しょっちゅう言っていますが、私は初心者のうちに「囲碁で打つ手は自由だ」とか「感性の赴くままに」(笑)なんて言って打つ打ち方が大嫌いです。
理由の第一は、私が自分の囲碁能力なんて信じていなくて、何らかの指標がないととても碁を打てる気がしないこと(爆)。それからウワテの方や、棋書などに「これがカタチ」と教えられ、確かにその「カタチ」の有効性に気付かされたこと。さらには長く初心者教室に通う内に「カタチなんて」とか「自由に」と言っている人よりも、「普通はこう打つ」を実践している人のノビが早いように感じたこともあります。そしてもちろん、「自由」ってのは、寄って立つべき何らかの「モノ」があって初めて成立するんだという信念もあります。
たとえば左図。白番ですが A 〜 C の選択肢を示されれば、どこを一般的に「正解」とするでしょう?
いや、簡単すぎる問題ですが、私は囲碁を初めて最初の三ヶ月はそんなことも知らずに打っていましたよ^^。そう、この問題の解答は「C」。黒に「C」や、その一路上にヒラかれると、一般的に言われる「理想型」。白「C」はその理想型を邪魔する「カタチ」なんですよね。
この白「C」は、プロの実践例にも頻繁に現れるカタチで、テレビ対局などを見ていても「おお、そうか」なんて感じる場面も多いはず。
もちろん「C」に打たないケースもあり得ます。あるいは頻度は少ないけど「C」の一路左に割り打ちするケースもあります。ああ、「C」の一路下に打つこともありますよね。でも「C が最も普通の『カタチ』」ということを知っておけば、そこを外した手の意味や狙いを理解(しようと)する助けになったりもします。
たとえば白が右辺を打たずに A〜B のどちらかを締まってくるようなら、相手は「アラシ」に自信を持っているのかもしれません。あるいは右上の星にカカってくるなら、相手はカカリっぱなしで手を抜いて何か技をかけてくるのかもしれない。四線に割ってくるなら、相手は「将来打つケシを今打っただけ」なんて感じてるのかもしれない。
尚、ちょっとあり得ない図ですが、右上が白、左上が黒(一般に黒番は右上隅から着手するという慣例があるので「あり得ない図」と書いています)だったと仮定しましょう。
その場合白は、右下の黒のシマリの効力を削減しようと考えると、右辺を打つのが良いのでしょうか、それとも下辺を打つのが良いのでしょうか?これも私は碁を打ち始めてしばらく知らずに打ってました。
「一般的なカタチ」は右辺。先の問題図で言うと C や、一路進めて 17 の十一に打つのがカタチとされています。
なぜなら右下の黒のシマリは、右辺に向けてのパワーを蓄えているから。初心者の頃の私は、右下のシマリが右辺方向にパワーを蓄えているんだとも思っていませんでした(爆)。でもある本でこのカタチの意味を知り、それを意識することですごく碁が打ちやすくなったのを覚えています。打った石が連携して働くようになっていったんですね。それに自分の打つカタチが、プロのカタチに似てきたなんていう自己満足もありました(笑)<布石段階なんですから似せるのは簡単ですが、最初はそれができるだけで嬉しいものです^^。
言わずもがな、囲碁は長い歴史を持っています。で、やっぱり数多くの先人達が「カタチ」を考え続けてきたんですよね。そういうカタチを知ることは、碁を理解し、そしてうまく打つための第一歩だろうと実感しています。カタチを「外す自由」ってのはもちろんあるんだけど、その「自由」を効果的に活用するのにも、まずはカタチを知ること。
ついでがあったので(何のついでだか(苦笑))、そういう「カタチ」についていくつかまとめていけたらなあと考えています。
こんにちは
久しぶりに、ここをのぞいてみたら、下の方ではなにやら熱い議論が繰り広げられていますね。
私はホントのこと言うと、碁盤は広いんだし自由にのびのびと打てるのがいり番いいと思っています。(私の将棋はこんな感じです)
しかし囲碁をで本気で強くなろうと思うと、やはり棋理や定石などのコンパスがないと途方に暮れてしまうんですよね。
棋理に歯向かったところで、千年もの歴史に勝てるはずもなく・・・・。
私の場合
5級くらいまでは 定石の丸暗記(理解は難しいので形を身に付ける)
2級くらいで 定石の理解
初段くらいで 定石の運用
のようなステップを踏みました。
そして囲碁を始めて2年が経ち、なんとか3段格の実力をつけることができました。
そして有段の実力がついた現在、私は生意気にも定石を疑ってみるのもいいのではと思い始めています。
そろそろ手割にも興味がわいてきましたし、いくら定石で互角だといわれても自分の棋風に合ってないのでは正しい運用は難しいと思います。ただし私も前田さんの意見と同感で棋風が云々と言うのは、最低でも初段くらいの実力がついてからにしてほしいですね。
ただし、囲碁に感覚が不要かと言うとそうではなく、囲碁は個人の感覚の違いがその人の棋風として表れる点が将棋やオセロといったゲームとの相違点であり、そこが囲碁の面白さの本質ではないかと思っています。
今回のテーマ図についてですが、黒のかまえ実に立派ですよね!
私も小ケイマしまりが実利と同時に、辺方向への力も蓄えていると知ったときには目から鱗でした。
囲碁を始めて約1年も愛用していた2連星や中国流などの星を中心にした布石にあっさりバイバイして、それからはすっかり小目の魅力に取り付かれています。
ただしこれは黒番での言い分。
白番だとこの構えは実に忌々しいんです。私の白番でのモットーは
「慌てず、騒がす、じっくりと」ですので、95%くらいは割りうちを打ちます。
それでも、たまには黒の構想を崩してやろうと多々趣向を試みたりもしています。
例えば白番で目はずしを打ったり、4手目にかかったり。
この場合、だいたい激しい戦いの碁になりますね。(私も自分から仕掛けた以上、
一歩も引きたくないと思ってしまうので・・)
こうなってしまうとコミのアドバンテージがほとんど意味をなさないので、難しいところです。
以上、白番布石研究中の凛でした♪
カタチ、についての連載、面白そう〜
まえださんの囲碁についての語りって、とっても読んでて、
「なっとく〜」
ってことが多くて好きなんです。
私生活では形よりも、自由にしてる方が好きですが(笑)
囲碁はやはり、一番いいカタチを分かって打てるのが、BESTだと私も若輩ながら信じております。
そーだ、定石の本、1冊くらい、そろそろ持ってなさいって言われたっけ。
「これだ」っていうお勧め本、あります?^^
凛さん、こんにちは。いつもコメントありがとうございます。私も最近、某ネットで白番向かい小目を試し始めています^^。疲れますが(笑)、なかなか面白いですね。
ところで件のコメントは余計なフレームにも繋がりかけてたので全部削除してしまいました。
凛さんが触れられていた「囲碁と感覚」の件。私も当然必要だと考えてます。むちゃくちゃ初歩的なことで言えば、カカリ−ハサミの時にトブのかフリカワルのか。周囲の状況もあるんだけど、どちらでも打てそうなときは、私はほとんどフリカワル。と、いうかトブのが一般的な場面でも、フリカワリで打てないかどうか一所懸命読む^^。そういうところは「感覚」なんかの問題なんじゃないかと思うんですよね。
ただ、そういう場合もカタチに無頓着でいては、まずトンでから三々にフリカワリを打ったりする。いや、それもプロの実戦にないわけじゃなく、トビを打ってからフリカワル理由があるんだけど、それこそ「感覚」の問題じゃなくって、完璧な「カタチ」の問題になってくるわけですよね。「何となく私の感性がこう告げている」なんてぼんやり打っても、碁が悪くなるだけ。悪い碁を打ってると、相手の人の碁も悪くしてしまって、「初心者スパイラル」になるのがむちゃくちゃ悲しい。
と。今日、「カタチ講座(笑<偉そう)」の第二回を書いてみました。またお気づきの点などあればご指摘下さいm(..)m。
Posted by: まえだ : 2005年04月09日 17:06