そんな大コウに負けたのはもちろん私じゃなく、われらがコバピの話(^^)。まず私との対局で 50 目のコウに負け、続いてへぼたろさんとの碁で改めて 50 目のコウに負けたそうだ(笑)。私との手合いは九子、へぼたろさんとは六子。まあそんなコウに負けていれば碁にも負けたのは言うまでもない。
コバピ。年初の私との碁で、ちゃんと九子で勝ってるんだよな。だから九子が「決して勝てない手合い違い」ではないはずなんだ。巻幡二段にも九子で勝ってるしな(笑)。ただ、なんというか、私たちの指導を消化しようとするあまり、碁を「決まり事」と考えてしまいがちな時期に入っている様子。
たとえば私はコバピとの九子では隅への大ゲイマガカリを愛用する。これはコバピ以外の人には封印している手。「あれ、小ゲイマじゃないの?」と混乱させてしまうのを嫌ってのこと。でもコバピは今や一番弟子なので「ちゃんと強くなれ」と愛の鞭。
で、コバピは私が大ゲイマに打とうと小ゲイマに打とうと同じウケをする。私の得する分かれとなって、別の隅でも同じようなカカリ〜サバキを打つと、それにも同様に応じてくる。
「君さ。考えて碁を打てよ。俺、さっきと同じことやってるでしょ? ってことは俺は満足してるってことなんだよ。自分で損得が評価できないなら、相手が同じことをやってきたときには白が得してるんだくらいの類推エンジンは働かせろよ。ぼけ〜っと同じことやってんじゃないよ」。
そんな風に叱られながら打つコバピ。
結構私も悩んでるんだよね〜。他の生徒と打つときにはちゃんと勝ったりするわけだから(と、言うかほぼ勝ちっ放しなのかな)、決して「わかってない」わけじゃないんだよな。私と同様に上手恐怖症があるんだろうとは思うけれど、だからこそ手合い違いじゃないかと思える九子で打ってる(何度も書いてるけど本当は五子くらいで打てると思う)。
私が多くを語るので、私と打つときには「言われたことを守らなければ叱られる」と余計な心配してるのかな。
私の望みはとにかく九子で「ちゃんと」勝ってくれること。九子であるだけに、互先のときには通用しない打ち方をしても通用することはある。そういうところもどんどん活用して、とにかく「すっきりと」勝って欲しい。「勝つ碁」に徹してみよ>コバピ。「この大石を狙ってるよ」と予告されて、それでいながらその石を取られてしまうことのないようにせよ>コバピ。
コバピとの対局を終えて、グズミちゃんの碁を見てた。序盤かなり良い感じに打てていたので、グズミちゃんに1つアドバイスする間に相手のかたに3つアドバイスするような流れ。で、中盤グズミちゃんリードのところで席を離れた。後で聞いてみるとグズミちゃんはその碁に負けてしまったとのこと。むむ〜。あの形勢で負けるはずはなかったんだよな。
でもそれは。私がハッピー・マンデーに通い始めた時とよく似ているのかもしれない。「布石」なんかを本で読んで勉強していた私は序盤無敵。でも石が混み合ってくるとキリも打てなかった私はどんどん形勢を逆転されて、先生たちがみんな驚いていた(笑)。
まあそうやって師匠の後を追ってくれる人がいるのは嬉しい(笑)。そういう親近感と、彼女の勝ち碁を私のアドバイスで負け碁にさせてしまった反省もあって指導碁。
最初。グズミちゃんの打った手に対して「それが緩いんだっ。なぜそんなところに打つんだ!」と、思いっきり言ってしまって、グズミちゃん涙目(笑)。いや、ごめんね、グズミちゃん。ついコバピに指導してるときと同じノリでしゃべってしまった(^^;。棋歴が私と同じのコバピと、棋歴4ヶ月目のグズミちゃんに同じように言っちゃいけないよね(^^;。
まあそんなこんなありつつ、定先で2局打って、その後十三子局(井目風鈴 − 九子局に三々付き)。私は「碁を覚えて貰う」ためには井目中四目の方が有益だろうと思ってるんだけど、初心者の人は井目風鈴の方が不安がなくて勝ちやすいみたい。そしてグズミちゃんもこの十三子局に見事勝利(中押し)。
私たちとよく話をしたり、また、このブログも見てくれているグズミちゃん。「大場に打ちたい」という意識はあるみたい。で、自他の「あり得ない手」に対する嫌悪感も持っているみたい。これは私と同じ。でも逆に、私よりはるかに少ない経験で、かつ私と同じ意識を持っているものだから、相手の無理手を「咎めなければならない」というプレッシャーを感じているのかもしれないな。
でもね。相手の定石はずれを「咎める」ことができれば間違いなく一桁級だと思うよ。まずは落ち着いて、相手の手によって自分が損をしないことを第一に考えれば良いんじゃないかな。そして打ち合っているうちに、相手は定石通りに打たなかったことによる借金を返済せざるを得なくなるから。二桁級のうちから一気に相手の無理を咎めにいくと、自分の石が崩壊してしまうことにもなりかねないので。
こういうところは「経験」でしか学べないところ。じっくり落ち着いて、自分なりに「ちゃんと」打っていれば道は拓けると信じてみてください。