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2003年7月7日 ◆ 「高梨先生 登場!」 −講義−
新たなクールが始まった(水曜日から始まったんだけど、水曜日開始だということを知らずにお休みした人が多かった)。棋歴1年で迎えた本クール。終了後には「強い初段」になっていることが私の目標。それから、再び「碁を打つ楽しみ」を感じられるようになりたい。
誤解の無いように言っておけば、「碁自体」についてはずっと「面白い」と思い続けている。一番楽しく感じるのが、シタテに指導をするとき。そしてプロの対局シーンや棋譜を観るとき。もちろん本を読むのも好き。ただこのところ、自分が碁を打つことには楽しみを感じることができないでいる。このクールが終わる頃にはまた、自分自身で碁を打つことにも楽しみを感じることができるようになりたい…
と、いうわけで。
本クールから、ハッピー・マンデー教室の講師は二人体制となる。一人はもちろんこれまでに引き続き孔令文四段。そして今日デビューしたのが高梨聖健八段だ。
高梨先生とは一度、ピーチ先生の追悼会のときにお会いした。今日お会いしたときには、どことなくそのときの印象とは異なり、やや緊張気味の様子。まあ緊張するのも当然。棋力が30級から初段くらいまでに散らばる、生徒数約50名の変な(?)教室で始めて「先生」をやることもある。さらには師匠筋の小林覚九段もこの日は弟子たちを引き連れて「高梨先生見学」(笑)。講義中、緊張のために手が震えて(?)、マグネットの碁石を落とし続ける様子を孔令文先生がにこやかに見守っていた(笑)。
講義は「次の一手」。わかりやすい解説に高梨先生の優秀さを感じました(^^)。緊張も解けた次の講義からどんどんグレードアップするのをとっても楽しみにしてますよ>高梨先生。
講義後。いつもは講義が終わると、棋院職員の方が組み合わせを決めて対局となる。が、私は自分の碁に対する不信感から、お願いして手空き(対局を組まないこと)にしてもらっていた。
手空きの私はいろんな人の対局を覗いていたんだけど…
それを気遣って下さった高梨先生。「前田さん、打ちましょうか」と。
私の中で交錯した気持ち。「ここで先生に打って貰ったら、まるで狙って手空きにしてもらったみたいじゃないか」。「ウワテと置き碁をやると私は少なくとも5級くらいレベルが下がるような気がする」。「あまりの弱さに高梨先生はがっかりしてしまうんじゃないか」。「棋理不明で意味不明な手を打ち続けて怒らせたらどうしよう」。
今現在の自分の碁に対する不信感。実はこれもウワテの方々と置き碁を打って、そのたびにあまりにひどい碁を打ち続けたことによるもの。自分の心の一部では「置き碁の戦い方がよくわかってないしね」という言い訳をしつつ、でも「わかってないのは弱いからだ」というあまりに明らかな真理が自分を責める。
こういう気持ちに加え、ウワテと打つときにはあまりに手が縮こまるのも私の欠点。「あり得ない手を打ってしまうと失礼にあたるんじゃないか」とか、「無理なシノギをかけて、『碁とはそういうもんじゃない』と叱られるんじゃないか」とか、「私がこれまで蓄えた知識なんて全て意味のないものだと知らされてしまうんじゃないか」なんていう恐怖感いっぱいで碁を打つ。
もう半年ほども前に、とあるアマチュア五段くらいの方に相手をして頂いて、そのときに無理気味の打ち込みを打った。その時の打ち込みがずっと気になっていて、今でも週に1度くらいはそのときの夢を見る。そして打ち込んだ瞬間にどっと汗を噴き出させて目が覚めるのだ。もう一人の自分が自分を叱りとばしている。「馬鹿野郎!
そんな失礼な手を打つな!」と。
そんな私なので、「打ちましょうか」のお誘いはお断りしようと考えた。が、そこでとあるプロ棋士に先日叱られたことを思い出した。「あなたは師匠を名乗りながら弱すぎる」。そうだった。私を「師匠」と呼んでくれる子たちが
10 人ほどはいる。そういう子たちを強くするのが私の目標。で、あるならば私はもっと強くなければいけない。
「お願いします」ということで、高梨先生と九子対局を開始。
私は頭の中で呟き続けた。「私は失礼な奴だ」「だから相手に無理手を笑われてもぜんぜん平気」「私の蓄えている棋理はそれなりに正しいはずだ。だから相手の手に応じるときにも『自分の知識』を信じて応じること」「ときには『俺は高梨先生より手が見えている』なんて自分を騙すことも必要」「ウワテ相手にキカシを打っちゃイケナイなんて法はない」「わらわばわらえ、これが今の俺の実力だ」…。
高梨先生が手を散らせて、ふんわりと石を攻めてくる。敢えて「ふっ」と笑ってみる。「じゃあこっちの石を取り込むからね。そこで生きればいいじゃない。俺はフリカワルよ!」。
結局、ウワテから見れば「お笑い」の碁だったかもしれないが、これまでの置き碁対局の中で最も納得の行く碁を打つことができたような気がする。最後、勝勢な自分に悪い癖が出て隅を潰してしまったけれど、潰れかけたあたりでの攻防は、少なくとも本人的には納得できるものだった。
ありがとうございました>高梨先生。
高梨先生との対局後。私は付き合いの長いコバピ(仮名)と、掲示板常連のミタニとの二面打ち。「二面だから」という理由でコバピとは二子、ミタニとは三子。
ミタニとはいつも七子で私が必ず勝つので、二面とはいえ三子はヤリスギだったかもしれない。でも私と打つ前に、他の人と打っているミタニの盤面を見ると、あまりに自分の弱点を放置して相手を攻めたがる癖が出ていた。なので三子くらいにして「弱点を守る意識」を持って貰いたいと思ってのこと。
コバピは私がまだまだシタテの頃からよく一緒に打った。始めて九子を打ったのも彼女と。当時の私は石を置かれると、初手から「騙し手」を打っていた。そんな私に彼女は徹底的に苦手意識を持っていたけれど、前回のクールでコバピはかなり成長した様子。もうちょっとで私と二子くらいでなら打てるようになるはずなんだけど…
結局コバピとは二局打って二局とも投了で勝ち。少なくとも一局はコバピが勝てる碁だった。中央に完全な勢力圏を築き、私が入っていく隙はなかった。否、ないはずだった。しかし一箇所でコバピが緩み、それが敗着となった。
う〜ん、口では「中央を守ってやる!」と言ってたのにな>コバピ。あのまま中央を守りきれば私の完敗だった。あの場面でなぜ中央を守る手以外が大きく見えてしまうのかを考えればまた強くなるんじゃないかな>コバピ。
ミタニとは打ち切って結局百数十目差で私の勝ち。ミタニは数カ所で石を取られ、結局十目程度の地しか残らなかった。
成長はしている>ミタニ。しかし、「石を取ってしまうのはイレギュラーなことだ」と常々言っていて、石を取りきる攻めがあまり好きではない私に、あれだけ石を取られるのはちょっと変だということに気付いて欲しいな。現在の君は守るべきところを放置しすぎる。
私も「勢い」で、守りを手抜いて攻撃に回ることがある。でもそういう碁はウワテと打つと全く通用しないもの。シタテに指導碁をしてあげてるんじゃないんだから、もうちょっと石の欠陥に敏感になる努力をしてみよう。
そんな打ち方をしていると「ヌルくなる」なんて思ってしまうかもしれないけれど、全くそんなことはない。「守り」がちゃんとできるようになれば、私との置き石なんてあっという間に減っていくはずだよ>ミタニ。
尚、この二面打ちの最中に、棋院職員のIさんが見に来られた。Iさんは「棋院屈指」と言われる(らしい)打ち手。私なんかの碁を見れば笑ってしまうんだろうけれど、いつもとても親切にしてくれる。「いやいや、前田さん1年でそのレベルは天才ですよ」なんて。ふだん「師匠」を名乗って偉そうにする私に優しくしてくれる人はほとんどいない(笑)。だからこのIさんが大好きなんだけど(笑)、実際に私の二面打ちの碁を見て軽蔑されなかったかなあ(苦笑)。
そうそう、新入生の子も見に来ていて、私に「先生なんですか?」なんて言っていた(笑)。今日の私の格好はTシャツ・短パン。そんな格好の先生もいないと思うけどね(笑)。相変わらず「偉そう」なのはにじみ出てしまっているらしい(爆)。
と、そんなわけで。ハッピー・マンデー教室の新クールが始まりました。またどんどんと新しい方が入学されるのを楽しみにお待ちしております(^^)。
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