサイドバーに新着書で出てたから。私は「神曲」は寿岳文章訳をお勧めしてます(^^)。


で、『弟子』の話。基本的には孔子と子路の話。私は単純に、いつも「師匠」とか「弟子」なんて単語を使ってるから興味を持って読んでみただけなんですけどね(初読です)。

その中に。


陳の霊公が臣下の妻と通じその女の肌着を身に着けて朝(ちょう)に立ち、それを見せびらかした時、泄冶(せつや)という臣が諫(いさ)めて、殺された。百年ばかり以前のこの事件について一人の弟子が孔子に尋(たず)ねたことがある。泄冶の正諫(せいかん)して殺されたのは古の名臣比干(ひかん)の諫死と変る所が無い。仁と称して良いであろうかと。孔子が答えた。いや、比干と紂王(ちゅうおう)との場合は血縁でもあり、また官から云っても少師であり、従って己の身を捨てて争諫し、殺された後に紂王の悔寤(かいご)するのを期待した訳だ。これは仁と謂うべきであろう。泄冶の霊公におけるは骨肉の親あるにも非ず、位も一大夫に過ぎぬ。君正しからず一国正しからずと知らば、潔く身を退くべきに、身の程をも計らず、区々たる一身をもって一国の淫婚(いんこん)を正そうとした。自ら無駄に生命を捐(す)てたものだ。仁どころの騒(さわ)ぎではないと。

という箇所があるんですね。

子路が「そりゃ〜、ひどいじゃないか、おめーよー」と詰め寄るんですが、さらに孔子は答えて言う。


汝には、そういう小義の中にある見事さばかりが眼に付いて、それ以上は判(わか)らぬと見える。

せっかく引用したので、本文から解釈してもらいたいところなんですが、これ、私がよく弟子に言うことなんだよね。いや、碁の弟子に関わらずだけど。

「いや〜、これから弟子にこういうことを言わなくてはならない局面に出会えば「孔子と子路の会話にもあるように」と偉そうに言えるな、なんて(爆)。


ちなみにこの azur。栞に特定の文章を登録しておくと、他の本を開いているときでもさっと該当の本にジャンプして、栞を挟んだところを読むことができます。

う〜ん、買っちゃうかもな。。。> azur。

投稿者 前田博明 : 17:15 | トラックバック

2004年10月13日

青空文庫の RSS 配信

自分が馬鹿だなぁと思うとき。

たとえば Google なんかで検索するとき、キーワードの順番を変えたり、1単語追加したり削除したりで検索結果がぜんぜん変わってきたりする。ずっと探してる情報が見つからなくて、ふと検索指定単語をひとつ削除して望む結果が見つかったりすると「あぁ、俺って馬鹿だなぁ」なんて思う。

でも今回のショックはそれ以上。「青空ぶろぐ」という記事を書いたときに、「青空文庫がブログ対応になれば、RSS フィードを受けられる」と書いた。

でももうあるじゃん(笑)。「青空文庫 RSS」で検索をかければすぐに出てくる。ショックだったなぁ(苦笑)。この RSS はなかなか面白くて、作品の冒頭200字を見ることもできる。RSS リーダなんかで読んでいる人には便利だろうねえ。

うちのサイトでも早速、サイドメニューに「青空文庫 新着情報」を掲載するようにしました。関係諸氏のご尽力に感謝致します m(..)m。

投稿者 前田博明 : 12:35 | トラックバック

2004年10月11日

青空ぶろぐ

Blog 対応青空文庫というのがある。

「というのがある」って、まだ計画中だし、今日知ったんだけどね(笑)。そこで「できるかどうかわからんけど、どういう機能があれば便利だと思う?」という問いかけがなされてる。

Blog 対応青空文庫! まず機能云々よりも「便利そう!」というのが第一感(えと、これって囲碁用語かな(^^?)だよね。とにもかくにも RSS フィードを受けられるようになるのが絶対便利だよね。新着やダウンロード数なんかだけでもとても興味深い。

そしてブログらしくトラックバックを受け付けるのなら(図書カードにトラックバックができるようにという希望が結構あるらしい)、開かれたウェブで数々の書評をトラックすることができるようになる。

「インターネット」を as is で受け止めている世代には、もはや理解できないことかもしれないけれど、インターネットで展開するとある書店が、その本に対する書評や感想をウェブ上に掲載できるようにした(今は Amazon でもできるし、その機能が Amazon 出自だと思ってる人もいるんだろうな)。それだけでネットワーカの間でその書店の人気はうなぎ登りだったんだよね。残念ながら売り上げが上がったのかどうかのデータは持ってないけど。

今、書籍という資産をオープンなものとして扱おうとする青空文庫が、書評もブログによるトラックバックというオープンな環境で組み込んでしまおうとする。それはかなり刺激的なこと。

「何か新たなアイデアは?」というよりも、青空文庫のブログ対応というだけでエポックメイキング(ちょっと大げさか(笑))なことだと思う。

ちょっと興奮してしまうニュースだった(^^)。

青空文庫

投稿者 前田博明 : 15:30 | トラックバック

2004年10月10日

面白い書評誌はありますか?

たまに紀伊國屋書店から「i feel 読書風景」という小冊子が送られてくる。

どのくらいの頻度で送られてくるのかも知らずにいたんだけど、この記事を書くために調べてみた。年4回発行(2月、5月、8月、11月)。

この冊子。表紙の紙質がなんだか良くて、いつも送られてくるとしばらく手で触ってみる(笑)。そしてページをぱらぱらとめくり、たいていそのままゴミ箱行きとなる。現在で言えばきっと活字中毒の末席くらいには連なると思う私だけど、掲載されている書評にも短編にもあまり興味を持てない。

ただ前回(2004年8月号)は、通勤に使うバッグに入れて、特集記事を一応全部読んでみた。特集は「いまもういちどやさしく学ぶ構造主義」。

今の流行がよくわからないんだけど、私の学生時代、まさに「構造主義旋風」の真っ盛り。あらゆる学問、文芸、デザインにまで「構造主義」の流れがあった。

「いまもういちど」を見て、「構造主義」後の流れがどのようなものなのか触れてあるかと読んでみたくなった。「やさしく学ぶ」を見て、あるいは「構造主義」は現在でも主役たり得ているのか、そうであるのなら現代にどう受け止められているのかを知ることができるかと考えた。

まあその望みは果たせず(苦笑)、結局は私の学生時代にも流行した「ちょっと構造主義を語ってみちゃいました」風の文章の羅列になっていたんだけど。

今回の特集は「だから経済学はおもしろい。」。経済学もまあ学んだ分野ではあるので一通り特集を眺めてみようとした。だけど今回は経済学を語っているのは巻頭の二人だけ(中谷巌・岩井克人の対談)。あとは雑談の羅列でちょっと読むに耐えなかった。

いや、なんだかね。届くとつい撫でてしまうくらいに「掴みはオッケー」な小冊子。紀伊国屋という絶大なブランド力も持っているのに、中身がすごくつまらないのはなぜなんだろうなぁと気になった。この冊子に携わる人に仕事を分配するだけの仕組みになってるような感じ。

ふと気付いてみると、最近書評誌なんかを全く読まなくなってるな。何か面白い雑誌は、今の時期にも生き残っているんでしょうか。

投稿者 前田博明 : 19:00 | トラックバック

2004年10月06日

おやぢな懐かしいまんがとは…

昨日、面白かったコミックは? なんて話になった。私、週刊誌はいっさい読まない(除:ラーメン屋の待ち時間)のですが、単行本は結構読むんですよね…

昔に読んで「これ、面白かったよ」と言える漫画といえば(順不同)

う〜、もっとたくさんあったはずなんだけどな。

上に挙げたのと同じランキングというわけじゃないんだけど、最近囲碁教室に来るようになった女性に「ナッキー」と命名した理由はこれ。

えと取り敢えずこれだけマンガ喫茶でおさえてきて下さい(笑)>ナッキー。

投稿者 前田博明 : 08:40 | コメント (3) | トラックバック

2004年10月04日

『山椒魚』の感想文を書け!

私は昔、とある有名塾で講師をしていたことがあります(国語と英語)。

当時。「じゃあ夏休みの宿題な」と、小学生の頃読んで感動した『山椒魚』をこの機会に読ませようと思った。

夏期講習期間を終えて出てきた生徒に「よし、みんな宿題を出せ」と感想文を提出させ、家に持ち帰って読んでみると…

いきなり出だしに「安寿恋しや、ほーやれほー」なんて書いてある(爆)。「なんだこいつ。馬鹿か?」とか思って、次の感想文を読むとそこにも書いてある。

そう。オチにもならないけど、私が『山椒魚』と『山椒大夫』を間違えて宿題に出しちゃったんですね(涙)。そりゃタイトルは似てるけどさ。

なんでこんなことを思い出したかと言えば、やっぱり「ジェネレーションギャップ」系の話。今の教科書に『山椒魚』って載ってるのかなという話からの流れでした。

ふ。『山椒大夫』も名作かもしれないが、私はやっぱり『山椒魚』が好きだな(^^;。

投稿者 前田博明 : 17:45 | トラックバック

2004年10月02日

最後の授業

私、「囲碁雑考」のサイトの方で、クールの最終日の記事になるとしばしば「今日は最後の授業。令文先生は明日から日本語を話さない…」なんてことを書いていた。

これはもちろんドーデの『最後の授業』を踏まえた言い回し(洒落)なわけだけど、それが通じているのかどうか、急に不安になってググってみた。

『最後の授業』は、簡単に言えばその内容が事実に即しておらず作者の政治的意図によるものだったらしく、昨今の教科書とは完全に消え去っているとのこと(詳しくは「関連する(かもしれない)ウェブページ」を参照してください)。

が〜ん。ってことは私の洒落(オヤヂギャグ?)は全く伝わっていなかった可能性が高いんだな。ハッピー・マンデーに通っていてウェブを見てくれるような人たちは、教科書で『最後の授業』なんて読んでないだろう。

でもね。この『最後の授業』の意図がどうであれ、文学作品としては非常に興味深いものだと思いますよ。私は幼いながらに「俺は言葉を大事にしよう」なんて思い、そのことを今に至るまで機会あるごとに思い出させてくれる作品です。

いやぁ、それにしても。私くらいの年齢になるとジェネレーションギャップが随所に見えるようになってくるもんなんですね(^^;。

投稿者 前田博明 : 23:00 | トラックバック