多くの人がご存じの Kogo's Joseki Dictionary という、かなり網羅的なオンライン布石辞書があります。なんとなく寂しく感じるのですが、これはもともと英語版として世にでたらしい。それを友人の薦めもあって、訳してみました。
実はこれ、結構なボリュームがありまして^^、訳したものの校正もしていない版ですので「β版」扱いでお願いします。酔っぱらいの時間に訳していた部分もありますし、また、オリジナルの英語版にも結構な間違いがあったもので、混乱したり、不注意になっている部分があると思います。お気づきの方は、ご教示願えれば幸いです。
また、オリジナル版では「黒8はおかしい」等の表記がありましたが、私の使っている MultiGo では変化図内の手順を一見して理解することができないため、「R14 はおかしい」等、座標表記に改めてあります。
さらにときに「訳注」というのを入れている部分がありますが、最初の頃はそれすら怠ったため、オリジナルに間違いがあっても「勝手に」修正している部分もあります。
さらに加えて。本データは MultiGo でのご利用を前提としております。文字コードは SJIS で記載されています。
β版でありますので、ネット上にてのデータの公開は(すくなくともしばらくの間は)控えて頂きたいと考えております。
ご利用の際は、以上の注意点にご留意下さい。
→ Kogo's Joseki Dictionary 日本語版β のダウンロード
以下余談。
本定石辞典を訳すにあたって、「訳したら自分の勉強になるに違いない」と考えて訳し始めました。しかし、データがあまりに多く、またそれらを全て「変化図」形式で記載しているデータ集の為、とても自分の「勉強」にする余裕はありませんでした^^。変化図のどこまでを見たのか、あるいは訳したのかもわからず、右往左往したり、あるいは翻訳中のデータにではなく、オリジナルの英語版に日本語を書き加えてパニックになったこともありました^^。
今は。日本語版の訳を一応は見直しておこうと考えているため、実際に利用する際には未だにオリジナルの英語版を利用し、自ら訳した定石集を使ってもいない状況です^^。
なんか相当情けない思いをしているので公開も躊躇った(と、言うか躊躇い中)のですが、渡した数人の方が「こいつぁ便利だっ!」とおっしゃって下さったので、一応公開しておくことにします。
しっかし、なんつぅか。60手も進めておいて「定石」とか言うなよなあ^^。少なくとも私はそんなに長い間「定石だ」と思いながら打つことはありません^^。
このように役立つデータ(オリジナル版 Kogo's Joseki Dictionary)をフリーで提出してくださった元著作者及び碁の諸先輩方に感謝申し上げますm(..)m。
日本棋院の誇るイケメン棋士(笑?)高梨聖健八段の棋譜認識能力の高さは以前記事に書いたことがありました。何度も彼に「この棋譜は知るまい!」と思って持っていっても、ほとんどの棋譜に「これはダレソレの棋譜でしょう?」と即答されてしまったことか。私などに身ひとつで聖健先生の真似をすることは無理ですが、moyogo.com から入手した4万局超の棋譜と、Kombilo のおかげで、パソコンさえあればいつでも聖健先生に勝るとも劣らない棋譜検索機能を発揮できるようになりました(^^)。
但し。Kombilo がいかに便利なツールでも、全ての作業を Kombilo でやるのが効率的かと言えばそうでもないかもしれません。たとえば私は、棋譜を覚える際に、自分なりの棋譜解説を付していって、それで着手理由などを自分なりに理解しながら棋譜を覚えていきます。このコメントを付す作業などは、やはり自分の使い慣れたエディタが便利ですよね。
Kombilo と連携して他の SGF エディタを使うには、2つの方法があります。
ひとつはクリップボードを経由する場合。Kombilo の SGF エディタに何か棋譜を読み込んでいる際に、「File」メニューから「Export SGF」を選べば、別ウィンドウに当該対局の SGF 譜が出力されます。
最近の SGF エディタの多くは、クリップボードから SGF 譜を読み込む機能を持っていますから、これでも十分便利に使うことができます。
もうひとつは、Kombilo に「外部エディタ」を設定しておく方法。これはやはり SGF エディタ上のメニューで設定します。「Options」メニューから、「Advanced」、さらにその中の「Alternative SGF viewer」を選びます。
私は、日本棋院のネット対局場の棋譜も読むことができ、また「Tutor Both Sides」のメニューで、棋譜を覚えるのにも便利なことから「MultiGo」という SGF エディタを愛用しています。
先ほどの「Alternative SGF viewer」を選ぶとダイアログが表示されるので、「Enter the command to launch SGF viewer」のところに「Program Files\MultiGo\MultiGo.exe」(パスは人によって異なるかもしれません)と入力し、「Enter the command line options, with %f for the file name」の部分に「(半角スペース)%f」と入力します。
これで、game list ウィンドウに表示された棋譜を、Shift + クリックすることで、自動的に MultiGo が起動し、見たい SGF ファイルも読み込まれます。
尚、やはり利用者の多いと思われる CGoban を利用する場合は、先ほどのダイアログの上の方に CGoban へのパスを記し、二行目には「-edit %f」と記しておけば良いと Kombilo のサイトに記載されていました。
ところで。moyogo.com から棋譜をダウンロードしたのは良いものの、新しい棋譜を入手した場合はどうすれば良いでしょうか。
私の場合は、日本棋院のネット対局場や Gobase から新着の棋譜を入手していますが、それらの棋譜も Kombilo の検索に反映させたいものです。もちろん、Kombilo 導入時に存在した棋譜は検索対象になっているのですが、Kombilo 導入後に加えた棋譜はどうしましょう?
その場合は、SGF エディタの「File」メニューから、導入時に選択した「Edit DB list」メニューを使います。表示される Edit database list ウィンドウの中で、SGF ファイルを加えた(あるいは削除した)フォルダを選択して、同ウィンドウ上にある「Reprocess DB」というボタンをクリックします。これで Kombilo のデータベースが更新されますから、新たに加えた棋譜も検索対象とされることになります。
ところで私は利用していないのですが、Kombilo には Guess Mode というモードがあります。これは MultiGo の Tutor Mode と同じものです(MultiGo の Tutor Mode に付いては昔の記事に記載してあります)。
Kombilo の SGF エディタに棋譜を読み込んだ状態で、Data window と名付けられたウィンドウ上の Enter / leave guess mode というボタン(上の図で赤く印を付けているところ)をクリックすると、MultiGo で言うところの Tutor Mode に入ります。このモードで SGF エディタ上をクリックすると、石の場所が正しければクリックした場所に石が表示され、間違っていると正解からどれだけ離れているかによって、大きさの異なる四角形が Data window に表示されます。そういう意味では Gobase に似ていると言えますね(Gobase を利用して棋譜を覚える方法についても昔の記事に書いてあります)。
他にも書こうと思っていることがあったはずなのですが、なんか Kombilo をいろいろいじっているうちに忘れてしまいました^^。まあここまでに記した操作ができれば、だいたい幸せな棋譜検索生活を送ることができるのではないでしょうか^^。棋譜を覚えるという作業はなかなか楽しいものですし、きっと強くなるのにも役立つことだと思います。
あ。でも「ほう、強くなるのかっ」とか言って、みんながお金払ってる教室にタダで力試しにやってくるなんてのはやめて下さいね(笑)。そういう行為は下品だと思いますし、私以外にも多くの人が「棋譜並べは役立つ」と言っていますから、わざわざ私で確認する必要もありません^^。
Moyogo.com から、4万局超の棋譜をダウンロードし、Kombilo を使って棋譜 DB も構築して、いよいよ検索するのみです。
閑話休題。棋譜検索をするときですが、たとえば自分で碁を打っていて、相手に思いもよらぬ手を打たれたとき。「そんな手はあるのかな」とか「どう応手したら良かったんだろう?」なんて思うことがあります。そういうときに Kombilo 検索がすごく便利。Moyogo.com からダウンロードした棋譜には大手合の棋譜なども大量に納められていますから、一風変わった(失礼^^)手なども検索できます。私程度の棋力では、なかなか「変化を読み切る」ということもできませんから、Kombilo 検索で「プロがこう打っているんだから、これでいーのだ」と、自分を納得させるのにすごく役立ちます(笑)。
あるいは古碁の本(例:『秀麗秀策』)などを見て、棋譜を勉強しようとしたとき、全部の棋譜を自分で打ち込むのは大変だというときにも役立ちます。最初の数手を Kombilo に入力して検索すれば、おそらくは目的の棋譜が見つかるでしょう。
さて、検索です。
Kombilo は、もちろん棋士名や日付などで検索することもできますが、一番便利なのはパターン検索でしょう。パターン検索は、SGF エディタ画面に知りたいパターンを入力することから始めます。
たとえば、左図のような局面を検索してみましょうか。黒の両小目で一方を締まられたとき、白の大ゲイマガカリの場合の継続手が知りたいなあと思ったときには、このようにパターンを指定してあげれば OK ですね。
えっと、画面のフォーマットを整えるために記す余談なのですが^^、私は左の場面になったときに、一間高等で右下の小目にカカルのはあまり好きじゃありません。「力」に自信のない私は、挟まれてトビトビの碁になるのを可能な限り避けているんですよね^^。プロの実戦では大ゲイマよりも一間高がはるかに多く、また黒も冷静にツケヒキで決めるのが多いみたいです。
参考までにこの大ゲイマガカリは石倉先生が NHK の講座で「簡明」として推奨していた手。まだまだ応用力のない私ですから、わかりやすく説明されたパターンは、そのまま盲信して拘ってしまう傾向があります^^。むろん盲信とは言っても石倉先生が悪いわけではなく(笑)、応用力のない私が悪いのです。言わずもがなですが為念。
もうちょっと文書がないとレイアウトが決まらないので、さらなる余談(爆)。ずっと前に高梨聖健八段に「相手が両小目で来て、一方をシマったらどう打つのですか」と尋ねたことがあります。聖健先生は「僕はシマらせないことが多いですね」とおっしゃってました。秀策風で打つことが多いのだそうです。
さて、レイアウト的に心配がなくなったので(笑)、いよいよ検索です。
Kombilo を起動すると、右図の game list ウィンドウも立ち上がっていると思います。
ウィンドウ上部には、DB 内に存在する棋譜が表示されています。下の方にはいろいろなボタンがありますが、まずは Pattern search と Game Info search のタブで、Pattern search が選択されていることを確認してください(起動時は Pattern search になっていると思います)。
次に、ウィンドウの左下にある「?」マークの入ったアイコンをクリックすると、SGF エディタ画面に入力したパターンに合致する棋譜が検索されて、ウィンドウ上部の game list に合致した棋譜のみが表示されるようになります。
Kombilo は、もちろん「部分検索」もできます。つまり今回の検索対象で、左辺の星が二連星の場合も小目の場合も双方検索したいという場合は、右辺の形のみを対象に検索することができます。「部分検索」を行うには、盤面で右クリック&ドラッグして検索範囲を指定すれば OK です。範囲指定をしない場合は「全体検索」(盤面全体を対象とした検索)になります。
game list 画面上部に表示されリストのいずれかをクリックすると、 Pattern search や Game info search タブの上にあるエリアに、対局情報が表示されます。ダブルクリックすると、SGF エディタにゲームが読み込まれます。
尚、SGF エディタ上では ctrl + クリックで配置した石を消去することができます。つまり、上の図を例に挙げると、「やっぱ大ゲイマガカリより一間高ガカリの方が格好良くネ?」と疑問に思った場合、SGF エディタ上で ctrl + クリックで大ゲイマガカリの石を消去し、次が自動的に黒番になってしまうので、どこかに黒石を置いてから再度 ctrl + クリックで消去。そして白を一間高ガカリの位置に置くことができます。
但し、一度検索したのちに配石を変えて検索するのであれば、game list ウィンドウの Reset game list ボタン(
)を予めクリックし、その後に Start pattern search ボタン(
)をクリックすることになります。
いかがでしょうか。個人的にはここまでできるだけで大満足。「生きた碁から碁を学びたい!」という要求には充分に応えてくれます。
ただ、ここにぜひとも記しておきたいのは Show continuations ボタン(
)です。このボタンは、その名の通り、検索パターン後にどのような手が打たれるのかを示すもので、SGF エディタ上には a、b、c … という記号が表示され、game list ウィンドウには、それらのうちからどこに打たれたことが多いのかをパーセンテージで示してくれるようになります。この機能を使うだけで、自分がずいぶん強くなったように思えてしまうこと間違いなし。まあなかなか思ったほどには強くなれないんですけどね(苦笑)。
あとは、検索して読み込んだ棋譜の SGF データを他のエディタ(MultiGo 等)に読み込ませたり、あるいは game list から自動でお気に入りの SGF エディタを起動できるようになると良いですね。
それはまた次の記事に掲載します。取り敢えずここまでの設定/操作の理解が完了すれば、「棋譜知識カルトQをしますか!」と勝負を挑んできた高梨聖健八段にも勝てるようになるかもしれません(パソコンがないとダメだけど)。
Kombilo は、普通のユーザの方はインストーラ付版をダウンロードすれば良いのかと思います(それ以外の方は私より知識をお持ちでしょう^^)。
インストールして起動すると、SGF エディタのような画面と、空のリスト画面などが表示されます。まず行うことは「棋譜データベースの構築」。とは言っても難しいことではなく、自分の PC 上で DB 化したい棋譜の在処を示してあげれば良いのです。ちなみに先に Moyogo.com からダウンロードした棋譜を DB 化する場合は、結構時間がかかります。失念しましたが 30 分ほどかかったかな。
DB の構築には Kombilo の碁盤画面の「File」メニューから「Edit DB List」を選びます。
「Add DB」ボタンをクリックして、先ほど Moyogo.com からダウンロードした棋譜を格納したフォルダを指定して、「OK」をクリックすれば DB 化が実行されます(注:SGF ファイル名は英語である必要があるかもしれません。少なくとも私の環境では日本語ファイル名では検索されないものがありました)。
これで DB 構築は終了(前述のように、結構時間がかかります)。尚、デフォルトでチェックされている「Recursively add subdir's」のオプションですが、これは言葉通りに解釈すれば「サブディレクトリについても DB 構築を行う」くらいの意味です。ただ、私の曖昧な記憶ではサブディレクトリのみでなく、ローカルディスク全てを検索してしまったような気がします(すみません、記憶が曖昧です)。
もし、指定したディレクトリ(フォルダ)以外の DB 化をしたくないのであれば、このオプションを外しておく方が良いでしょう。私はデフォルトのままで DB 構築をしました(これによって Itteyoshi 〜 thx to hebotaro 〜 内のフォルダも検索対象となり、自分の棋譜も検索結果で出てくるようになりました^^。但し、いったん DB 構築を行っても、どの DB を検索対象にするかは簡単に設定できるので、全ての SGF を DB 化しておくのが簡明かとは思います。
また、もしかすると DB 構築中にエラーメッセージが出るかも知れませんが、これはおそらく無視して大丈夫です。出てくるエラーメッセージの多くは「○○と××は同じ棋譜のようだ」とか、「○○は正しい SGF ファイルではない!」というようなメッセージですが、気にせず放置で大丈夫です。
尚、デフォルトの状態で DB 構築を行えば、SGF ファイルが存在するフォルダの中にデータベースファイルが作成されますが、下の SGF ファイルには何の変更も加えられません。オプションによっては SGF ファイルに CA タグがない場合に付け加えるということもできるようですが、私は全てデフォルトのままで DB 構築を行いました。詳細は Kombilo サイトで確認してください。
ここまでで、棋譜検索を行う準備作業は終了です。いよいよ Kombilo を利用して棋譜を検索することになりますが、それはまた別の記事で投稿します。
棋譜並べや棋譜探しがお好きな人は多いと思うのですが、以前から強くお勧めしていた Gobase.org の他にも、PC ローカルで使えるツールがあります。
その名は Kombilo。自分の PC 上にある SGF ファイルを対象に、Gobase で行ったようなパターン検索(例:中国流で小目に二間に低くウラガカリした場合は? 等)を行うことができます。
「自分の PC 上で棋譜が検索できるっつっても、そんなに棋譜を持ってねえよ」とおっしゃる方は moyogo.com から、無料でプロの棋譜を四万局程度ダウンロードできます。moyogo.com は本来、Moyo Go Studio という製品を案内するページだから棋譜だけダウンロードして Kombilo を利用するのに後ろめたさを感じたりはするんですが^^、作者の方はそういう使い方もあるとして、棋譜データのみの提供も行っていらっしゃるのでしょう。
無料の棋譜データが掲載されているページは http://www.moyogo.com/FreeProGames.htm。まずはここから 8.3 MB の棋譜データ(42,784局ということになっていますが、Kombilo でDBを構築すると、何局かは重複データである旨、指摘されたと記憶します。
ダウンロードした exe ファイルを実行すると棋譜データが展開されます。ちょっと昔のことで忘れてしまいましたが、この exe は、実行フォルダに棋譜を展開するようになっていたと記憶します。ですからデスクトップで実行してしまうと、デスクトップに 40,000 を超える棋譜が展開されてしまうことになりますから要注意^^。適当なフォルダを作成して、そこで exe を実行すれば間違いないでしょう。
40,000 超の棋譜を持っていれば、それはひとつひとつ眺めるというよりも、やはりパターン検索で利用したいところ。そこで Kombilo の出番となるわけですが、それは続きの記事に書きます。
前に「ツケサガリ定石を考える」で話題にしました。私はこの定石を知らなかったんですが、ハッピー・マンデーのF先生には「え、この定石知りませんか!?」と言われたし、hup さんとおっしゃる方からは「木谷定石と言われる形です」とご教授頂きました。
一番簡単な変化だけ載せておきますね。これはN埜さんが「前田さん、資料見つけましたよ」とコピーを頂いたものより抜粋。なんの本かは忘れましたが「第62型 木谷流」と記されています。
特徴は、まあ見ての通り「地に辛い」。
私、小目によく打つし、かつ地に辛い棋風(ってか、思い切ったことができないビビリ、ないし、相手の模様くらいいつでも荒らせるさと考えてる楽観派)なのでこの定石は合うのかもしれませんね。。。
でもただでさえ地に走りがちな私。この定石まで打つようになったら、より一層「地ばかり取ってんじゃねーよ」と言われるようになるかもしれませんね^^。取り敢えずしばらくは、本定石を封印しておきます^^。
# 最近、「どうせいつでも荒らせる」と、序盤で地ばかり取ることをちょっと気にしてはいるんですよね…。ウワテには通用しないっぽいので…。
先ほど公開した高尾本因坊の棋譜。相手の長谷川広五段(当時)が打った左下隅の形。とある高段者にご指摘頂きました。「これは私はツケサガリ定石」と呼んでいましたよ、と。げげ。「ツケサガリ」定石。私、以前、女子高生Cに「君のはツケノビ定石じゃなく、ツケアガリ定石だな(笑)」なんてことを言ったことがありました。まさか本当に「ツケサガリ」定石なんてのがあるとは思わなかった…
本当に、一般的に「ツケサガリ定石」と呼ぶのかどうかはともかく。私がイメージしているのは左図。黒5では一般に引くところを下がっている。
高段者曰く。「ああ、地に辛いんですよね」。げげ。高段者に問うてみた。「アナタの見た定石書にはツケサガリは載っていましたか。取り敢えず私の定石書には載っていなかったですよ」。「ああ、定石書には載っているでしょうね」と高段者。
「でもね」と私。「私の見た棋譜では、黒5と下がった後に手抜きが多いんですよ」。「へ〜、なるほど。黒が二線に下がっているので利かしと見るんですかね?」というのが高段者の弁。「白6に黒7となって、黒からはA・B見合いと見るんですね」と。
… えと、今図を見てみたらAは一路低い方かな^^。図を直すのが面倒だからこのまま放置 …
ふ〜む、なるほど。確かに地に辛い感じだな。
でも。ひとつ指摘しておきたい。この「定石」を選んだ後、私ゴトキには「どこが利き筋なのか」がよくわからねー(爆)。「定石を打ったんだから」と油断していると、あっさり隅を手にされてしまいそうな感じはあります。
高段者のいろんな説明を聞きつつ。以前私の家庭教師をしてくれていたユパさんが「利かしは可能な限り遠くから打つのが一般的に働いています」と説明してくれたことを思い出しました。
「高尾本因坊シリーズ」を並べ終えたら、また機会を見てツケサガリ定石を見てみたいと思います。
以前、N埜さんに教えてもらった囲碁指導法を紹介しましょう(^^)。
彼もどこかの碁会所で教わってきたらしいのですが、その方法とは「十手メソッド」とでもいうようなもの(なんか名前があるのかな?)。用意するものは盤面二面と、碁盤を隠すことのできる大きさのハンカチ(これはなくても大丈夫)。
対局者はまず、最初の碁盤で普通に碁を打ち始めます。その際、碁笥から石を取るのではなく、予め十個石を取り出しておいて打つと良いでしょう。そして十手打ち終えたら最初の碁盤を隠し、もうひとつの碁盤の方に今打った十手を再現していく。再現する際に、ウワテの側は「この手は緩着でした」とか「白がこう打ったのはこういう狙いがあるからです」と説明を加えていく。そして十手並べることができれば、また最初の碁盤に戻り、また十手ずつ勧めていくのです。
「メソッド」の内容はこれだけ。この「メソッド」によって、
この方法は確かに非常に有益だと思います。私もシタテ指導の際の「呟き碁」(ウワテの意図を一手一手解説しながら打つ)などを提唱していたんですが、「呟き碁」はときとして「雑談碁」に堕してしまい、シタテ側がいい加減に打つようになってしまうところがありました。しかしこの「十手メソッド」では、両対局者とも緊張感を保ったまま、かつシタテに「手の意味」を伝えることができます。
この「十手メソッド」を使う場合は、ウワテが十手毎に全ての意図を説明していくわけですから、普段より置き石を減らした方が良いんでしょうね。シタテを喜ばせたいならふだんより二子減らすくらいがちょうど良いのかな? あるいは「石の意図さえ分かれば互角に近く戦えるようになるのだ」という意味では先番で打ってもらっても良いのかもしれません。
お恥ずかしながら、私はまだ置かせ碁の棋譜を正確に覚えることができません^^。置き石を増やせば増やすほど、黒番の手を覚えてあげることができなくなってしまう。だから局後の検討もポイント解説だけになってしまっていて、「なんか良い方法はないもんかな」と思っていたんですよね。いちいち棋譜を残すのもちょっと大変だし。でもこの「十手メソッド」なら大丈夫。対局後の検討も自由自在だし、また、局後に棋譜を書いて説明を加えて相手にあげることもできるようになります。
N埜さん、「スゴイワザ」を教えて頂きありがとうございました(^^)。尚、このメソッドの提唱者や情報がありましたらお教えくださいm(..)m。
いや、白の応手も結構幅広いんだよな。三分で読み切れたらもっと強いかも。理詰めで詰碁を解く人(強い人^^)には易しい問題かもしれません。「>」ボタンを押す前に考えて下さい(^^)。
えっとごめんなさい。これ、九路盤だと失題になります。本当の問題は十九路盤。黒石の右には何にもないスペースがあるものとしてお考え下さいm(..)m。HUPさんにコメント頂いて気付いた間抜けではございますm(..)m。
以前の記事で、第二十八期名人戦でのヨセを取り上げました。左図のAとB。実戦は山下棋聖(当時)がAとヨセて後手を引いたんですが、私ならBと打って先手を取ってからAと打つと。
このヨセについては以前F先生に聞いたんですよね。F先生からの回答は前記事を見て貰うとして、それに対して「Aの方が大きい」というコメントも頂いたので、プロ棋士にも聞いてみたんです。聞いてみたプロ棋士の方は三名(突然呼び止めてごめんなさいでした^^>諸先生方)。で、結局三名ともF先生と同様の回答を下さいました。
「プロはその一着を『ベストのタイミングで打ちたい』と考えている。Bを打つのは「タイミングではない」とのこと。「ではもし白がBと打ったとき、黒が手を抜く可能性についてはどうでしょうか」と問えば、これまたお三方とも「それはあり得ない」という回答でした。
なんとなくわかった気にはなりますね(笑)。
でも相変わらず気になる私は、その後で碁会所十二段+くらい(F先生とは別の人)の人に尋ねてみたんですよ。「私はこの図で百パーセントBと寄せてしまいますけどね」。その碁会所十二段+くらいの人は「ああ、前田さんのレベルならそこでBを寄せてもそんな問題じゃないと思いますよ」と言って下さった^^。ふむふむ、なるほどなあ。当然だけど、私ゴトキと「高段者」や「プロ」の間にはすっごい意識の差があるんですね(笑)。
そうそう、その碁会所十二段+くらいの人とはもっといろんな雑談もして、私の最近の勉強法(一日にひとつずつ棋譜を覚えていく)なんてのも相談に乗って貰ったんですよね。そうすると彼曰く「へ〜、凄いですね」と言いつつ徐ろに近くにあった碁笥を開ける。
開けた瞬間に「ヤベー」と思いましたよ^^。彼は私にとても良くしてくれるんだけど、「へぇ、前田さんもそのレベルになりましたか」という話の流れになると必ず詰碁を出してくるんだよな(苦笑)。そして彼の出す詰碁に正解できたことがない(爆)。昨日も結局詰碁に正解することができませんでしたとさ。ちゃんちゃん(苦笑)。
あ。ちなみにこのヨセの質問をプロの先生に尋ねてしまったことはF先生にも伝えました。だってF先生に尋ねた後にプロに再確認するなんてアジが悪いじゃんね。「先生、決して疑ったわけじゃないんですけど、単純にAが大きいんじゃないかという方もいらしたので、プロの先生にも尋ねてみました」と。「で、みなさんF先生と同じように答えてくれました」。「え、同じでしたか。良かった〜。最近の前田さんの質問はなんか難しいから不安なんですよ」と(笑)。いや、私の質問にF先生が迷っているわけじゃなく、私レベルの人間に、どうしたらわかってもらえるのかがよくわからないんでしょうね^^。
みなさま、いろいろとありがとうございました。私は幸せ者であります(^^)。
通信制の弟子のひとりに、日本棋院級で5、6級の人がいます。いや、そんなぼかして書いてもしかたがないな。BUBIさんという人がいます。
その人とはネットでしか会ったことがなく、碁もネット碁しか打ったことがないんですが、今は九子を卒業して八子を打っています。「前田さんと打っていると、『間違えろ〜』とプレッシャーを与えてくる手が少なくて、なんか自分でも良い碁が打てるように思います」なんて嬉しいことを言ってくれる人。
その人に「君、定石書を何か持ってる?」と尋ねると「いえ、持っていません」とのこと。そして他の記事へのコメントで「何か定石書のお勧めありますか?」と尋ねてきた。
え〜と、尋ねる相手を間違えているかもしれないな>BUBIさん(笑)。私は定石書というと『互先定石小事典』ってのと、『星定石小事典』ってのしか持ってない。この二冊はいずれも私が碁を始めてわりと早くに買った本。
最初のうちは役立ちませんでしたね〜>定石書(笑)。なぜか? そりゃあーた、相手が定石通り打ってこないもの(笑)。それに小目なんて打ったり打たれたりした日にゃあ、お互いにあとは「Let it be」(笑)。自由を謳歌し、国境もない碁に突入することが多かった(苦笑)。
でも。そういう時期でも定石書が何の勉強にもならなかったかと言えばもちろんそんなこともない。定石を盤面に並べてみて「は〜、いつかこんな分かれができるようになったら格好良いよね!」なんて成長への憧れみたいなものを感じることができるようになった。
最近「この『定石と呼ばれるカタチ』が載ってない!」とか思うこともあるようになりましたが、級位者から初・二段くらいまでは先に挙げた『小事典』シリーズで良いんじゃないかなぁ。
有段になってくると、定石を外した場合の咎め方や、あるいはハメ手まがいの手を打って「効率」を考えたり「フリカワリ」を考えたりすることもでてきます。そういうときにはもっと詳しい本を購入したり、あるいは Gobase などで実戦例をひっぱってくれば良いのでしょう。
尚、「初心者だから」と、ごく一部の定石をすごく詳しく書いた定石書を買う人もいます。そんな本があるかどうかしらないけど「これで十分、初段までの定石10!」とか。確かにそういう本にも有効性はあります。ツケノビ定石なんて手筋の宝庫とも言われる定石ですから、下手すればツケノビだけで本が1冊書けるかもしれない(笑)。そういうところを全部理解したら、それは他の定石にも応用の利く「力」が身に付いてると言えるでしょう。
でもね。実はそこにも陥穽があって、初心者のうちは「初段までの定石10!」だろうがなんだろうが、そこにある理屈を全部理解するなんてできないんです。また、「これは定石はずれで…」という変化図を示されると、逆にそっちしか打てなくなることも多い(笑)。
そんな意味でも、今のBUBIさんくらいの棋力では、この「小事典シリーズ」が結構良いのではないかと思います。もちろん、そのシリーズしか持ってない私の言うことですから、その辺は割り引いて聞いて下さいよ(笑)。他にお勧めの定石書があれば教えて頂ければ幸いです。
昨日より、大竹名誉碁聖の囲碁講座が始まりました(^^)。大竹名誉碁聖を評して、よくいろんな人が「正しいところしか打たない人」なんて言いますが、今日の大竹名誉碁聖の言葉によれば木谷先生こそ「正しいところしか打たない人」だとか。う〜ん。そろそろ大竹先生を集中的に並べてみようかと思っていたんだけど、それをやると木谷先生まで遡らなくちゃいけないのか^^。
で、昨日の講座第一週。え〜、正直言ってつまんなかったですね(笑)。大竹先生がナニモノかとか知らない人が見たら「ツマラン。こんなもんやるなら高校野球やれ」で終わりだろうな(苦笑)。
日頃の私、囲碁将棋ジャーナルとかを見て「どうせマイナーな趣味なんだから、つまらん挨拶なんかすっとばして先へ進め」なんて言ってる。そういう私からすると矛盾なのかもしれんけど、昨日の講座はとことんつまらんかった(爆)。
この講座。大竹先生の打ち碁解説で進めるみたいだから、本当は「大竹ナニモノ?」とか、「相手をする木谷ナニモノ?」なんて話から入りたかったんじゃないのかな。でも、ほら。「伊予はまだ」が「私はまだ」に変わっちゃう NHK だから「個人の宣伝」になってしまうんじゃないかと(苦笑)。んで、聞き手の林さんが一所懸命打ち碁の間に人間関係の説明を盛り込もうと思ったんだけど、余計に中途半端になっちゃったと(笑)。
時間もなんか変則だったように思うし、きっとこの講座は週を重ねるに連れ面白くなっていくでしょう。と、まだ擁護派。擁護派が多いうちになんとかしてね(笑)>NHK。
そうそう、本当言うと、昨日の棋譜並べはこの講座のテキストである二子局を並べようと思ったんですよね。でも私には発見できなかった…。講座のテキストには総譜が載っているそうです。
先日、十段戦第二局を覚えて、それに関する記事を書きました。そこで私はいくつか疑問を感じました。
まず黒39の馬の顔。左辺を盛り上げつつ、上辺の白拡大を制限していて「とても良い手だなぁ」とは思うものの、私のこれまでの碁でこんなの打ったことない。それが結構ショックで、昨日とあるアマ高段者に白38までを並べて「さあここでどこに打ちますか」と問うてみました。絶対に打ちたくなるところはありますか、と。
幸いなことに(?)、そのアマ高段者は黒39を「絶対の一手」としては示しませんでした(^^)。なぜ「幸い」なのかと言えば、この手を「絶対」と言われては、これまでの私の碁が全否定されるから(笑)。いや、でも。この黒39は「かなり格好良い」ので次回から打つチャンスがあれば打とうと思います(^^)。
で、もうひとつ「私には絶対に打てない」と宣言した白120。これは巻幡先生に見て貰ったんですけど、「黒先手の意味もあるのでここは大きいです」とあっさり(^^;。中央はまだ上・下・左と空いているので打てないとのこと。ふむむ。なるほどなぁ。
あ、そうそう、それからとあるアマ高段者が「知りませんでした」と言った白12。これは韓国発で最近よく打たれる手なのだそうです。
教室に通っていると、こういうのを質問する機会があってラッキーですね(^^)。
最近1日にひとつずつ棋譜を覚えています。初心者の方は私のことを「天才」と思うかもしれませんが(爆)、実は天才でもなんでもなくて、ソフトウェアの機能を使ってるから誰でもできることなんです(笑)。
以前「日本棋院ネット対局の棋譜管理」という記事でも紹介した MultiGo。
このソフトウェアは種々の棋譜フォーマットに対応しているだけでなく、Tutor Mode という便利な機能を備えています。
上の図で「ここ」と記した「?」なボタンを押すと、Tutor Mode に入ります。手順は以下の通り。
盤上をクリックしていくとき、棋譜通りのところをクリックすると石が表示されますが、間違ったところをクリックしても何も表示されません(^^)。
前に「私の棋譜記憶法」という記事では、GoBase.org というサイトを使っての棋譜記憶法をご紹介しました。しかしいったんローカルに保存して、MultiGo を利用して並べれば、わざわざ GoBase.org で棋譜を検索して表示させる手間がありません。また覚えた棋譜一覧をどこかに保存しておいて、自分がほんとに覚えてるかどうかいつでも試すことができます。
ちなみに画面は名人戦第二局。大フリカワリがあった碁ですが、昨日覚えた秀策の棋譜に比べればはるかに覚えやすいです(^^。
通信制の弟子から以下の棋譜が送られてきました。今白が右下に打ったところなんだけど、次の黒はどこに打ちましょうか?
えっと。白、ずいぶん薄いですよね。黒から狙いたいところはたくさんある。むしろたくさんありすぎて黒が悩んでしまうのが白の狙い(^^;? あ、ちなみにこの碁は四子局。
さ〜、よーく考えてくださいよ。黒、どこに打ちます? 左辺からにょろっとしている石と下辺を裂いておくとかが第一感かな?
で、実戦ですが、黒の着手は N10。
私ね。棋歴がもうすぐ3年ってところだから、すごく初心者に近いわけですよ。だから初心者がなぜそこに打ちたくなるのかってのはよくわかる。でもこの黒の着手だけは、いくら考えてもわからない。右辺は白のちょんぼもあって一子取り込んで大きく生きたのに、でもそこからさらに石を動かしてる。
で、半日考えたけどわからないので、棋譜を送ってくれた通信制の弟子に尋ねた。「あのさ、この黒の意味を教えてもらえませんか」。すると通信制の弟子は答えた。「石が中央に出ておくことが大事だと習ったので」。
おーーーー! この答えは、私を大喜びさせた(^^)。私、まさかこれが中央に出る手だとはイチミリも思わなかったもの(^^)。私の考えでは、この黒は既に中央に顔を出してる。初心者はこの構えを見て「中央に出てる」と思わないってことはすごい勉強になった(^^)。
こういう「すごい発見」があるので、弟子たちの指導はやめられません(笑)。
囲碁にはイタチだのタヌキだの石塔だのいろんな筋があります。
ああ、思い出した。私が初めて実戦で石塔シボリを決めたとき。嬉しくてユパさんに報告したんですよ。「ユパさん、俺実戦で石塔シボリ決めたぜ!」。さて、ユパさんは褒めてくれたでしょうか? 答えはもちろん No.。ユパさんが言った言葉は「師匠、実戦で石塔決められるような弱い人と打ってちゃだめですよ」(爆)。
で、左に掲載したのはいずれも「○○○○○」の筋。いえね。小さく写真が載ってるからと頂いた『碁ワールド』の付録「目で解く詰碁」からの抜粋なんですけどね。私、この筋は実戦で一度しか決めたことがなく「わりと珍しいかしらね」なんて思ってたんだけど、この問題を見る限り実戦でもわりと出てきていそうだよなぁ。きっと読んでないんでしょうね。
これを実戦で決めると、初心者が大喜びするウッテガエシより、あるいは私が喜んだ石塔シボリよりも、もっと嬉しくなるかもしれませんね(^^;。相手の呆然とする様子が楽しいもの(笑)。
さて、左の詰碁はいずれも「○○○○○の筋」がヒント(^^)。筋の名前、わかりますか? あ、もちろん詰碁も解いてみて下さいね(^^)。いずれも黒先です。
昨日の教室。対象ランクが3級〜三段程度ということで、いろんな手が出てきます。
上の図がとある生徒の実戦(私じゃないですよ(^^;)。黒が三連星を引いて、上辺星に白がカカリ。黒が一間に挟んで白がトビ。ま、私は三々とフリカワリますけれど、トブのもある。
でもトンだあとに「白×」に滑ったのが大悪手。「黒○」と交換しては三々の狙いもなくしてしまいました。
トンだ後ってのは白Aにカケるのが代表的な定石ですが、「○」と「×」の交換により三々がなくなっているので、今更白Aとカケることができなくなっているんですよね…。
定石で分かれると上の図のようになりますが、ここでもし直接的に黒A、白B、黒Cと分断されても、白はまだ三々にフリカワル手が残っているんですよね。最初の図では三々フリカワリの狙いを自ら消しているのでカケが怖くて打てないわけです。
私がエラソーに指導させて頂いている方も、よく実践例にあるようなスベリを打ちます。早く拠点を持ちたいと考えてしまうんでしょうね。でもトビで打つという積極的な考えと、拠点を持ちたいという消極的な考えが、自らの碁を壊してしまうんですよね。
「そんなこと言っても拠点がないと不安だ」と言う方は、さっさと三々に振り替わってしまいましょう(^^)。「そんなこと言っても右上右下でフリカワリを打っては中央の黒が厚くなりすぎませんか?」と言う方。そう、確かに中央の黒はでかくなりますね。でもそういう選択はプロの棋譜にもありますよ(^^)。
まあしかし、両隅振り替わった後で中央をケシにいくのは、なんだか力づくに見えてイヤだと思う方もいらっしゃるでしょう。そういう方は、黒の二連星には二連星で打たずに変化するようにしましょうね(^^)。前どこかにも書いたけど、私は囲碁を始めたばかりの頃に「黒二連星に白二連星で来れば黒三連星が簡明です」という説明を読んで、以来黒二連星に白二連星で打ったことはありません(^^)。
今となっては「相手の三連星がいやだ」なんてぜんぜん思わないんですが、それでもまあ習慣ですね。見慣れない白番二連星を打つと、なんか細かいところで思い込みによる読み違いをしてしまったりするのです(^^;。
そういえばT先生。これも前どこかに書いたけど、相手が三連星をひいてくれば「勝ったなと思う」って言っていたな(^^)。
えっとさ。星にかかってコスミツケられたとき。かかりへのコスミツケは、たいていの場合悪手(ってか、私たちのうつコスミツケはたいてい悪手)。でも下図のように打たれたらどう打てば良いでしょうか?
これ、昨日の私の実戦なんですけどね。
私はまず E4 に付けました。これは当然の一着ですね。相手も当然に E3 に受けます。で、私は D5 を決めて相手の C4 と変わりました。
あのさっ!
今日気付いたんだけど、D5 を決めるのが阿呆ですよね! D5 を決めずに黙って F4 に伸びれば、後でまだ三々のアジがあるじゃん!
長いこと D5 を決める打ち方をしていて「う〜ん、なんか得してない感じ」と思ってた。「そういう相場なのかなぁ。で、あればカカリにコスミ付けるのも有力だぞ」って。「それを阻むためにはまず利かしで三々に打つのかな? でもそれも相手の変化によっては難しいぞ」なんて。
でもさ〜。取り敢えず D5 を決めなければそれでずいぶん黒が良い感じになる。破門中のコバピに対して「ムサボリできめる手を打つんじゃねぇ」とか言ってる私がそうやって意味不明なキメを打ってるんだということに気付きました。。。
「日本棋院三段には負けない三段です」と名乗ってて恥ずかしいけどさ(苦笑)。でもこの D5 にはほんとず〜っと気付かずにおりましたとさ(^^;。うん、まだまだ勉強することがあって楽しいね、と負け惜しみ(爆)。
最近人に『布石のベスポジ』(春山勇・日本棋院)をお勧めしていたので、囲碁本棚から発掘して久しぶりに見てみました(^^)。
この本、17のテーマに分かれているんですよね。いくつか例を挙げると、「ヒラキの研究」「模様の天王山」「厚みの意識」「楔を打ち込む」「体制を整える」等。本書は「天下初段シリーズ」というシリーズの1冊なんですが、見直してみてもかなり面白い本ですよね。
たとえば「ヒラキの研究」なんかは、かなりの初心者でも読める。まあ20級くらいだと考えなしに四線での二間・三間開きを打ってしまって後で対応に苦慮することも多いんだけど、もうちょっと上手になってくると時期に応じた開きが打てるようになってくる。ないし、ウワテがいろんな開きを使い分けるのを眼にすることが多くなってくる。
で、もうちょっと強くなってくると、石の形はウワテとそんなに変わらないように見えるのに、いつの間にか大きく遅れを取るようになったりする。そんなときに「模様の天王山」の意識がとても大切に思えてくる。
さらにもうちょっとうまくなると、今度は「ヤキモチ」病を発症する人が多くて、「厚みなんざなんぼのもんじゃい」と、いかにも無理な戦いをしかけて、えらくひどい目数差で負けてしまったりする(^^;。相手の厚みに敬意を表しすぎて、今度はいかなる場合にも「楔を打ち込む」ことなんてできなくなったりもするしね。
この本は、全て全局問題で、ABCの選択肢なく「どこに打ちますか」という問題。「単に問題が羅列された本」と思っちゃうかもしれないんだけど、テーマを意識することによって、自分の中の「バランス感覚」ってのが養われる好著だと思います。
白紙の状態で本書に触れるのも良いし、また自分の弱点を意識しているのなら、最初に自分の得意とするテーマの問題と、苦手とするテーマの問題を集中的に解いてみるのも面白いかもしれません。得意とするテーマの中でも「それは行きすぎです」なんて解答を読むと自然とバランス感覚が養われ、そして苦手のテーマ問題も冷静に考えられるようになるかもしれませんよね。
さすがに私は本書の問題はほとんど間違えませんが、「ああ、良かった。バランスが崩れてるわけじゃなさそうだぞ」なんて確認用にも使えます(^^)。
先日の記事(棋譜を覚えるようになってできるようになったこと)にトラックバックして頂いた「脳内碁盤」という記事を拝見しました。
前に脳内碁盤について書いたときに書き忘れたなと思ったことがありまして、ちょうど良い機会だから書いておきます。
前にとある五段+の人と一緒にプロ棋士(U先生)と話をしていたときのこと。その五段+の方が言いました。「君の持ってるその手筋の本、ちょっと見せてよ」。お見せすると「おや、なかなか難しいなぁ、これ」。そのやりとりを見ていたU先生はちらと一目見て「まあ私ができなきゃ話にならんですね」と即決(^^;。尚もその五段+氏が本を見ながらうんうん言っていると「詰碁とか手筋は考えるときには本を見ずに考えるものだよ」と。
当時の私は初段あるかないかくらいの棋力。純粋に「へ〜、そんなことができる人もいるんだ〜」なんて思ってました。でも脳内碁盤を持ち始めた今の時期ならある程度できるのかもしれませんね(^^)。今後は「頭だけで考える」を実践したいと思います(^^)。
上の人から見れば「何を当たり前のことを…」なんてことなんでしょうけね。級位者の頃は「強くなった」という実感があっても、何か新たなことができるようになったとはあまり感じなかった。当時も「強くなった」と実感するのは楽しかったけど、こうして実際にできることが増えていくのも励みになります(^^)。
まず私にとって大きなこと。それはシタテの子と打ってるときに、局後の検討ができるようになったこと(^^)。まあ未だに相手の手が思い出せなくなることもあるんですけどね(^^;。でも検討してあげられるとウワテっぽくていいでしょ(笑)。
まあ、プロの棋譜を覚えられるようになったから自分の棋譜も覚えられるようになったってんじゃなくて、これは単に時期が重なっただけなんでしょうけど。
で、棋譜並べをするようになって一番驚いたこと。それは棋譜を解説した棋書などを読む手間が大いに減ったこと。
棋譜解説の本って、しばしば「黒33ではAに飛んでおくのが良かったのではないか。それにより白35、黒36、白Bとなっては黒の打ちやすい局面だった」なんて解説があります。これ、私は盤上(実際の碁盤かPC碁盤かを問わず)に並べてみないとわからなかったんですよね。それで「う〜ん、棋譜解説の本って読むのが面倒くさい」と。
でも、いろんな棋譜を覚えられるようになると、だんだんと「脳内碁盤」ができてくるんですね。「詰碁」をやることにより形成される「脳内部分碁盤」をちょっと大きくした感じかな。
この「脳内碁盤」ができると、「黒33では…」と言われたときに、脳内碁盤には白32を打った時点での様子が再現されるんですよね。で、「Aに飛んでおくのが良かった」という解説を見て、黒Aに打った図(他の余計な碁石を除いて)が並べられるんです。
これに気付いたときはすごく驚いたけど、これができるとすごく便利。棋譜解説の本も電車の中で読めるようになるんです(^^)。もちろん、今の私は「黒321の手では…」とか言われると、ちょっと手数が長すぎて脳内碁盤が崩壊してしまいます(爆)。でもそれは今後の訓練で対応できるようになるのかな。
この「脳内碁盤」。実戦にどう役立つかは知らないけど(爆)、少なくとも「囲碁の楽しみ」を三倍増くらいにしてくれます。きっと強い人たちは3つくらい平行して脳内碁盤をもてたりするんでしょうね〜。そういう境地は想像すると楽しいです(^^)。
今の棋力になっての結論として、「あまり初心者のうちからの棋譜並べは大して勉強にならん」と思っています(^^)。思っていますが、それでも「先日の棋聖戦、二回も切り結ぶ形が出てきて面白かったね」なんて言いつつ、すらすらと碁盤に並べれば、それはそれで格好良いですね(^^;。あるいはいぢわるばかり言う高段者の前で、さっさと「耳赤」の棋譜を並べて、例の手の前で「さあ、あなたはどこに打ちます?」とか(笑)。
そんなわけで「どうしても棋譜並べ」をしてみたいという人のために、私が実践している簡単な棋譜の記憶法を記しておきます。
で、上図を見て頂ければすぐにバレちゃうように、私の使っているのはやっぱり GoBase.org。
ここは英語サイトですが、世界中の囲碁情報が集められていて、ビッグタイトルの棋譜も、たいてい翌日には掲載されます(棋譜の閲覧等、便利な機能を使うには無料アカウント登録が必要です)。
このサイトで自分が並べてみたい棋譜を検索(棋士名で検索できます)して、ブラウザ上に目的の棋譜を表示。いったん棋譜が表示されればあとは見てわかる通り、矢印ボタンを使って手を進めたり戻したりすることができます。
そして。
これからが本題なんですが、ここの碁盤は棋譜を閲覧するだけでなく、自分で着手することができるのです。そして着手位置が正解ならそのまま碁石が表示され、もし間違っていると、上図下部に表示されている緑のインジケータが間違いの大きさに応じて赤い表示になります。
つまり、何度か表示させてそろそろ覚えたなと思えば、矢印ボタンではなく、碁盤上をクリックすることで着手を進めていくことができるのです。わからなくなれば矢印ボタンを押せば正解がすぐに表示されるし。
これはすごく便利で、私がこれまでに覚えた棋譜は、すべてこのサイトを利用して覚えています。
本題はここまでで、あとは補足。
囲碁の勉強に棋譜並べが良いというのはよく言われています。但し、着手の意味がわからずに棋譜並べをするのは、効果なしとは思いませんが労多くて実り少ない学習方法だと思っています。そういう時期には棋書を読む方が勉強になる。
また、上では「棋譜並べ」と「棋譜暗記」を同じもののように扱ってますが、私は基本的に同じものだと思っています。プロでなく、しかも棋力がさほど高いわけでもない私たちに、プロの着手の意味を「全て理解する」ことなど望外のこと。であれば、一手置いて「ほほ〜」なんて感心することもできません。全体を覚えて、そこから「雰囲気」や、運が良ければ「利き筋」を感じて勉強するんですね。
さらにPC上で棋譜並べをすることに、物足りなさを感じる人もいらっしゃるかもしれません。棋譜並べは総譜を見ながら実際の盤上に並べる方が「本格的」な感じはしますよね。実は私もそうでした(^^。
総譜を見ながらの棋譜並べに3時間を要した私。それでも「棋譜並べとは総譜を見ながら行うもの」と思っていました。が、ユパ先生の一喝。「無駄ですね」(笑)。以来私は部分譜を見ながらの棋譜並べを行っていたりもしましたが、この Gobase.org の碁盤を利用した棋譜暗記の方がさらに効率的なようです。
図に表示しているのは、既にお気づきでしょうが今期棋聖戦第二局。128 手という短手数なので覚えやすいですね。そんな中で切り結んだ形が2度も出てくるのが面白いし、大石を取るか取られるかの中での利き筋や用心の一着なんかも出てきて、まあ参考になります。最初に覚える棋譜としてもわりととっつきやすい棋譜だと思いますよ(^^)。
そうそう、昨日の記事に書き忘れたんだけど、N埜さんの疑問はもうひとつあった。それは「前田さんはよく本手を打てと言いますが、それで相手が頑張ってきたときに遅れないか不安になるし、それにやっぱり『さっきの悪手が好手に化けてる!』みたいな手を打ってみたいんですよ」。
まずひとつ目。「手が遅れるんじゃないか」の不安について。
これはね。経験で感じて貰うしかないんだけど、「遅れる」不安を感じたとき、「やばいっ」と焦るんではなく、「いっそのこと徹底的に遅れてみるか」と思って一局を打ってみてください。最初のうちはそれをやると負けると思うんです。でも負けが十目とか二十目とかで、そんなにヒドク負けるわけではないことに気付くと思うんですよ。その碁を経験してから「あれ、俺あんなに遅れて打ってたのに十目しか負けてないの?」という驚きを体験して、そして「ならあそこの勝負所だけもうちょっとしっかり打っていれば勝ったんじゃないの?」なんて考える。
私がこういう「遅れまくるけど細かい碁」を初めて打ったときは衝撃でしたよ。囲碁ではよく「順番に打つんだからひどいことしなきゃ、そんなに惨く負けることはない」と言いますが、それを実感することができます。それを実感すればもう有段者まであと一歩。
それに自分が「しっかり」打ってるときに相手が「頑張ってくる」のは大チャンスなんですよ。「頑張る」ことは「隙」に繋がりますからね。一方が本当にしっかり打っているのなら、相手の「頑張り」は、いつか「借金」として現れてくるはずなのです。
次に「格好良い手」を打ちたいということについて。
これはいろいろ難しいけれど、「格好良い手」は基本的に「単一の局面ではあり得ない」という認識を持つと良いんじゃないかな。「悪手が好手に化ける」ってのは、ある局面で見ると悪手なんだけど、他方面との攻防の絡みで好手に化けるんですよね。だからそういう手を打つためには全局的な判断力と読みの力が必要。
級位者のうちは、全局的な判断なんてのはできても、全局的な読みはちょっとできないと思うんですよ。「ここはこうなる相場」っていう知識もないし。
N埜さんが言ってるのは、たぶん「格好良い手」ってのは「頑張る」ところから生じるんじゃないかということじゃないかと思うんですよね。でもこれは、とくに私レベルくらいまでについて断言すると「そんなことはありません」。頑張ることから生じるのは「隙だけ」と思っても良いくらい。
え〜、そんなことなら囲碁とは決められたことを単調にやっていくだけなの? と思われちゃうかもしれない。それは「ある意味で」正解です。最初から最後まで独創的な手で碁が打てるわけじゃない。決まり切ったことをしっかりこなすことが碁の第一歩。
でも、もちろん碁はそこで終わりじゃない。まずは「決まり」がちゃんと打てるようになり、そしてその「決まり」のコンビネーションがいろいろと打てるようになる。この頃にだいたい有段者になります。そしてそのコンビネーションをいろいろ判断するうちに「手抜き」とか「先にこっちを決める」なんてことができるようになってくる。そんなときになってようやく、「ヒカルの碁」に出てくる「さっきの悪手が好手に化けてる!」という手が打てるようになるんです。
もちろん。「囲碁の楽しみ方」も人それぞれ。5級くらいになれたらそれで幸せって言うのなら、最初からずっと独創的な手を打って楽しめばいい。それを否定するつもりは全くない。
でもね。「うまくなりたい」と思うのなら、上に書いたような手順を踏むのが最短だと、少なくとも私は信じています。「俺はもう初段ではあり得ない」と、そう思ったときに見える囲碁の世界って本当に魅力的で楽しいものです。「5級くらいで同じ棋力の人をやっつける」なんてのより遙かに楽しい。そういう世界を見て貰いたいななんて思ってるから、ちょっと傲慢だなと思いつつ、エラソーなことを書きました(^^)。
岩波書店の本日の名言。『孫子』の文章ですが、
母国に帰る敵軍はひき止めてはならず、包囲した敵軍には必らず逃げ口をあけておき、進退きわまった敵をあまり追いつめてはならない。
って、囲碁の打ち方そのままじゃないですかねえ。相手が弱い石に手を入れて守ったら深追いせず大場に回る。相手の逃げ道をこちらが指定してやって、そっちに逃がしながら他面で得をするようにする。
相手が一手入れてもまだ利きがあるからと全部決めてしまう。それによって自分のダメが詰まって後の戦いで不利になる。自分の陣形を崩しても相手の出口を塞いだのは良いけれど、逆襲を喰らって自軍の連絡が絶たれる。
「石を取らない」って、慣れてくるとすごく快感で、なるべく石なんか取らずに勝ちたいものと私は常々思うんだけど、それは私が陰険だからかな(^^;。まあ確かに。相手の石を取るのは即時に入手できるキャッシュ。石を取らずに打つ碁は「将来が楽しみ」という打ち方。もしかしたら「国民年金」みたく破綻しちゃうかもしれないという危惧はありますね(^^;。
私が先日書いた「逃げたり取ったり」の記事に言及した「『次の一手』不要論」という記事を見かけました。
先方の記事における論旨はともかく、私の記事の方、書き方が半端で誤解を与えてしまっていたかもしれない。
私は元記事の方で、「次の一手がぜんぜん解けなくなることもある」として以下のように書きました。
碁って、覚えてすぐはとにかく石を取られることが嫌いで地が好き。だから「次の一手」なんかもとにかく地を取るところに目が行きがち。それから次第に「バランス」を考えるようになって、それからさらに「厚み」なんていう難しいことを覚え始める。で、そんな中で趙治勲や張栩の打ち碁を見てまた地に辛くなったり。
そういう揺れの中で「次の一手」で全然正解が出せなくなることはあり得ます。あり得るというか私も通った道です(^^)。
私は、この記事によって「よって次の一手問題というのは曖昧なものだ」ということを書いたわけではないんですね。
問題集に載っている問題というのは、さすがによく考えられていて(まあ何事にも例外はあるけど)、私ごときの好みによっては変化しない「絶対の一手」が回答になるシーンが選ばれている。それなのにこちらの「好み」によって回答を間違えてしまうのは、自分の「バランス」が壊れてしまっているということが本旨です。よって問題集をやって、バランスの崩壊を矯正することが必要になると。
確かに序盤・中盤の次の一手が、詰碁における次の一手のように「それしかあり得ない」というものではない。敢えて盤上のバランスを崩すことを選択する場合もあるでしょう。でもバランスを「崩す」と「崩してしまう」は似て非なるもの。自ら「バランス」の判断ができないうちには、バランスを崩すことの善悪判断もできない。
私レベルでは、なかなかそんな高度なバランス判断はできません。だから問題集をやって「あ、そうだったな」と思う。「今、ちょっと私の碁のバランスが崩れてしまってるな」と反省するわけです。
「どこに打っても一局」とか「構想は自由であるべきだ」と、五段の人が言うならば私は同意します。でも棋力の低い私にはそうは打てない。そして入門者たちが「構想は自由であるべき」というとき、私はむしろ基礎を蔑ろにする傲慢にいたる危険を感じてしまいます。
ちなみに。
私の弟子が、私の「それはないね」に対して「え〜、もっと自由に打ちたい」なんて言うとそれだけで破門になってしまいます(苦笑)。
昨日の記事にも書いたけど、久しぶりにT先生がやってきた。教室を見渡すとチョウウが暇そうにしてる(笑)。で、決めた。「ああ、じゃあ彼と打ちなさいよ」<なぜ偉そうに俺が対局相手を決めてるんだ(^^;。
「う〜ん」と考えた私。「じゃあ七子にしましょうか」。いや、九子で十分なんだけど、九子だとT先生も一所懸命打たなくちゃいけなくなるので、いきなりやってきたゲスト扱いのT先生にそれじゃあ可哀想かと思っての手合い。そこにF先生がやってきた。
「あ、T先生とチョウウの対局ですか。手合いは?」。私が応えて曰く「ええ、取り敢えず七子にしようかと思って」。「え〜。九子にしましょうよ、九子」とF先生が盛り上がる。ふふ。T先生はやっぱり生徒の方がカワイイらしく(笑)、T先生の苦労は知ったこっちゃないみたいだな(^^;。
私も自分の碁を打ちながらだったのでイイカゲンだけど、序盤はこんな感じ。

白3と5のコンビネーションが面白いかな。中央への足がかりを見てるんだけど、黒にあっさり形を決められると下も上も打てなくなっちゃうことがあって、ちょっと怖いんだけど、だからと言って低くばかり打ってると中央が真っ黒になって困ってしまう。チョウウの黒6の方向は白1に対するプレッシャーが強くって良い感じだと思う。
で、黒10まで進んだ時に声をかけた。「いろいろ打ってみましたけど全部冷静に受けられてちょっと困ったって感じの白かな?」。「ま、ここからですね」とT先生。
そう、九子局の場合、初手から積極的に戦えという教えもあるし、プロの間では白1に対してボウシで受けるのが最強の法則だなんて説もある。でも実は、こうやってじっくり受けられても白は困るんだよね。
確かに「まだまだこれから」なんだけど、ここから白が積極的に仕掛けていかなくちゃいけない。九子なんていう大ハンディがあるときに白から積極的にいくのは大変なこと。できれば黒に動き出して貰って、その黒の間隙を突いていくという打ち方をしたい。ただでさえ白は打てば打つほど可能性が減るのに、自ら積極的に可能性を減らすのは辛い。
チョウウはこの後も冷静に受け続けて、白が「生きるための手」を打たされたり「手を戻す」打ち方をせざるを得ないようなシーンもあった。白は「え、私の石が死ぬことなんてないんじゃないですっけ?」と打ちたいところなので、手を戻したりするのは本当に悔しい。黒優勢という場面がしばらく続いてたんだけどね。
結局最後は白の八目勝ち。ちょっと死活を間違えて粘ったところのアジが悪くなって十数目損しちゃった。あそこをアジ良く死んでおけば勝ってたみたい。
私は、以前から通われているNさんとおっしゃる男性との対局。初めて対局したのはもう1年以上前かな? 当時「ああ、この方強いな」という印象だった。最近ちょっと伸び悩んでいらっしゃるようなので、その原因を探るための碁でした。
結局手合いは定先で二局。一局目はこんな感じ。

「こう打ちたい」とか「あっちが大きい」なんていう判断はできてるみたいですね>Nさん。ただ、「部分での損」をやや甘く考えてるところがある。たとえば左上(私から見て棋譜を書いているので、ちょっと向きが変ですけどご容赦)。
黒9も相手からに開き兼ハサミを打たれるのでどうかなとは思うけれど、そこから黒11と展開したのはまあ機敏。白は「一番ありそうかな?」ということでコスミを打ってるんだけど、ここでの黒13、15がちょっとヒドイ感じ。両ガカリを打って一番「無難」に分かれるのなら、やっぱり三々入りがわかりやすい。そうすれば全ての石が一応働いてくるんだけど、実戦の打ち方だと黒9は単なるモチコミになっちゃってる感じ。
黒25はまたちょっと違う甘さなんだけど、上辺を荒らされるのが怖かったとのこと。ここ、怖いなら一路上でガチガチにしちゃっても良いですね。こうやってハザマを開けるのは、後からいろんな手が飛んできて受け方が難しくなる。
でもそもそも上辺はガチガチに固いところ。白は入っていこうなんてほとんど考えないところです。そこを自ら守ろうとする発想が良くない。「俺のこんなガチガチなところに来るなら来てみろよ」と、相手が削ろうとしてきたら喜んで戦いつつ受けるところですね。
27のボウシも上辺を広げてる「感じ」がするけれど、ここもハザマが空いている。「守れれば大きい」のは確かなんですが、守る際には「一手で守れるのか」が判断基準になります。大きな場所を「一手で守れる」なら守っちゃえばいい。でも実戦のように、ハザマが空いてアジが残ってしまうのなら、そこで「守り」を打つのはちょっと間違っているケースが多い。
結局この碁は右辺の石を丸飲みされてしまって白の大勝になっちゃいました。黒は上辺を守ったのでそこを消されたくなく、そっちを大事に打っているうちに右辺の弱みを突かれてしまった感じでしたね。
守る手を打ってしまったら少々の犠牲には目をつぶって、守ろうと思ったところを守るのは理にかなっています。でもその「少々の犠牲」があまりに高くついてしまうのならば、そもそも「守る」ことが間違いだったということ。ですから碁で「守る」「囲う」ことはあまり良くないケースが多いのです。その辺りをこれからの判断基準のひとつとしてください。
え〜と、なんか長くなってきちゃったな(^^;。
教室後の反省会という渾名の飲み会(笑)で、Nさんが言ってた。「どうも置き碁ってのは打ちにくいんですよ」と。
そうなんだよね。「置き碁」と「互先の碁」をリンクさせて考えられるようになれば、それだけで結構強くなってると言えると思う。最初のうちは両者をベツモノと考えて、置き碁はあまりうちたくないと考えてしまうのも自然なこと。
こういうとき、とにかく1度置き碁で「しっかり勝つ」ことが参考になります。たとえば私に五子で勝てない人なら八子くらいにしてみる。それでも負けたら十一子や十三子で打ってみる。そしてとにかく勝つ。勝ちを得るところから「置き石の価値」がわかってきて、そうなってくると「戦いをいかに戦い抜くのか」なんて考えが出てきて、それが互先の碁にも活かせるようになってきます。
「勝負」の場だとなかなか「絶対に負けない」数の置き石を置かせてくれたりはしませんが(^^;、ハッピー・マンデー教室だとそういうことも可能ですね。「やってみたい!」と思ったら声をかけてください(^^)。
あ、そうそう、それから。五子でどうしても勝てないならば、黒白を逆にするのもときに効果がありますよ。当然五子置いて勝てない相手に五子置かせれば負けるに決まってるわけですが、そういうときにウワテが打つ五子局はあまりにも簡単に勝ちを持って行きます。「ああ、そんなに簡単なものなのか」と参考になると思いますよ。これも打ちたければ声をかけて下さい(^^)。
BUBI さんが、昨日の棋譜検討および私が彼女のブログに寄せたコメントに際して記事を書いてくれていました(^^)。
BUBI さんの棋譜でとても気に入った手がひとつあって、実は彼女はそれを「私がドヘタだとわかる手があります」と、むしろ大悪手だと思ってたようなんだよね。私は棋譜を見ていって、そして BUBI さんがどの手のことを言ってるのかすぐわかった。「あ、この手のことだ。でもこれは他の手と首尾一貫しててなかなかの好手だぞ」と。
でも実は。BUBI さんのその手は「たまたま」そこに行っちゃっただけだと思ってたんだよね。相手にわかんない手を打たれたから、「もういいやっ」なんてテキトーに打ったら良い位置に行ったんだと。
ところが彼女。「今相手に打たれた手はわからないので、他に大きいところはどこかな」とちゃんと考えてそこに打ったらしい。私の言う「王立誠」にびびってしまわず、かつ「あまりな好手」に見える手を打つ。しかもちゃんと考えて打つ。なんかすごいよね〜。私が対局相手なら、そこに打たれただけで「ああ、もうあとは打ってもしょうがないですか?」なんて投了申告しちゃうかもしれない(^^;。
まあ彼女、その後の手で、そのせっかくのウルトラな好手を活かしきれていなかったわけだけど、でもそういうところに手がいく「感覚」って羨ましいくらい。
ハッピー・マンデー教室にも、そういう凄い手を打つ初心者っているんだよね。どう考えても読めてたり「石の形」で打ってるわけでもないと思うのに、「絶対に逃せない急所」みたいなところに石が行く人。振り返ってみると、私にはそういう経験がないんだなぁ。まあウワテと打つ機会もなかったから、たまたま「事故」で良いところに石が行ってても気付かなかったってのもあるけど(^^;。
私がエラソーに指導碁を打ってるとき。相手の形が凄く良いところ/凄く悪いところに石を置くと、その理由をけっこう執拗に問いただします。たいてい「なんとなく」という返事が返ってくるんだけど「なんとなく攻めたかったんですか、それともなんとなく守りたかったんですか?」と。で、「なんとなく守りたかったんです」なんて言うと「ではこちらに守らずに、そう守ったのはなんでなんでしょう?」なんて。
まあこう問いただすのも善し悪しなんだろうけど、好手にせよ悪手にせよ、その手を印象に残してもらいたいからなんですよね。深い読みなんてできるわけがないけど、そういう「急所」が印象に残れば碁は強くなるし。人によっては「なんでこの手についてそこまで言われたんだろう?」なんてじっくりと考えて、その手を打ったことによって数段階棋力を伸ばしてくれるかもしれない(^^)。
シタテの人は、どうしてもウワテに遠慮しちゃうところがあって、ウワテがいろいろ言ってわかんないとそこでわかったフリをしちゃうことってありますよね。でもウワテがクドクドと言ってくるなら、ウワテもそこに拘って欲しいと思ってる。そういうときには徹底的に、納得いくまで教えて貰うのも良いですね(^^)。
ちなみに私レベルだと、シタテが拘ってるところで「逃げ腰」になっていることがあるかもしれません(^^;。それは私に自信がないからです。そういうときは暖かく見守ってあげて下さいね(^^;。
昨日は授業の開始前にコバピと九子で打ってみた。
当然のことなんだけど、九子ってのは「ちゃんと打てば」碁にならない。黒が勝つに決まってる。でもそこで「ちゃんと」打てないのが黒番の悲しさなんですよね…。
普通、ウワテってのは九子ともなれば「黒が勝つのが当然」と思ってる。とくに私なんかがコバピくらいを相手にする場合はね。基本的に「方針」ってのもなくて、「形を決めないように」、「隙間の大きいところに」と思って打っていく。
白1のカカリに対する黒2のウケ。やや甘いんだけど、これは別に悪くない。むしろ「しっかり打ちます」という態度表明のようで私はわりと好き。白3の逆へのカカリは、石がやや固まってしまうのであまり好きじゃない。ウワテがよく打つのは O3 と逆からかかる手。そっちの方がもちろん筋は良いんだけど、私はその打ち方を打ち切る自信がないんですよね(苦笑)。
で、R6 に対する O4 のウケも良いところ。白1の石と白3の石、両方しのぐと黒は中央が厚くなりますよと言ってるような手。
で、次の白5も置き碁ではよく出てくる形。でもこの打ち方は本来白が無理。ただ九子も石を置かせているので「取り敢えず」置いてみてるんだよね。で、黒としては九子も石があるんだから、基本的には「どう打っても勝つ」んだけれども、実戦の黒6はちょっと疑問でした。
ここにコスミ付けられた白は、M4 に立つのが絶対の一手。すると右下隅の風景が「あれ、黒もちょっと不安かしら?」と思える図になってしまう。本当は黒には何の不安もないんだけど、そこは九子の手合い。白からどんな手が飛んでくるかぜんぜんわからなくて不安になる。黒の L3 へのコスミツケは自ら望んで不安を招来してる。
囲碁の基本のひとつに「弱い石から動く」ってのがあるよね。で、何度も言うけど全局的に見れば黒に弱い石なんか全くないんだけど(笑)、ただ L3 へのコスミツケは自らの石を(相対的に)弱くする。
こういうときは弱くなる隅から動くのが常道。たとえば R5 にコスミツケて白を Q6 に立たせる。それから N5 にコスむ。
その変化になれば R6、Q6 の白石は「強い」のではなく「重い」。そして M3 にある白石も「モチコミ」の状態。その変化で黒に悪いところはなにひとつないんだよね。白はまず重くしてしまった二子をシノギにいかなくちゃしょうがないんだけど、そうこうするうちに右上の白が弱くなることになる。
この九子局は途中で打ちかけにしたんだけど L3 のコスミツケのせいで碁を難しくしちゃいました>コバピ。コスミツケは相手に必然の一手を打たせることになるけれど、その必然の一手の後の風景を想像しながら打つようにしよう。それから最近私が何度も言うけれど、「私たちレベルの打つコスミツケはたいてい悪手」。コスミツケを打つなとは言わないけれど、コスミツケを打つ前に必ずこの言葉を思い出してから打つこと。それでも「ここはコスミツケが好手のはず!」と思う場合にのみ打てばいい。その考えが君の棋力を伸ばすはず。
尚コバピ。今日の講義の後は、私の見立てによれば四子局白番ないし五子局白番の相手に互先で打たされたそうだ(^^;。講師の方が私とコバピの九子局をよくご覧になってるからかな。
ひとことコバピの名誉のために言っておくと、私はほとんどの人の九子で勝ちます>F先生。騙さなくてもほぼ勝つはずだし、騙しありなら負ける気がしない。私がコバピ以外の人と五子や七子で良い勝負をするのは「指導」だから。
コバピと打つ時の私は「かなり全力」です。自分の緩着に思わず呻いてしまうほどに真剣です。ですから私を中心にコバピの棋力を測らないで下さいね。私が他の人と打つようにしてコバピと打つのなら五子か六子くらいが適切な手合いだと思ってますから。実際、コバピとの対局では六子でも九子でも私の苦しさは変わらないのです。
互先で打ったコバピの碁。コバピは百目差で勝利したとのこと。うん、そんなもんだと思った。君も「それなり」には強いんだ>コバピ。でも九子や八子の私を超えれば、君の強さは「かなり本物」になってるはず。めげずに頑張れよな>コバピ。
あれ、なんか真剣にコバピ応援しちゃってる。おっかしいなあ、そんなの俺らしくないなあ(爆)。
石倉先生の囲碁講座に、私の好きな小目定石が出てきました。私が好きで、よく打ちたくなるんだけど、相手がたいてい間違えてしまうので「ハメ手」風になってしまうのがイヤで打てない定石。
結構ね。ネット碁とかを打ってると、この囲碁講座に出てくる手を打つ方が多いんですよね。多くの方にこの定石を覚えて頂いて、心おきなくこの定石を打てるようになると良いなぁなんて思ってます(^^;。
前に「この定石覚えましょう!」と言っておいたへぼたろさん。もう当然覚えましたよねえ(笑)。
先日の記事(「六段に指導する?!」)に書いた、日野自動車囲碁部の厳しい指導(^^;。今回は「棋力別にみた上達の壁」。級位者編と段位者編にわかれてます。以前の記事に比べれば若干「甘め」ではありますが、でもわりと厳しい。この基準で言えば日本棋院有段者の集いにおける有段者は皆2、3ランク低めに申告し直す必要がありますね(^^)。
ひとつ、六段のところに書いてあった指標。「普通に打てば必ず細かくなるという自信がなく慌て過ぎることがある」。私がこのことを徐々に意識し始めたのは初段くらいのころでした。こちらが望まない定石を選択させられても、それによって一気に悪くなることはない。「ふ〜ん、碁って不思議だな」なんて思ったものでした。そして今、教室での私の指導も「打つべきところはちゃんと打ちなさい」というのが根本。それはすなわち「普通に打てば碁は壊れない」という意識によるものなのです。
日野自動車がもうちょっと近くにあってくれれば、教室の「若い女性たち」のツアーを組んで殴り込み(嘘ですよ、ごめんなさい(^^;)にも行ってみたいところですよね(笑)。
「読み」。
私がそうだったから言うんですが、この「読み」という言葉に騙されてしまっている人も多いんじゃないでしょうか?
「いった〜、ライト場外に消えるホームラン! どうですか、解説の五月女さん、今のはバッターの読みが完全に当たったんじゃないでしょうか?」。
私たちが最初に聞く「読み」って結構こういうケースだったりするんですよね。それで「読み」には「当たり外れ」があるんだと刷り込まれてしまう。
でもね。囲碁の読みには「当たり外れ」ってないんですよね。あるのは「読んだか、読んでないか」。私レベルだと「読みが正しかったか間違っていたか」。つまり「ちゃんと」読めば、その読みが「外れる」なんてことはあり得ない。
「当たり前じゃん、そんなの」と思ってる人は置いといて(笑)、私はこのことに気付いてから、結構強くなりましたよ〜(^^;。それまでは「う〜ん、相手、ここに打つかな? でもそうなったらだいたいこんな感じ」なんて考えて、それを「読み」だと思ってた。
実はそんなの「読み」じゃない。そんなのは「感覚」なんですよね。もちろん「感覚」で正しい手を想定することは必要なんだけど、本当はその想定した手をきちんと読まなくちゃいけない。囲碁の人たちはよく「第一感」って言葉を使いますが、まず「第一感」で「ここに置きたい!」と想定し、そしてその手の善し悪しを「読む」わけです。
囲碁の「読み」ってのは言ってみれば「虱潰し」なわけです。「え、そんな面倒くさいことやってんの?」と、最初のうちは思います。「そしたら打つ前からどういうふうになるかわかってんの? それってもしかして面白くないんじゃないですか?」。そんな風に思う人もいるかもしれない。
いやいや、そんなことはないんですよね。相手に「正着」を読まれても、その手が一番大きい。そういう手を求めていろんな変化図を読む。そういうところが碁の楽しみだったりするわけです。
「え〜と、相手がここに打ったら相手がよくなりそうだけど、たぶん相手はここに打たないな」。私はそういう「読み」を「念力」と称して多用していた時期があります(苦笑)。あるんですよね、私くらいの棋力で打っていると、相手が次にどこを打つのかが百パーセントわかるってこと。で、「どうせ相手はここに置くから他の手は読む必要がない」なんて思っちゃう。
経験者だからこそ強弁します。そんなの碁じゃない。そんな碁を打っていても強くはなりません。前から何度も書いてますが、囲碁には「相手が気付かないかもしれない手」ってのは基本的にはない。相手もこちらの思惑など全部わかってる。そういう前提でこそ、より囲碁が楽しめるんだと思ってます。
私が指導碁を打つとき、多くの人が「その手はなぜ打ったんですか?」と、私に問われていると思うんです。そう言うとき、実は私が「読んだ」最善手を打っていないからなんですね。その時に「いや、なんとなく」なんて言うとたいてい私に自分が置いた石をハガサれるでしょう(笑)。あるいは「いえ、ここが心配だったので」と言うと「心配」な変化図をやってみたりする。「ね、心配じゃないでしょう?」と結局またハガサれたりするわけですけどね(爆)。
なんだか話がずれてしまったけど(^^;、「囲碁の読みには『外れ』というものはないのだ」ということ、時々思い出して見て下さい。「詰碁」の勉強というのは、「死活」の勉強という意味よりも、より正確に、より早く、より急所の部分を読む練習をするという意味もあるんですよね。『ひと目の詰碁』が 0.1 秒で解けるようになっちゃった人も、そういう観点からもう一度問題を解いてみてください。きっと新たな段階に進化すると思いますよ(^^)。
さて、「もの言う翔年」というブログの記事に、「囲碁」と「学校教育」の比較があった。
こういう話になると、ほとんどすべてが「学校教育」の否定に直結してしまうのが、「お勉強」も好きだった私としては残念。記事にまとめられた「学校教育」と「囲碁教室」の特徴比較は以下の感じ。
B 囲碁教室の特長
まあ私も学校はさぼってばかりで、学校にはいろいろ文句もある(笑)。でもさぼっていたのは「学校教育」や、「知識の獲得」、「暗記」がつまらないと思ったからじゃない。
私の学童年齢には、徐々に「ゆとり」意識が現れ始め、そして「平等」意識が蔓延していたからだ。私は、たとえば明治時代の教養人の教養に恐れおののき、まだ何も知らない私ごときが「ゆとり」になんかおぼれていちゃいけないと考えた。「大学」に進めば学問の楽しみを満喫できると思い、そして大学に進んで、そこで楽しみを満喫するために「暗記」や「知識の獲得」が不可欠であることは十分理解してた。
三流中高に通っていた私は、学校では必要な知識を得られないので、より多くの知識を与えてくれる場、記憶しておかなくてはならないことをより多く教えてくれる場を求めて、学校から足が遠のいていたのだ。
囲碁教室が「学校教育」のような矛盾を抱えずに済んでいるのは、囲碁が「趣味」だからだ。少なくとも日本の囲碁教室で、「教室に通ったのにプロになれませんでした!」なんて生徒の父兄から罵倒されることはないだろう。教室も「誰でも五段になれますよ」なんて宣伝をしたりしてない。
学校教育の場には「誰もが勉強の面で一流になれる」なんていう嘘が蔓延してしまい、その嘘が多くの矛盾を生み出してしまったんだ。「誰もが大学に進むべき(2003年東京都大学進学率 45.9%)」なんていう阿呆な意識が学校教育を壊してる。囲碁に才能が必要なように、大学に進んで勉強するのにも才能が必要だという個々の意識があれば、学校教育はもう少しマシになる。
何度も書いたが、私は囲碁を「理解」したいと思い碁を打ち始めた。師匠というか、先生の死亡という「事件」を経て、囲碁を教えられるようになりたいと考えるようになった。そんな私は囲碁においても安易に「創造力」という言葉を使いたくない。
「囲碁は学校でやったお勉強とは違うんですよ」という言葉は、ある種の人々には単なるエクスキューズになってしまうこともある。まあ何度も言うように「たかが趣味」なんだから、どんなエクスキューズをしようとも自由だ。でも「もっと強くなりたい」「もっと碁を理解できるようになりたい」と思う人にまでエクスキューズを提供することにもなってしまってる。エクスキューズをエクスキューズと認識することすらできず、「強くなりたい」という夢だけを持つ人を産み出してしまっている面もあるのだ。
私は弟子たちに「創造力」や「感性」なんて言葉を使ない。私の苦労している姿を見せ、そして私が挫折している姿も見せつつ、その上で楽しいことがあるんだというふうに指導している