昨日の記事にも書いたけど、久しぶりにT先生がやってきた。教室を見渡すとチョウウが暇そうにしてる(笑)。で、決めた。「ああ、じゃあ彼と打ちなさいよ」<なぜ偉そうに俺が対局相手を決めてるんだ(^^;。
「う〜ん」と考えた私。「じゃあ七子にしましょうか」。いや、九子で十分なんだけど、九子だとT先生も一所懸命打たなくちゃいけなくなるので、いきなりやってきたゲスト扱いのT先生にそれじゃあ可哀想かと思っての手合い。そこにF先生がやってきた。
「あ、T先生とチョウウの対局ですか。手合いは?」。私が応えて曰く「ええ、取り敢えず七子にしようかと思って」。「え〜。九子にしましょうよ、九子」とF先生が盛り上がる。ふふ。T先生はやっぱり生徒の方がカワイイらしく(笑)、T先生の苦労は知ったこっちゃないみたいだな(^^;。
私も自分の碁を打ちながらだったのでイイカゲンだけど、序盤はこんな感じ。

白3と5のコンビネーションが面白いかな。中央への足がかりを見てるんだけど、黒にあっさり形を決められると下も上も打てなくなっちゃうことがあって、ちょっと怖いんだけど、だからと言って低くばかり打ってると中央が真っ黒になって困ってしまう。チョウウの黒6の方向は白1に対するプレッシャーが強くって良い感じだと思う。
で、黒10まで進んだ時に声をかけた。「いろいろ打ってみましたけど全部冷静に受けられてちょっと困ったって感じの白かな?」。「ま、ここからですね」とT先生。
そう、九子局の場合、初手から積極的に戦えという教えもあるし、プロの間では白1に対してボウシで受けるのが最強の法則だなんて説もある。でも実は、こうやってじっくり受けられても白は困るんだよね。
確かに「まだまだこれから」なんだけど、ここから白が積極的に仕掛けていかなくちゃいけない。九子なんていう大ハンディがあるときに白から積極的にいくのは大変なこと。できれば黒に動き出して貰って、その黒の間隙を突いていくという打ち方をしたい。ただでさえ白は打てば打つほど可能性が減るのに、自ら積極的に可能性を減らすのは辛い。
チョウウはこの後も冷静に受け続けて、白が「生きるための手」を打たされたり「手を戻す」打ち方をせざるを得ないようなシーンもあった。白は「え、私の石が死ぬことなんてないんじゃないですっけ?」と打ちたいところなので、手を戻したりするのは本当に悔しい。黒優勢という場面がしばらく続いてたんだけどね。
結局最後は白の八目勝ち。ちょっと死活を間違えて粘ったところのアジが悪くなって十数目損しちゃった。あそこをアジ良く死んでおけば勝ってたみたい。
私は、以前から通われているNさんとおっしゃる男性との対局。初めて対局したのはもう1年以上前かな? 当時「ああ、この方強いな」という印象だった。最近ちょっと伸び悩んでいらっしゃるようなので、その原因を探るための碁でした。
結局手合いは定先で二局。一局目はこんな感じ。

「こう打ちたい」とか「あっちが大きい」なんていう判断はできてるみたいですね>Nさん。ただ、「部分での損」をやや甘く考えてるところがある。たとえば左上(私から見て棋譜を書いているので、ちょっと向きが変ですけどご容赦)。
黒9も相手からに開き兼ハサミを打たれるのでどうかなとは思うけれど、そこから黒11と展開したのはまあ機敏。白は「一番ありそうかな?」ということでコスミを打ってるんだけど、ここでの黒13、15がちょっとヒドイ感じ。両ガカリを打って一番「無難」に分かれるのなら、やっぱり三々入りがわかりやすい。そうすれば全ての石が一応働いてくるんだけど、実戦の打ち方だと黒9は単なるモチコミになっちゃってる感じ。
黒25はまたちょっと違う甘さなんだけど、上辺を荒らされるのが怖かったとのこと。ここ、怖いなら一路上でガチガチにしちゃっても良いですね。こうやってハザマを開けるのは、後からいろんな手が飛んできて受け方が難しくなる。
でもそもそも上辺はガチガチに固いところ。白は入っていこうなんてほとんど考えないところです。そこを自ら守ろうとする発想が良くない。「俺のこんなガチガチなところに来るなら来てみろよ」と、相手が削ろうとしてきたら喜んで戦いつつ受けるところですね。
27のボウシも上辺を広げてる「感じ」がするけれど、ここもハザマが空いている。「守れれば大きい」のは確かなんですが、守る際には「一手で守れるのか」が判断基準になります。大きな場所を「一手で守れる」なら守っちゃえばいい。でも実戦のように、ハザマが空いてアジが残ってしまうのなら、そこで「守り」を打つのはちょっと間違っているケースが多い。
結局この碁は右辺の石を丸飲みされてしまって白の大勝になっちゃいました。黒は上辺を守ったのでそこを消されたくなく、そっちを大事に打っているうちに右辺の弱みを突かれてしまった感じでしたね。
守る手を打ってしまったら少々の犠牲には目をつぶって、守ろうと思ったところを守るのは理にかなっています。でもその「少々の犠牲」があまりに高くついてしまうのならば、そもそも「守る」ことが間違いだったということ。ですから碁で「守る」「囲う」ことはあまり良くないケースが多いのです。その辺りをこれからの判断基準のひとつとしてください。
え〜と、なんか長くなってきちゃったな(^^;。
教室後の反省会という渾名の飲み会(笑)で、Nさんが言ってた。「どうも置き碁ってのは打ちにくいんですよ」と。
そうなんだよね。「置き碁」と「互先の碁」をリンクさせて考えられるようになれば、それだけで結構強くなってると言えると思う。最初のうちは両者をベツモノと考えて、置き碁はあまりうちたくないと考えてしまうのも自然なこと。
こういうとき、とにかく1度置き碁で「しっかり勝つ」ことが参考になります。たとえば私に五子で勝てない人なら八子くらいにしてみる。それでも負けたら十一子や十三子で打ってみる。そしてとにかく勝つ。勝ちを得るところから「置き石の価値」がわかってきて、そうなってくると「戦いをいかに戦い抜くのか」なんて考えが出てきて、それが互先の碁にも活かせるようになってきます。
「勝負」の場だとなかなか「絶対に負けない」数の置き石を置かせてくれたりはしませんが(^^;、ハッピー・マンデー教室だとそういうことも可能ですね。「やってみたい!」と思ったら声をかけてください(^^)。
あ、そうそう、それから。五子でどうしても勝てないならば、黒白を逆にするのもときに効果がありますよ。当然五子置いて勝てない相手に五子置かせれば負けるに決まってるわけですが、そういうときにウワテが打つ五子局はあまりにも簡単に勝ちを持って行きます。「ああ、そんなに簡単なものなのか」と参考になると思いますよ。これも打ちたければ声をかけて下さい(^^)。
投稿者 前田博明 : 2004年12月16日 12:22 | トラックバックNさんとの対局の解説が、面白かったです。自分の打ち方にも当てはまる指摘だなぁと思いながら読みました。狭間を開けて打って、後にそこをつかれたときに、一手で守れるのか・・・守った時に少々の犠牲で済むのか・・・ちゃんと先までイメージできてなくて、「地になれば」大きいところに私も、打ったりしてるもんなー。
Posted by: BUBI : 2004年12月16日 17:50おひさしぶりです。
ハッピーマンデーの方々、だいぶ強くなったみたいですね。
ちょっとだけ気になっていたので1点。
25、27について。
たしかに師匠のおっしゃるとおり、上辺を守るという意味では甘いです。しかし、右辺白への攻めという点では、両方とも石の急所にあたり、攻めの方向も問題ありません。
わかりやすくということなら、
「俺のこんなガチガチなところに来るなら来てみろよ」とご自分でもおっしゃっている通り、白が入ってこないところならば、黒25で白26の右から思いっきり上辺を広げる手をこの場で教示すべきなのではないでしょうか?
「敵は入れない」=「敵が入ってこないといけないくらい大きく広げると敵は困る」ということで。
ひゃ〜、ゆぱさん、コメントありがとう。俺、ゆぱさんに何千円か借りてるんだよね…。
で、上辺。確かに右辺への攻めって意味はありますよね〜。だから私もその辺の意思は確認しておきました(^^)。まあでも「攻めが利いてるね」の説明をしなかったのは不親切だな。でも「攻めの意図ならよし」なんていうと、たいていの人は「そんな白を攻めるなんて…」なんてことを言うんだよなぁ。。。「白にも死ぬ権利はある」と、みんなに言ってはいますが、その辺の実感を掴んで貰うのがこれからの課題です(^^)。
Posted by: まえだ : 2004年12月19日 18:15