2004年12月03日

読みにくいよね>『蟹工船』 小林多喜二

ようやく、小林多喜二の代表作である『蟹工船』を青空文庫で読み終えた。あまりに有名な作品で、これまで何度も読もうと思っていたのに冒頭の文章がどうにもわかりにくく、これまで何度も挫折(^^;。

それにしてもこの人の文章はわかりにくいよね。

「俺(おい)らもう一文も無え。――糞(くそ)。こら」
そう云って、身体をずらして寄こした。そしてもう一人の漁夫の手を握って、自分の腰のところへ持って行った。袢天(はんてん)の下のコールテンのズボンのポケットに押しあてた。何か小さい箱らしかった。
一人は黙って、その漁夫の顔をみた。
「ヒヒヒヒ……」と笑って、「花札(はな)よ」と云った。

別に半端なところを抜き出してるわけじゃなくて、ひとまとまりを抜き出してるんだけど、この文章、未だになんのことやらわかんない。

各所にこういうわかんない文章が出てきて「うぅむ、何度読もうと思っても挫折したのも無理ないよな」と思った。で、面白いのは船員たちが不満を口にしてストライキに至る過程なんだけど、突然語り口が流暢になるんだよね。それまでわかりにくい文章を読み続けた身からすれば「おい、そりゃねーだろ」なんて(苦笑)。

日本におけるプロレタリア文学の嚆矢とされる作品ですが、この作品によって「プロレタリア文学」というものが薄っぺらくなっちゃったこともあるかもしれないよね。否、共産主義の理論書はたくさん読んだけど、「プロレタリア文学」ってのはあまり読んでませんけれども…

あ、そうそう。「蟹工船」で Google 検索をかけると、「蟹工船Tシャツ」ってのが見つかります(爆)。前に記事を書いた囲碁Tシャツは欲しいけれど、さすがにこの「蟹工船Tシャツ」は欲しくないよなぁ(^^;。

と、いうわけで。私はやっぱり筒井康隆の『蟹甲癬』の方が好きです < って比べるものかよ(笑)。

投稿者 前田博明 : 16:36 | トラックバック

2004年12月02日

申し上げます! < 南部 修太郎

サイドバーを見て、『阿片の味』と『自分の変態心理的経験』という南部 修太郎の著作を読みました。南部修太郎というのはこれまで読んだことのない作家。もちろんタイトルに惹かれて(どちらかと言えばもちろん後者(爆))読んだわけです。

え〜と、同じような方がたぁくさんいると思われますので書いておきます。「変態心理」ってのは期待するような変態心理ではありません(^^;。

参考までに出だしを引いておくと、

妖怪と云ふものが昔の妖怪話の妖怪畫などに現はれて[#「現はれて」は底本では「現はて」]ゐるやうな異樣、奇怪、凄慘などの極端に誇張された存在でない事は、少くとも客觀的存在でない事は、今更ら云ふまでもない話であるが、これを精神上の一種の主觀的存在、云ひ換へれば、人間の幻覺或は錯覺としてみる時は確にあり得るもののやうに思はれる。

って感じ。広く精神的な特殊性を「変態的」と呼んでいるようですね。

う〜ん、久しぶりに「あらん」な気分だったんだけど<馬鹿。

投稿者 前田博明 : 19:43 | トラックバック

2004年11月28日

『科学者とあたま』 寺田寅彦

だ〜。私、馬鹿なんですよね。よく知ってる。やり始めると止まらない(笑)。今日も「寺田寅彦の誕生日〜」なんてはしゃいでいて、それがまだ続いてる(苦笑)。

で、次に読んだのは『科学者とあたま』という文章。読んでみて思い出したんだけど、この文章、中学のときの模試に出てきた文章だ。当時もどこかで原文にあたったはずなんだけど、忘れてた。

頭のいい人は、言わば富士のすそ野まで来て、そこから頂上をながめただけで、それで富士の全体をのみ込んで東京へ引き返すという心配がある。富士はやはり登ってみなければわからない。

という文章が印象的だったんだよね。文章全体では「科学者ってのはあたまが良くないとダメだけど、良すぎて『きっとこの研究はなんの役にも立たない』なんて見通しがたってしまうようじゃだめ」なんて感じの文章。

「いや、でもさ。その『ダメだ』という見通しが誤っているのなら、その科学者のあたまはさほど良くないんじゃないの?」なんて思いつつ読んだら文末にちゃんとオチがついてる。

この老科学者の世迷い言を読んで不快に感ずる人はきっとうらやむべきすぐれた頭のいい学者であろう。またこれを読んで会心の笑(え)みをもらす人は、またきっとうらやむべく頭の悪い立派な科学者であろう。これを読んで何事をも考えない人はおそらく科学の世界に縁のない科学教育者か科学商人の類であろうと思われる。

模試に出された文章は部分だけだったんだけど、「なんかあの文章気に入らないな」と思いつつ、オリジナルに当たってみたときは「げ。やられた」と思いましたね(^^;。以来「寺田寅彦ってなかなかやるぞ」(馬鹿(笑))なんて。

今読み返してみて。なんか「囲碁」にも通じる文章でしたよ。私は「理論派」を標榜してるけど、だからゆえに「あり得ないと思われる可能性のある手」に対する恐怖感がすごく強かった。ウワテに無理な打ち込みをして、それを悪夢として三ヶ月間見続けた。そういう態度は、本文章の中で寺田寅彦が「頭が良すぎる」と揶揄しているタイプなんでしょうね(^^;。いや、今はそういうところから抜け出せたつもりでいるけどね。

投稿者 前田博明 : 23:56 | トラックバック

『わが中学時代の勉強法』 寺田寅彦

寺田寅彦お誕生日記念ということで(?)、もう1つ、青空文庫の寺田寅彦を読んでみた。『わが中学時代の勉強法』。「中学」と行っても昔の学制下の話。入試や落第があったり飛び級があったりで、今の中学とは違う(私は昔の学制がぜんぜんわかりません…)。

この文章は、何か特別な随想とかを書いているんではなく、本当に「中学時代の勉強法」を書いたもの。寺田寅彦の「時代」を知るのに参考になるかな。

自分の思い出と重ねて面白かったのは「従って自分の用いた教科書は誠にきたない、鉛筆の抜き書き、図解の絵などでいっぱいによごれている」という部分。

私も中学時代(私は新制の中学。否、念のために書いておくんだけど(^^;)は(結構学校にはちゃんと行ってたので)、授業の内容なんかを教科書に書き込むことが多かった。必要な部分をノートに写しだして、ってのは効率的じゃないように感じてたからかな。あと、教科書がずんずん汚れていくのは、なんとなく「勉強してるぞっ」という気になって嬉しかったなんてこともある(^^;。

ただ。何度も書いてるように、私の通っていた中学校は、地元の塾からも問題視される(うちの中学校の生徒お断りの塾が多かった)学校。先生もとにかくレベルの低い人が多くて、それが「問題児が多い」という事実と相俟って、とにかく画一的な指導に終始してた。

そして、その中学校の中でははみ出しものだった私。教師たちは私の「教科書に書き込む」というスタイルがなんか気に入らなかったらしい。まあ「前田が気に入らない」ということから、私のやることが気に入らなかっただけなんでしょうけどね。

で、教師たちは「ノート提出」の義務を課して、教師が授業中に板書していたことがノートに書かれていないと通知票の評点から減点するなんてことをやり始めた。しょうがないので私は教科書に書き込んだ内容を、整理してノートに書き込むなんてことをしてた(今にして思えばなかなか従順じゃないか、俺(笑))。すると今度は教師たち。教科書の提出義務を課して「落書き」(教科書に書き込まれたものはすべて落書き)として、やはり減点するなんてことを始めた。

いやあ、それにしても立派な教師たちだったな>あの中学校。

生徒に間違いを指摘されて激昂し、以来生徒を目の敵にする英語教師。「金八」の真似事をして、自分の「金八」ぶりを評価しない生徒を排除しようとする数学教師。生徒を挑発して生徒が口答えするとビンタくらわして、生徒が殴り返すと警察を呼ぶと騒ぎまくる理科教師。生徒に課題をやらせながら教室のストーブの側で編み物をして、ストーブに近づきすぎて髪を焦がし、さらに「先生くせーよ」なんてことを言った生徒を教室から追い出した美術教師。「地元」じゃない高校を受験しようとすると「俺は内申書を書かない」と言い放った担任とか。

まあそんな教師たちがいてくれたおかげで、「こんな奴らに教わるなんてできっこない」と自主独立の精神が育まれたんだな(苦笑)。高校も似たような感じの高校だった。おかげで学校はギリギリでさぼりながらも、三年間駿台に通い続ける気力が湧いた(笑)。

たまに「中高が楽しかった」という人がいるとすごく羨ましい。私は「貴重な体験」はしたけれど、中高で「教育」は受けてないと思ってます。あの立派な教師たちは、まだご立派な教師を続けているのかな…

投稿者 前田博明 : 23:35 | トラックバック

『俳諧の本質的概論』 寺田寅彦

と、いうわけで、寺田寅彦の『俳諧の本質的概論』を読みました。いや〜、これ、むちゃくちゃ面白い。初出は 1932 年の「俳句講座」とのことだけど、今読んでも普通に読めますね。

私は俳句とは妙な縁があって、大学入試のときの英語の問題が俳句だった(苦笑)。なんか長文問題に、単語を羅列したモノが載っていて「これは米国人の書いた俳句です」と。わけわかんないハイクで、「えめぇ、日本語もできねえくせに余計なことすんじゃねえよっ!」なんて、入試中にも関わらず怒ってたなぁ(笑)。

その後私は、文学部の授業なんかに潜ったりしてたんですが、ある現代詩の先生の課題で「俳句と写真芸術の類似性について」なんてレポートを書いたことがありました。ぐだぐだと下らない心象を書き綴るのではなく、ばっさりとある瞬間を切り取って読者に提示する様子が「写真」に似ているでしょう?

この寺田寅彦の『俳諧の本質的概論』においても、俳句と他芸術とのアナロジーがいろいろ書かれてる。たとえば映画との類似性を「俳諧がカッティングの芸術であり、モンタージュの芸術である」なんて風に表現してる。

寺田寅彦は岩波文庫から『寺田寅彦随筆集』なんてのが出てて、岩波文庫をほとんど網羅してる(はずの(苦笑))私はいろいろと読んでるはずなんだけど、本文は記憶になかったな。

ホント、面白い文章でした。

投稿者 前田博明 : 21:43 | トラックバック

2004年11月24日

『トロッコ』 芥川龍之介

青空文庫にこの16日に登録された『トロッコ』を読みました。これ、模試にも出てきたことがあるし、かなりメジャーな作品ですよね。

今回読み終えて印象に残ったのは、暗くなってきた中を主人公の良平が急ぎ家に戻るシーン。このシーンに描かれている「暗くなる」ことの「恐怖」。良平は「「命さえ助かれば―」なんてことを思うほど恐怖に駆られてるわけだけど、この「恐怖」って今やほとんど通じないのかな。

たとえば私の小学生時代は大分県の杵築市という田舎でした。小学校に行くのも山の中の獣道みたいな道を通って行ってたものなあ(^^;。で、昔のことだし、田舎でもあることだし、暗くなると町が本当に暗い。

親に黙って自転車で遠出をして、そして帰りがうっかり「闇の中」なんてことになると、本当に怖くて怖くてしょうがなかった。「ああ、俺はなんて馬鹿なことをしてしまったんだ」と思う気持ちが、「彼は若い二人の土工に、取って附けたような御時宜(おじぎ)をすると、どんどん線路伝いに走り出した」なんて気持ちに重なるんだよな。

先日、ビートたけしの「座頭市」を見ているときにも思ったんだけど、私の時代ないし地域には「恐怖としての闇」みたいなのがあったんですよね。私の実家は奄美大島にあるわけですが、彼の地では比較的最近まで「実用の道具」として提灯が使われていたし(提灯がないと夜道は歩けない)。

残念ながら青空文庫には収録されてないみたいだけど、谷崎の『陰影礼賛』なんかにも思いを馳せてしまう作品でした。

ちょっと結びの1行が気に入らない作品なんですけどね。なんか中学生の模試あたりに出題されそうな文ですよね(^^;。

投稿者 前田博明 : 01:50 | トラックバック

2004年11月13日

『ベースボール』 正岡子規

野球を熱心に語った文化人と言えば正岡子規。中学生くらいの頃、正岡子規の「ベースボール」をちらと眺めた記憶があります。その「ベースボール」が青空文庫に登録されたので、早速読んでみました(^^)。


ベースボールに至りてはこれを行う者極めて少くこれを知る人の区域も甚(はなは)だ狭(せま)かりしが近時第一高等学校と在横浜米人との間に仕合(マッチ)ありしより以来ベースボールという語ははしなく世人の耳に入りたり。

で始まる文章。正岡子規が初めて訳して、それがそのまま使われてる用語も多いって話ですよね。今改めて読み返すと、結構この文書だけで野球が理解できる(^^;。試合の勝敗の説明(勝敗の決め方も説明しないとわからないものだったんですね…)はなかなか秀逸。長くなるけど引用すると…

ベースボールの勝負 攻者(防禦者の敵)は一人ずつ本基(ホームベース)(い)より発して各基(ベース)(ろ、は、に)を通過し再び本基に帰るを務めとす、かくして帰りたる者を廻了(ホームイン)という。ベースボールの勝敗は九勝負終りたる後ち、各組廻了の数の総計を比較し多き方を勝とするなり。例えば「八に対する二十三の勝」というは乙組の廻了の数八甲組廻了の数二十三にして甲組の勝なりという意なり。されば競技者の任務を言えば攻者(こうしゃ)の地に立つ時はなるべく廻了の数を多からしめんとし、防者(ぼうしゃ)の地に立つ時はなるべく敵の廻了の数を少からしめんとするにあり。廻了というは正方形を一周することなれどもその間には第一基(ベース)第二基第三基等の関門あり各関門には番人(第一基は第一基人これを守る第二第三皆(みな)しかり)あるをもって容易に通過すること能(あた)わざる也(なり)。走者(ラナー)(通過しつつある者)ある事情のもとに通過の権利を失うを除外(アウト)という。(普通に殺されるという)審判官(アムパイア)除外と呼べば走者(または打者(ストライカー))は直(ただ)ちに線外に出(い)でて後方の控所(ひかえじょ)に入らざるべからず。除外三人に及べばその半勝負は終るなり。故に攻者は除外三人に及ばざる内に多く廻了(ホームイン)せんとし防者は廻了者を生ぜざる内に三人の除外者を生ぜしめんとす。除外三人に及べば防者代りて攻者となり攻者代りて防者となる。かくのごとくして再び除外三人を生ずればすなわち第一小勝負(インニング)終る。かれ攻(せ)めこれ防ぎおのおの防ぐ事九度、攻むる事九度に及びて全勝負(ゲーム)終る。

ね。なんか「おお、そうか」なんて思ってしまいそうになるでしょ(笑)。まあ現代に生きる私たちは「そうか」なんて思わなくても知ってるんだけどさ(^^;。

前に @nifty がまだ「NiftyServe」という名前だった頃、スポーツ系の「フォーラム」ってのをやってたことがあった。そこでしばしば話題になったんだけど、野球って、私たちの実感よりもはるかにルールの複雑な競技なんだよね。たいていの人は(私の好きな)ラグビーのルールが難しいって言うけれど、ラグビーは見慣れない人が見ると「何やってるかわかんない」っていうのが難しく感じる理由だったりする。

でも「ルールを知らない人に競技ルールを説明する」のなら、野球よりむしろラグビーの方が簡単だと思うんだよな。もちろん、日本ではラグビーなんてマイナースポーツだから、多くの人は野球により親しみを感じるのが普通だろうけどね(苦笑)。

まあそんなことはともかく。

こういう「歴史的」な文書を簡単に読めるなんて、毎度思うけど良い時代ですよね。できることなら学生時代に「インターネット」なんてもんが欲しかったですよ、ほんと(^^;。論文なんか書いたりするときには、自分の文章を書くよりも引用文を正確に引用することに気を遣ったりしたものねえ(印刷に回すときにはコピー文書を切り貼りしたりとか)。今の時代は Ctl-C、Ctl-V で済んじゃうんだものね(^^)。

ま、その分、「論文」のはずがいつの間にかコラージュ作品になってしまう危険性が高いとも言えるけどね(^^)。

投稿者 前田博明 : 01:22 | コメント (1) | トラックバック

2004年10月28日

『ヴィール夫人の亡霊』 ダニエル・デフォー

ヴィール夫人の亡霊』(ダニエル・デフォー)

デフォーと言えばロビンソン・クルーソーですか。私もロビンソン・クルーソーしか読んだことないかもしれない。

で、本書。先に取り上げた『クラリモンド』同様、「世界怪談名作集」のひとつとして公開。と、いうか元本が河出文庫の「世界怪談名作集」。

この作品。「怪談」と言ってもとくに怪奇じみた話は何もないんですよね。ある出来事が起こって、それが世にも不思議な物語であったよ。つまるところは怪談と言って差し支えないものだったね、という感じ。

確か河出文庫ではなかったと思うんだけど、前にどこかから出ていた「怪談集」のような本を読んだ。その本にもこの『ヴィール夫人の亡霊』と同じような構成の話ばかりで「怪談ってこういうジャンルを言うんだっけ?」と疑問に思ったりしたものだった。

なんとなく。当時の「文士生活」(ダニエル・デフォーは 1660-1731 の人)に想像を巡らせてしまって、そういうところが面白い話だったかもしれない。

尚、英語版のテキストも入手可能です。

投稿者 前田博明 : 23:13 | トラックバック

『クラリモンド』 テオフル・ゴーチェ

青空文庫で読んだ本、せっかくだからまとめて置こうと思い立った。

今日読了した青空文庫の本。

クラリモンド』(ゴーチェ テオフル)。

恥ずかしながらこの作家は知らなかった。なぜか最近立て続けにリリースされる「世界怪談名作集」。先日は久しぶりに『信号手』を読んで懐かしい思いにひたっていた。

今回の『クラリモンド』。まさに怪奇物語の王道をいく作品。なんと言っても僧侶(キリスト教)の独白系。そして「クラリモンド」は、行い芳しからぬ女性の名前。こういう組み合わせの怪奇譚、他にもあったよね。と、言うか定型?

物語は期待に違わず進行。エンディングはあまりに素朴だけれども、まあこれも「王道」の一環。わりと面白い本でしたよ。

うん、『信号手』も面白いですよ。これはあまりにメジャーなので多くの人が既読だろうけれども。そういえば、これまたあまりに有名な『スペードの女王』も青空文庫にリストされていますね。

投稿者 前田博明 : 19:25 | トラックバック