ハンス・ピーチと仲間たち

 

2003年8月27日 ◆ 「多子局での厚い碁」 −フリー対局−

今日は7月入学の男性と、ミタニとの六子局二面打ち。

打ってて「馬鹿だな、俺」と思った。と、言うのも最近マイブームの「厚い碁」。馬鹿のひとつ覚えで六子局でも「厚く」打っていた…

厚い碁。まだ私の理解も浅いところがあるんだけど、簡単に言えば「相手に攻めさせたりしない碁」かな。自分の石に欠陥を残さず、相手が無理に頑張って地をとってきたところを後で攻めることを楽しみに打つ。そう、「厚い碁」の反語は「頑張る碁」かな。

互先であれば。盤上に石計0のところから交互に打ち始めるわけで、「頑張り」と「厚み」は互角の価値を持つはず。「頑張り」に対する「厚み」の価値は、なかなか目には見えてこないけれど、終わってみれば「厚み」も十分に価値を持っていたことがわかる。

しかし。六子も置いて「厚い碁」を打とうとすれば、それは「厚い」ではなく「緩い」碁になってしまう。そんなことはわかってるはずなんだよな、本当は。

相手に石を置かせる碁での秘訣は「形を決めないこと」にある。いわゆる「定石型」で、自分の欠点を守って打っていれば、最初に石を置いている相手に必ず後れを取ることになる。自分の欠点を放置して大場に回り、そして多方面との絡みで、最後に形を決めに行く。

偉そうに「師匠」を名乗る私。置かせる碁は数多く打ってきた。そんな中で「形を決めないこと」の重要さは十分に理解しているはずだった…

今日の碁は六子局の碁なのに目指したのは「厚い碁」。ふと気付くと二面とも大いに劣勢になっていた。一方は最後に騙して(笑)隅を取り、もう一方はへなちょこなコウを仕掛けていずれもなんとか勝ちきりはした。う〜ん、ケースバイケースという言葉を知れよ>自分。


と、自らの反省から入ったけれど。

今日二面打ちをしたひとりは7月入学生。7月入学組の中では一番強そうな感じで、前々から機会があれば打ってみようと狙っていた(笑)。今日も教室に着くと彼が一人で座っていたのでおもむろに目の前に座り「打ちましょう」と強制するいつものパターン(笑)。

最初は彼の先番で実力チェック。ところどころで手筋的なミスを犯してしまったけれど、初段相手になかなかの善戦。かつ、検討しようと思って石を並べていると、彼の考えは基本的に私と同じ。「ここはあそこの石と連絡しようと思ったんです」とか、「ここは生きているので逆側から相手の石を攻めようと思ったんです」なんて。うむ、結構勉強しているぞ。

残念ながら、まだ経験の足りない彼。「つながろうと思って打った」石なのに、私のへんちくりんな(笑)手筋によって分断されてしまったりした。「思考」を「現実化」できないことに苛立ちを感じたかな。

そんな彼には、まだ若干はやいのかもしれないけれど、『ひと目の詰碁』(趙 治勲)を薦めてみた。基本的な考え方はわかっているんだから、テクニックが身に付けば目に見えて強くなるんじゃないの?


もう1面の方のミタニ。本当は互先でいろいろ教わりながらの碁が打ちたかったらしい。だが今日は二面打ち。いろいろと話をしてあげる余裕がない。よって六子の対局にしてもらった。

このミタニ。何度も日記に登場しているけれど、いつも私と逆コミ百目や九子局を打ってぼろぼろにされている可哀想な女の子(笑)。それでも向かってくるガッツが素晴らしいし、そして彼女も確かに成長しつつある。

たとえば二ヶ月ほど前に打ったときは。小ヨセで40〜50目の損をしてしまっていた。あるいは攻め合いになると一気に相手に30目も得をされてしまっていた。しかし最近では小ヨセの段階でのひどいミスはなくなったし、攻め合いでもきちんと読んで相手に欠陥があるのならばそこで戦おうと努力する様子が見える。

こんな風に成長が目に見える子と対局するのは愉しいんだよね〜。

このミタニ。私と打った後はかおるに指導碁を受けていた。かおるもシタテ相手の指導碁ということで、ちょっと見慣れない手を打っていたりしたけれど(笑)、ミタニの欠陥を露わにする碁を打っていた。

欠陥とは…。

相手が自信満々な攻めに出ると一気に引いてしまうところがある>ミタニ。確かにウワテと打てば、相手が引き起こした攻め合いに勝てることは滅多にない。でも5目の損で済むはずのところを15目も損をしてしまうことがあるんだよな>ミタニ。

そういえば、もう一面の方を打っていた男性も言っていた。「ウワテと攻め合いをやっていると、果たして自分の石を逃げた方が良いのか、それとも既に全部死んでいるのか、それとも手抜いても生きているのかわからない」。

確かに。ウワテは攻め合いには自信満々で望むし、無理な戦いであっても偉そうに着手するし、見損じで石を取られるようなことがあっても「ふ、それはキカシだしね」なんて平然としている(私だけじゃないはず(笑))。そういう人と碁を打っていると、相手の着手のペースや顔色から自分の有利不利を知ることができなくなってしまう。

確かに。そういうウワテを相手にしていると、よくわからなくなって引きまくることが多くなるのかもしれない>ミタニ。そう言えば私も碁会所いどえすと常連の人非人と打つときには引きまくってしまって、指導もなにも、相手には憐憫の情しか残らないような碁を打つことがある。

しかしミタニ。「この形は私にだって言い分があるはずなんだよな」と感じていれば、ウワテの方がむしろ引かねばならないケースだってあるんだ。強い人がよく言うけれど、「死ぬ権利は白黒平等に持っている」。交互に石を置いて、自分の石だけが死にそうになっているなんてことはそうないはず。その辺りを感じられるようになればきっと強くなるよ。

 
 
 
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