2005年08月11日

いけすかないオヤジの戯れ言(笑)

ああ、俺はオヤジさ(笑)。オヤジだから言えることもあるんだろうさ。じゃあ言っておこうじゃないか。

今は亡き、私の弟子一号がハッピー・マンデーに通っていた頃。私はよく「俺たちは恵まれているんだ。恵まれているからこそ『遠慮』の意味を自覚したい」なんて話をよくしてた。弟子はよくできた奴だったので、私にそう言われると、自分の行いの悪い面を悉く反省していたな。

たとえば。

ハッピー・マンデーの対象棋力じゃないにもかかわらず教室に通いながら、自分が得しようとするのはやめろよ。いつもいつも当然の権利のようにF先生に指導碁を申し込むのはいいかげんにしろ。ハッピー・マンデーとは、まずは初心者が最も得をすべき教室なんだと思い知れ。

棋院職員(?)。自分の職場だからと、自分の職場だから許される勝手を教室に持ち込むのはやめろ。職員室からコーヒーを持ち込み、かつ仲の良い奴に配るのもいいかげんにしろ。コーヒー好きはいつでもコーヒーが飲みたい。でも自販機においしいストレート・コーヒーがないから諦めてる。それを「ぼくは職場から持ってこれるので、仲の良いあなたには差し上げます」ってのは不愉快極まりない。

ハッピー・マンデーが始まった頃。「腹が減ってしょうがないんで」って奴は教室の外で、みんなに隠れてサンドイッチなどを食ってた。教室の中でものを喰うことが恥ずかしいという、最低限のモラルを持ってたな、やつら。「おみやげです〜」と、仲良し同士で分かち合い、油の付いた手で碁石を触ろうとは、すくなくとも初期ハッピー・マンデーの生徒には思ってもいないことだった。

「あの人たちは仲良しだから」と言いながら通う「オバサン」たちの苦痛を1mmくらいは思い知れ。

仲間が集うと自分の勝手は見極めにくくなる。その点は認める。しかし「見極めにくくなっている」という自覚くらいは持ってくれ。傍若無人の態度が、通い続けて棋力向上しない奴らに「なんかひっかかる気持ち」を生じさせてることに気付いてくれ。

と、じじいなので言っておく。

ま、仲悪いから面と向かっては言えないけどな(苦笑)。俺にも、あんたたちにも、意見できない「弱小」の奴らがいて、俺とか、あんたたちの「特権階級」ぶりを苦々しく思ってることがあるんだと、それくらいは想像していいな。

まあ教室の生徒の傍若無人は「金払ってんだからしょーがねー」という意味はある。でも、棋院職員(?)の傍若無人は言い訳きかねーよ。行動を改めて欲しい。

投稿者 前田博明 : 00:50

2004年06月14日

カタチって何だ! −講義−

今日の講師は高梨先生。「『大きい・小さい』を超えた手」と題して行なわれた講義は「必然の一手」のこと。

この「必然の一手」。ようは「カタチ」と言い換えても良いと思うんだけど、級から段などにジャンプアップする際に必須の知識なんだよね。「フクラミの急所」なんかが例。

級位者のうちはさ、「う〜ん、ここ打たないとダメだと書いてあったけど、でも他に打ちたい所もあるしな」と余所に回ってしまう。なんとなく得したように見えても、後でその部分が「アジワル」になってきたり、あるいは相手に打たれて、それが形勢を決める一手となってしまうことがある。

ウワテがシタテの碁を見るときも、こういう「急所への着手」を見る。ぱっと一目見て、急所の位置を一方の対局者ばかりが打っているようなら、打っている側が有利だし、棋力も上だと判断できる。私も以前、令文先生の奥さんと碁を打ったことがある。それを見ていた覚先生が「う〜ん、似たような実力ですが、ここを打たれた以上前田さんが悪くなりましたね」と。

当時は「まだ序盤なのになんでそんなこと言うかなぁ」なんて思わないでもなかった(苦笑)。でも今になって思えば、「そろそろ初段」と言われていた時期、私にはこの「カタチ」の概念が完全に欠けていた。今は、弟子たちがカタチの急所を逃して大場に先行すると、それを叱ってあげられるくらいにはなった。


講義後の対局は、小学生との対局だった。四子局。なんか私に似た所のある小学生で(笑)、なんかびびってしまって囲いに行き、そして大きなヨセを全部打たれるという展開になってしまった。結果は百十目程度と 70 目程度。

相手が「模様の接点」などを意識せずに囲いにきた場合、ウワテがその碁に勝つことはほんとうにイージーなことなんだなと勉強になりました。

局後には「俺、おっかないけど、取り敢ず碁のときは(こばぴを除き)殴ったりしないんだから、もっと積極的に打たなくちゃね」と。考えてみれば私もそのような指摘を受けていた(受けている?)なぁ(苦笑)。

かわいらしい小学生だった(え、あの、自分のことをかわいいと言っているのではなく(爆))。


講義前には教室に通う年長の男性同士の対局を見学していた。両方とも、たまに「ご指導下さい」なんて言って私と打ったことのある人。

お二人とも。打つ前に想像していたよりもずいぶん強いんだよね。大場の意識はあるし、カタチの意識もそれなりにある。ただ今のところは「利き」の概念がまったく頭にない。まあ私も「利き」には弱いんだけど(笑)、彼らの場合は直近の利きを読まずに、相手に利きを打たせる、ないしは作らせる悪手を連発する所がある。

まあ。そういうところが意識できれば一桁級どころか、すいすいと有段者になっちゃうかもしれないけどね(笑)。


でね。教室には女子高生もいるんだけど、彼女がなんか宿題のレポートをやっていた。資料をちょっと読ませてもらうと「リービッヒの最小律」なんてのが書いてある。

私は不勉強ゆえにこの「リービッヒの最小律」を知らなかったんだけどさ(「生物」の授業なんてほとんどやってなかったし)。「植物の生育は、必要な元素のうちで最小量のものによって制限される」というものらしい(間違ってたらごめんね)。

「そんなもんあったりまえじゃんな〜」なんて考えてふと思った。

囲碁ではさ。この「最小律」が成り立たないね。たとえば「序盤」「死活」「攻め合い」「ヨセ」なんてものに分けて考えてみよう。私の場合「序盤」は強い(当社比(笑))けれど、「攻め合い」とかは面倒くさがってしまいがち。「死活」と「ヨセ」はまあまあそれなり。でも私の棋力が「攻め合い」によって決まっているのではない。

あとさ。人と打っていて、やけに序盤が弱い人がいる。「なんだコイツ。むちゃくちゃ弱いじゃねーか」と思ってると、「攻め合い」がやったらと強くてひっくり返されたりするんだよね。

「こんなに勉強しているのに強くならない」と思っている人も結構いると思います>ハッピー・マンデー。でもさ。結局最終的な棋力ってのは、序盤から終盤の各局面の平均みたいなもの。序盤を必死に勉強しても、確かに綺麗な序盤は打てるようになるけれど、それだけで攻め合いに強くなったりはしない。

ある程度のウワテになれば、「自分に欠けているもの」とか、「勉強すれば最も効率よく強くなる部分」というのが見えてきます。

でもね。そうなるまでにもある程度バランスのとれた強さを身につけておく必要がある。それまでは「焦り」なんて必要ないんですよ。自分のペースで、ゆっくりと、そして「面白そう」と思う所を勉強していけば良いのです。

「阿呆なことに悩んでいたなぁ」。囲碁を継続していれば、今の自分にとってドデカイ悩みでも、いつかそう思えるようになります(五段くらいに強くなるとどうなのかは経験がないのでわかりませんが(^^;)。

のんびり勉強し、できることならば「強いウワテ」ではなく「上手いウワテ」に出会って、囲碁を楽しんでいってください(^^)。きっと「え〜と、今の私の棋力は当時のシショウくらい。ってことはシショウって大したことなかったのね(^^;」なんて思えるようになります。

では、また。

そうそう。私と打つとやけに必死になってお礼を言う人がいますが(笑)。私にとって、シタテの方々と打つことは楽しみであり、そして勉強にもなりました。私にとってそういう意味があるからこそ、ハッピー・マンデーに居続けたわけですから。

みなさん、どうもありがとうございました。

投稿者 前田博明 : 23:00 | トラックバック (0)

2004年06月13日

じゃっきーさんの碁 Variations

- テーマ

心の底から感動した。「感動」と書くとなんか安っぽくなっちゃうけど。

合宿(「ふれあい囲碁祭り」という箱根での催しを「合宿」と呼んでいます)で見たじゃっきーさんという女性の碁。彼女は今、私と逆コミ百目で打って十四目負けちゃうくらいの実力。その彼女が合宿前に私に尋ねてきた。「前田さん、五子局ってどう打てば良いんでしょう?」。

私は。自戒を込めて言うんだけど、級位者のうちに相手に石を置かせることは大反対。白番は手がどんどん荒れていくし、黒番は恐怖感で碁が打てなくなる。身近に適切な批判ないし指導をしてくれる人がいなければ、級位者の置き碁は「棋歴五十年2級」への最短距離だと思う。

彼女相手に、ちょっと石を並べてみたりしながら解説もどき。主に布石感覚の話をした。話をしながら、「まあそんな完璧に打てるようになるわけがないよね」なんて思いながら。

で、合宿の最終日。おそらくは彼女の最終局。私の対局の合間の短い時間ではあるけれど、彼女の碁を見ていた。

凄かった。あやうく、後ろからポカポカと殴りそうになった(笑)。あるいは私が女性であったら良かったのにと思った。女性であれば「凄いね、凄いねっ」なんて言いながら彼女に抱きつきたくすらなった(苦笑)。

局面は終盤だったんだけど、彼女が本当に「しっかりした五子局」を打ったことは、その局面からもわかった。相手を「騙している」ところもない。彼女なりの本手を打って、そして目算してみればほとんど追いつきかけている。本当かな? と思って三度も目算をやり直した。

打ち掛けにしようよ」。教室で打っていた碁ならば、絶対にそう言ったと思う。彼女と、その相手だった人にとって、この後のヨセは「運」みたいなもんだろう。見たところヨセをしっかりと打てば白の勝ちになりそうな碁。でもそんなヨセが打てるかどうかはわからない。勝敗の結果で、ここまで素晴らしい五子局を打った彼女の努力を否定するようなことになったら悲しい。

私の対局後。同じく対局を終えたじゃっきーさんに会った。「良い碁だったね!」と言う私に、彼女は「せっかく教えてもらったのに負けました。すみません」なんてことを言う。数目程度の負けだったそうだ。やはり「負け」という結果が出た以上、彼女の実力では、まだ自分がどれだけ凄い碁を打ったのかわからないんだろうな。「あのね、凄い碁だったよ。俺はむちゃくちゃ感動したんだから」。

そういう私を疑わしげに見る彼女。「え、そうなんですか? 私、『せっかく教えたのに負けやがって』と叱られると思ってたんですけど」と半分冗談のように言う。そうだ、彼女は私がマジギレ(苦笑)した姿も見ているんだな(笑)。教室でこばぴを扇子音(?)高く殴りつけた(笑)ところも見ているんだ。

「あんな碁打ってて、叱るわけないじゃないか。本当に凄かったよ。あんなに打てるとは思わなかった。あれだけ打てるなんて凄い!」。言いながら盤面を思い出してみた。

(私の「指導」も含めて(笑))「いろんなことをヒントに、私に逆コミ百目で勝てない初級者が、一所懸命に素晴らしい碁を打ったんだ」ということが一目でわかる盤面。どう打つべきか悩んでいたじゃっきーさんの姿も浮かぶ。

「俺、関西人だったな」。突然そんなことを思い出した。「関西人である以上、褒めっぱなしで話を終わるわけにはいかんじゃないか。どっかで話にオチをつけなくちゃ」。

冗談めかしてオチにしようと思った。「俺ね、君の碁を見ていて涙が出そうになったんだから」。

そう言った私の目には、不覚にも涙が浮かんでいた。

結局、話自体にオチを持ち込むことには失敗したわけだ。でもエラソーな私が、人の碁を見て泣いちゃったこと自体がオチになったよね(笑)。本当に素晴らしい碁でした。「ありがとう」なんて言うのは変かもしれないけど、でもあんなに良い碁を打ってくれて、本当にありがとう。

投稿者 前田博明 : 23:30 | トラックバック (0)

じゃっきーさんの碁 Variations (2)

- 級位者と置き碁とシタテ打ち

手が荒れてきてますね」。

これは私のことをとても評価してくれている棋院職員の方が、しばらく前の私の碁を見てぽろりと出した本音。言われた瞬間はとても傷ついた。「シタテとばかり打っていると手が荒れるんですよ」。そうも言われた。その言葉も、いろいろとあってハッピー・マンデーに拘っていた私を大いに傷つけた。

もちろん、こちらが傷ついてしまったのはこちらに思い当たることがあったから。自分の手が碁になっていないようには感じられてた。それに棋書にはよく「二子程度のウワテと打つのが上達の早道」なんて書いてある。自ら望んで級位者の集う教室にいた私。「もうちょっと実力をつけないと、ハッピー・マンデーにいる意味もなくなるんだぞ」と、怯えてもいた。

残念ながら碁会所などに行く勇気もなかった私。とにかく棋書を買って勉強し、そしてたまに打って貰えるウワテの方々の打ち方を必死に覚えようとした。

「ウワテの方は、シタテに石を置かせるときも、最初から勝つに違いないと思いながら打つんですか?」なんてことをウワテの方に質問したこともあった。「置き石があるんですから黒の形勢が良いのは当たり前。で、こちらは普通に打つんですよ。それで形勢がよくならないんなら置き石の数がおかしいんです」。そんな回答を聞いて、ちょっと安心するとともに、「普通に打つというのはどういうことなんだろう?」と、いろいろ悩んだりもした。

ようやく。自分に「初段」の自信がついてきた頃から、シタテに対して「ちゃんとした(当社比(笑))」置き碁が打てるようになってきた。シタテが私に勝って、そして石を減らしてくる喜びが感じられるようになってきた。相手によって「ウワテから攻めるべき箇所」の選択もできるようになってきた。

私の、級位者のうちの置かせる碁は滅茶苦茶だった。シタテの人たちに迷惑をかけたと反省してる。そしてそれは自身にも跳ね返って、成長を遅らせることに繋がったと思う。

級位者のうち、置き碁はなるべく避けるべきだと思う。どうしても打たなくちゃいけない場合には、ときに腹立たしく感じることもあるだろうけれど、ウワテに自分の碁を見せて、ひどい箇所を指摘してもらった方がいい。級位者のうちにする「勝ち負けを競う置き碁」は、自分自身と、それから相手にとっても、百害あって一利なしになる可能性が高いのだと思っていて欲しい。

手が荒れていますね」。そういう言葉をウワテから聞くのはとてもショックだ。とくに自身に「指導碁」のつもりがあるときには。受けたショックから抜け出せないんじゃないかと思うくらいにショックを受ける。そうなる前に、なるべくなら無意味な置かせ碁を避けて、実力向上を目指すべきだと考えてる。

投稿者 前田博明 : 23:25 | トラックバック (0)

じゃっきーさんの碁 Variations (3)

- 言葉たち

■ 「私、前田さんの碁が好きですから」。
1年くらいも前になるのかな。壁にぶつかって、碁を打つ自信をまったくなくしていた私に対して、とある女性が言った言葉。弱いくせにエラソーに(苦笑)、「俺と打っても、その人のためになんかなりゃしねー」なんてことを(いや、本当にエラソーだ(笑))ウェブに書いた。その記事を読んで、照れながら彼女が必死に言ってくれた言葉。

いくら厚かましい私でも(爆)、さすがに「そうか、この子は俺の碁が好きなんだな」とは思わなかった。でも、さほど親しいわけでもない私を、一所懸命気遣ってくれているんだなとは思った。その気遣いが嬉しかった。

そういうことを言わしめた気遣いが、荒んだ気持ち(笑)を慰めてくれて、そして今の私に繋がっています。


■ 「今の前田さんになら負けても納得いきます」。
これは実名を出して問題ない。こばぴの発言。彼女は、言うなれば私の一番の被害者だ(笑)。扇子で教室中のみんながびっくりするくらいの音を立てて殴られることはさておき(爆)、級位者だった私にむちゃくちゃな指導碁という名のいぢめをくらって碁を壊した。一応「こんな碁に負けても悔しく思う必要なんてないんだよ」とフォローはしたものの、彼女は相当に悔しかったに違いない。

「ちょっと互先で打ってみようか?」。最近になって彼女と互先で打ってみた。50手ほどならべた時点で、盤面に置かれた石の形は既に碁になっていなかった。そこで出たのが彼女の発言。

私は強くなりました(笑)。そろそろ棋歴も二年になり、そしておたく心(苦笑)を持つ私は、徹底的に碁にはまってた。今なら、教室の生徒たちに「指導」できることも増えてる。

「今の前田さんになら負けても納得いきます」。この言葉は、私の「ハッピー・マンデー教室」に対する思いを認めてくれた言葉。彼女の意図以上に(?)私の心に響き、そして私を支えています。


■ 「合宿前に打ってみて貰えませんか?
勇気が必要だったろうなぁ。ハッピー・マンデーの、比較的新しい生徒が私に言ってくれた言葉。

彼女は私の傲慢さ(苦笑)も知ってるし、怒り出すと手が付けられなくなることも知ってる(大笑)。そんな私に向かって、彼女は勇気を振り絞って「打って下さい」と言ってくれた。

もちろん。彼女は「まあ教室では一番強いんだろうし、ちょうど良い練習になるかな」くらいに思っていたんだとは思う。でもこの言葉で、私は「ああ、教室にいて良かった」と心から思った。

実はあちこちで言いふらしている。「いえね、先日ね、教室の子が私に向かって『打って貰えませんか』と言ってきたんですよ。あはは。俺もちょっとは認められてきたみたいですよ」。この言葉もまた、彼女の意図以上に拡大解釈されて(爆)、私を大いに励ましてくれました。


■ 「ご指導頂けますか?
最近、教室の男性たちが掛けてくれる言葉。

前田さんは結局女好きなんですね」と、とある棋士に言われたことがある。まあそうなのかもしれない(爆)。でも本当は、ハッピー・マンデーの中では、男性と仲良く(仲良く、ってのもなんか変だけど)したいと思い続けていた。

「結局さぁ。俺が偉そうなのがいけないんだよね。なんか若ブッテいて、いつもだらしない服装をして、それなのにいつも若い女の子たちといる。そんな奴がいたら俺だって仲良くしたいとは思わないかもしれないもんな」。そう自省してはいた(笑)。でもそんなに若ブッテいるつもりはないし(苦笑)、だらしない服装は自転車通勤のせいだし、ハッピー・マンデー教室では若い女の子の比率が高いから、女の子といる機会が多いのもしょうがない(笑)。それに年下になら「教えてあげるよ」と言いやすいけど、年上の方々には「ご指導します」なんて言いにくいじゃんかね(笑)。

でも。ある方がまず最初に声を掛けて下さった。その方がうちのサイトを見ているのかどうかは知らない。でも「ご指導頂けますか?」なんて声を掛けられて、私は本当に嬉しかった。その方には同年代の仲間も多くいらっしゃり、その仲間の方々も声を掛けて下さるようになった。

自分から声を掛ける勇気を持たなかった私に、みなさんと打つ機会を与えて下さって、本当に感謝しています。「前田先生」と呼ばれるのはちょっとアレですけどね(笑)。


■ 「なんだ、強いじゃないか」。
ちょっと名前を出すのに差し障りがあるかもしれないので控えるけれど、とあるプロ棋士が言ってくれた言葉。一度、幸運に恵まれて指導碁を打って頂いた直後には言われた。「君、師匠なんて言われてるのに弱すぎる」。

「また来週打ってあげるから棋院に来なさい」。そう言われて私は棋院で彼と二度目の対局。今でもそうなんだけど、当時の私は重傷の「ウワテ恐怖症」。「ウワテの方が打って下さるのに、その碁を壊してしまっては申し訳ない」。そんなことばかりを考えて、手は縮こまり、思考はほとんど停止していた。

「俺は強くなる必要があるんだ」。そう考えて、「とにかく、もうちょっとちゃんとした碁を打とう」、と二度目の対局の前に、必死に自分に言い聞かせた。大袈裟でなく恐怖でふるえそうな自分を、「ここで見捨てられたら、強くなる事なんてできないんだからね」と叱責した。

「なんだ、強いじゃないか。初段だな」。二度目の対局の後、そのプロ棋士が言ってくれた。「今日の碁は残しておこうか」と言って、おもむろに売店で碁罫紙とペンを求めて棋譜を書いてくれた。「じゃあまた打とうな」と言って立ち去り際に、「そうだ、先日失礼なことを言っちゃったお詫びと、今日の碁の記念に」と扇子を頂いた。

一度目で完全に見捨ててしまっても良かった私に二度目のチャンスをくれて、そして認めてくれた言葉。この後、別のプロ棋士とも対局する機会があったんですが、そのときにはこの「強いじゃないか」の言葉が支えてくれました。後に対局した棋士の方も「ああ、やっぱり前田さんは強いんですね」と言ってくれた。二度目のチャンスを与えてくれた棋士がいなければ、私のウワテ恐怖症が(多少なりとも)改善することはなかったでしょう。

投稿者 前田博明 : 23:15 | トラックバック (0)

じゃっきーさんの碁 Variations (4)

- 囲碁とハッピー・マンデーと私

この話はあまりに個人的な話で気持ち悪いです(笑)。一応、警告しましたからね(笑)。

主題であるじゃっきーさんの碁。私の囲碁生活にひとつの区切りを与えてくれました。

じゃっきーさんの碁を見る前日、私は友人に電話を掛けました。それは「囲碁とハッピー・マンデーと私」の話。

実は今。ハッピー・マンデーにいることが凄く苦痛なのです。今回の合宿への参加を躊躇っていたのも、その苦痛が原因。合宿の二日目の終わりに、ハッピー・マンデーをしばらく休むことを決意しました。「これからは、これまで関係のあった人たちとではなく、ひとりで碁を打っていくよ」。そう伝えました。

合宿の一日目。何かと私を評価して下さるウワテの方に言われました。「シショウはさ、あと1年くらいハッピー・マンデーにいなくちゃな」。「何言ってるんですか。私はずっとハッピー・マンデーですよ」。その時は口に出しませんでしたが、ずっとそう思ってました。「だってね、最近はこれまで縁遠かった年長の男性の方々も声を掛けて下さるようになったんですからね!」。

「苦痛」とバランスを測って、それでもハッピー・マンデーにいることが愉しい、とそう思ってました。えと、「信じようとしてた」とか「言い聞かせていた」のかもしれないけど。

でも弱い奴は、苦痛を感じると、だんだんと人間性までおかしくなっていくんですよね。

上の「Variation」に書いてきたみたいに、ハッピー・マンデーは凄く嬉しいこと、愉しいこと、気持ちよいこと、勉強になること、etc. を与えてきてくれました。でも苦痛を感じる度合いが増えるに連れて、その嬉しさやなんやをちゃんと自分の中で評価できなくなってしまうかもしれない。きちんと評価すべきを評価できないのはクズだと思ってるのに、自分がだんだんクズ化しそうな気がしてくる。

自分の中で結論が出た合宿二日目の夜、眠れなくて、三日目は対局時間になるまで寝てました(ん? なんか矛盾だな(笑))。起きて慌てて対局場に行って。コンタクトのずれが気になってしょうがなくて。シャワーも浴びていない自分が気持ち悪くて。そしてトイレに行きたいなあなんて気を散らして。結局その碁は早々に投了。相手の方はきっと「なんて失礼な碁を打つ奴だ」と思ったでしょうねえ。

部屋に帰ってシャワーを浴びて、ずれたコンタクトを捨てて眼鏡にして、そしてトイレにも行って。そして気持ちを落ち着けて対局場に行ってみたのがじゃっきーさんの碁。

いや、「タイミング的にぴったりの時にじゃっきーさんの碁を見たから感動した」と言ってるんじゃないんですよ。彼女の碁は本当に「凄い」碁でした。

実は彼女の碁をネタに前にも記事を書いたことがありました。彼女と九子局を打ったときの話。彼女はそのときも、事前の私のアドバイスをきっちり消化して、私がこれまでに見た最高の九子局を打ったんです(ちなみに七子局で最高の碁を見せてくれたのはこばぴ。互先で私にいろいろと教えてくれたのはかおる)。そのときもちょっと感動して記事を書いたんだけど、関西人らしいオチが見つけられなくて結局公開しなかった。

彼女は。納得できる理由に基づいた説明があると、それをしっかりと消化するタイプなんでしょうね。今回のテーマである彼女の五子局も、タイミング云々じゃなくて、それ自体で感動しちゃう碁。

実際。彼女の碁を見たときには、前日電話で友人と話したことなど忘れていました。あとでそのことを思い出して、「そうか、これは天啓なのかな」と。

これまで存分にエラソーだった私(笑)。さらに傲慢に思いこみを言わせて貰うとさ(笑)。ある事件、なんてこのサイトでぼかす必要はないんだけど、でも「ある事件」をきっかけに、「初心者の人の指導ができるくらいに碁を知りたい」と思って居座り続けたハッピー・マンデー教室。そんな気持ちに、最近になってようやく実力が追いついてきた。

で、これがすごい傲慢な思いこみなんだけどさ(苦笑)「直前に俺に『五子局の打ち方』を聞いてきた子が、本当に素晴らしい五子局を打ってくれた」(笑)。これは「お前の望みは完遂されたぞ。だからもうお前の役割は終わったんだぞ」という天啓なんじゃないかな、なんて。まあ、苦痛が根にあるわけだから、「それは酸っぱい葡萄だよ」と言われれば反論はないんだけど(笑)。

でもともかく。「酸っぱい葡萄」ではあっても、本人の中で理論的に完結できるのが、クズ化しないための自己防衛なんでしょう(笑)。

これからしばらく、ひとりで碁を打っていきます。

でもね。月曜日と水曜日には棋院にいるんだな、これが(笑)。伸びた実力の運試しをしたい人。はやめに棋院にくればいつでも腕試しのメジャーとなりましょう(笑)。

今回の合宿で、えらく私を気遣ってくれたOさん、Sさん、Kさん。合宿の目標であった「途中で帰らない」を達成できたのはあなたたちのおかげです(笑)。ありがとうございました。

投稿者 前田博明 : 23:05 | トラックバック (0)

じゃっきーさんの碁 Variations (5)

■ (補遺)偽・じゃっきーの報告

「ほほう、武宮先生の本を読んでいるんですか」。言いながら、中年のクセして短パン姿の野郎が、本を読んでる私に近付いてきた。「てめーよー。自分のうちの庭仕事してんじゃねーんだから、TPO を考えろよ」。そんなことを思ったんだけど、入ったばかりの教室で「敵」を作るわけにもいかないし。それにこの中年男。なんか態度がやけにでかいので、もしかして指導員とかだと後でいぢめられるし。

「ええ、なんか武宮先生は攻めの棋風みたいで、それが私に合ってるかなと思って」。いちおー答えてみた。「なるほどね〜。そういう意識なら三連星はいいですね。でも私は三連星が打てないんですよ」。えっとさ。誰かあなたに「三連星は好きですか?」とか聞きましたか?

「ちょっと打ってみますか?」。そう言っておもむろに目の前に座って、碁笥を開けてる。う〜ん、この態度はやっぱり指導員かなんかなのかもしれないぞ。こんな指導員がやってる教室ならどーせすぐやめちゃうから良いんだけど、でもまあせっかくお金も払ったんだからまあ様子を見てもいいかもね。

「え〜と、じゃあお願いします」。打ち始めた。取り敢ず私よりは強いみたい。なんか打ちながらぶつぶつ言ってるけど、何言ってんのかはよくわからない(苦笑)。なにしゃべってんのかな、この人。「俺は碁のことをよく知ってますよ」とアピールしてんのかな?

「ええ、そうです。三連星を敷くとそのような打ち方がいいんですね!」なんてなんか一人で納得してる。私は武宮先生の本を読んでるんだってーの。武宮先生ご自身の本で学んで、なんで指導員だかなんだかわからないあなたに私の三連星を評価してもらわなくちゃいけないんだって(笑)。

あとで聞いてみたらあの中年男。やっぱり指導員でもなんでもないらしい。何人かはあの男のことを「シショウ」とか呼んでる。なんなのかな〜。でも「シショウってどういうことですか?」とか聞いたら、また碁のときみたいに一人でぺちゃくちゃしゃべりだしそうだし。

ま、変な人もいるけど、ホンモノの(?)指導はプロの先生や、なんだかとても強そうな藤田という渾名のF先生がやってくれるみたいだしいいよね。でも今日のように突然「おや、打ちましょうか」とか言われると怖い。F先生に言いつけておこうかな?

と、それが私と前田氏の出会いでした。
その後評価が変わったかどうかはトップシークレット扱いとさせて頂きます。

by 偽じゃっきー

投稿者 前田博明 : 22:45 | トラックバック (0)

2004年06月02日

ハッピー・マンデーでも二子局 −フリー対局−

「久しぶりの二子局」なんてことを掲示板に書いているうち、ハッピー・マンデー教室でも二子局を打った。相手は久しぶりのKさん。男性陣の中では今や私の次に強いくらいかな? 箱根の囲碁合宿には初段で出場とのこと。


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これが先日の千寿会、および今日の二子局の布石。初手はもちろん小目で、黒空き隅の後に締まってみた。最近はハッピー・マンデーでは七子くらいが多いので、自分が小目に置いて、さらにシマリまで打てるとなるととても幸せに感じるんだよね(大笑)。

この布石を最初に見たのはいつだったかなぁ。置かせる碁で初手に小目に置くなんて技法すら知らず、大いに驚いた記憶がある。その後見てみると、強い人は三子までの置かせ碁では初手を小目に置くことが多いみたい。星の数倍も定石があるので、ウワテにとってさばきやすい感じなのかな。

で、この碁。結局私の中押し勝ち。序盤は見損じはするわ、変なところで形を決めるわで、白にまったく良いところがなかった。中盤、黒が一手余計に逃げてしまった隙を突いてなんとか逆転。

Kさんは「よく読む」のでハッピー・マンデーの中でも有名なんだよね。ただ、「読み」に頼りすぎて(と、いうのは、私たちくらいの実力では読み漏れだって多いはずだから)、「アジ」にやや鈍感な気がする。最近の私は(手筋本の影響か(笑))「アジ」に頼って打っているところもあるので、それでやや打ちにくかったのかもしれない。


そうそう、脈絡はないけど「アジ」で思い出した。今日の「有段者の集い」。珍しく三度対局して一勝二敗だったんだけど、その二敗が笑っちゃう碁だった。

負け惜しみで言うんじゃないんだけど、相手の方があまりに「変な手」を打ってくる。序盤で私がちょっと攻めた所を逃げ出すんだけど、どんどん自らアジワルの形にしてしまっていた。

日頃「攻めは嫌いです」と言っている私。攻めたくはなかったんだけど、相手があまりに妙な形にするのでついつい追ってしまう。「美人は追うな」という格言(?)もあるそうだけど、この二局での相手の石は「美人」というよりも「貢ぎ物」。「そうかそうか。それまでもくれるか。くるしゅうない」。そんな感じで打ってた碁。

でも。

中盤になってふと気付いた。「あれ、そんなところにも俺の石あったの(爆)?」。

そう。なんか相手の貢ぎ物を頂いているうちに、ある部分にある自分の石の存在を完璧に忘れてた。ほぼ形が決まってから盤面を見渡して「あれ、そこの私の石、いったいなんなんでしょうね?」と。

結局二局とも私の忘れ去られた石を味良く取り込まれて、数目差で負けた。石をいくつか忘れ去っていたことに気付いて、いろいろと足掻いてみたんだけど、大ヨセの段階になっていては「忘れていた石」の復活など無理なことだった(爆)。

一日に二局もこういうことがあると(別に悲しみはしないけど)びっくりするよねえ…


で、私の対局を終えて教室を見渡していると、Oさんと言うか、Hさんと言うか、KGS というところから殴り込み(笑)にやってきた人が、私の弟子のササヤンと打っている。あれは五子局だったのかな?

見ると白は五子も置かせているくせに、まさに「大模様」が完成しそうなところ。ササヤンは相手の模様に気付かずにいるのか「なんか私の石、攻められてないから守っちゃおうかしら」とアサッテに石を置こうとしている。

う〜ん。置かせ碁ならば周囲から助言があっても怒りはしまい。そう思ってササヤンに「あのさ。この白、どでかい模様を作ろうとしてるでしょ? そういう模様を作られたら一気に追いつかれるから、ここはきちんと入っておかなくちゃいけないよ」と。

OさんないしHさんは、快く「そうですね」と私のアドバイスを受け入れてくれた(^^;。

そうそう。碁ってさ。下手なうちほど周りからのアドバイスを嫌うという一般原則があるね。もちろん勝負してるときなんかのアドバイスはあり得ない。でも教室ってのは、ヘタがうまくなろうとしているところだよね。少なくともハッピー・マンデー教室はそうだと思う。その教室に、せっかく先生や、ウワテの人たちがいるんだから、そういう人の助言や口出しは、たとえ相手の有利になる助言でも、聞く方がタメになると思うんだよね。急速に伸びる人ってのはたいていそういうアドバイスや口出しを受け入れている。

ササヤンはね。結局この碁に負けたんだって。最後「この石取られるわけないよね。取られたら終わりだよ」と言っていた石を取られたらしい(苦笑)。まぁ酒が入ってたみたいだからしょうがないか(^^;。


もうひとつ。

今日はこばぴを結構強くひっぱたいてしまった(^^;。自分でもびっくりした(^^;。

いやね。こばぴがヨセを打ってたんだけど、私は相手の人にいろいろアドバイスしてた。「う〜ん、ここは打っておきましょうか。後でここに打ったら相手は手を入れざるを得ませんから」。ヨセではよく出てくる言葉だよね。

で、しばらく後。先ほど話題にした所に石がきて、こばぴの手入れが必要となった。するとこばぴは何を考えているんだか悩んでいる。手入れしないと相手に十数目献上してしまうところだったんだけどね。

で、こばぴ。ようやく納得した表情をして碁笥に手を伸ばす。見ていた私は安心した。「そうか、俺が手入れが必要だと言っていても、自分でちゃんと読み直しているんだな」。

弟子の成長にうんうんと頷く私の目の前で、こばぴはまったく関係ない所に石を置こうとした。

後で手入れが必要になるっつってんだろうがっ! なにやっとんじゃ!」。

気付くと「ビシッ」という音とともに、扇子でひっぱたかれるこばぴがいた。自分でも驚いたくらいだからまわりの人はもっと驚いたんだろうなあ。あわてて「あら、前田師匠はスパルタね」なんてフォローしてくれていた(爆)。いや、フォローしないとこばぴが泣き出すんじゃないかと思えるようなひっぱたき方だったみたい(^^;。

ごめんね、こばぴ。俺もびっくりしたから許してね(爆)。

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2004年05月17日

ハガス有段者! −講義−

あ、それ俺だよ、俺。俺たまに人の石ハガして碁笥に戻しちゃうんだよね。さらに「じゃあここまでにしましょう」って、相手に強引な投了勧告もするし(爆)。

と、まあ、それは私が指導碁を打っているとき。相手の方がアタリに突っ込んできたり、無用な守りを打つとハガしたりします。また、相手の方が集中力を失ってきて、ダメばかり打つようになると「じゃあ検討しましょうか」と投了勧告する。

でも今日の話はそういうことじゃなくて。

棋院「有段者の集い」でのこと。私が昇段してからの戦績は○○○××○○○×○(どれか一個の×を○にすればまた昇段しているのに…)。相手のウワテ氏は私の戦績を見て「お〜強いんだね」。私は「いやあ、なんだかウワテの方と打つと碁にならないことが多いんですよ」。始まりはこのように取り敢ず友好的だったんですが…

序盤から件のウワテ氏。石を置いてちょっとしてから「いやあ、やっぱりこっちかな。どうかな」なんて言いながら石をとにかくハガス。相手が置いて「う〜ん」なんて頭の中で読んで、いざ打とうとすると盤面が変化している(^^;。

なんだかなぁ。こんな段位になってもハガス人いるのかよ、とか思いながら打っていたんですが、結構むかついた黄金のハガシ(笑)。局面は中盤。私は相手の石を絡み責めて、相手が一方を守った際に一方を切断。「よし、勝ったぞ!」と思った瞬間。

相手の方の手はなんと私の石に向かっていく。そしておもむろにその石を取り上げて「そうそう、そっちを継いでおかないといけないんだよね」と言いながら私の石を碁笥に戻す(大笑)。「??」状態になる私の頭。

棋院の対局場ではマナーの悪い人がとても多くて、そんでハガシも日常茶飯事なんだけどさ。でもこれまでみたハガシは、こちらが打つ前の、自分の石のハガシ。こっちが打ってから、こっちの石をハガス人は初めてみたなぁ…。次の手を打つ前に抗議のためと、それから自分の気持ちを落ち着けるために1分間手を出しませんでした(^^;。

まあね。勝ったから良いんだけどね、その碁。でも受付にいた棋院職員と、それから通りかかったIさんに「まいったよ。相手の石をハガス人初めて見たよ」と報告(^^)。「そうなんですよね〜、ここマナーが悪い人が多いらしくて。一応見回ろうかなんて話は出てるんですけど」なんておっしゃってました。

尚今日は実はひとつ負けたんだけど。その人は良い人だったなあ。私より二段上から落ちてきた、現状では一段上の人。途中私がちょっと焦った+見損じで攻め合いに負ける形になったので投了したんだけど、そこの攻め合いをさまざまなバリエーションで検討してくれました。なんか集中力を欠いて負けてしまったのが申し訳なくて「そこ、失礼なことしちゃってすみません」と私。「いえいえ、私もうっかりしてたら取られるんですから、別に失礼なこともありませんよ」。

う〜。それにしても焦らなければ細碁だったんだよね〜。その辺で集中力が足りないのは、私の対局経験が少ないからなんだろうなあ…


で、今日の講義は令文先生。テーマは「死活の基本」。一応今のコースは4月開始のコースだということで「中手」とか「欠け目」なんてことをやりました。今日の問題は簡単だったよね〜。とか言いつつ最後の問題。令文先生にバリエーションを出されて「どうですか?」と言われたとき、読まずに印象だけで「白死」とか言ったら「あなた二段に落ちました」とか言われました(爆)。

私の間違えた死活問題

これ、左端の黒・白のサガリが後で付け加えられた石。この状態で黒先でどうでしょうか? 答えは先に書いたように白生き。この両サガリがなければ黒先で、もちろん白死なんですけどね〜。形がちょっと変わったらきちんと読みましょうね>自分(笑)。


で、講義後の対局はササヤン。今日も七子局なんだけど…。う〜、ササヤン。強くなったね、君。

実は。今日七子局を打つとき、「もっと簡単に勝とう」と思って、いつもとは全く違うように打ってみた。と、言うのも、ササヤンはどちらかと言えば「ビビリ」。だから黒を攻め続ければあっさりと白の勝ちになるだろうというのが読み筋。

ところがササヤン。驚いたことにこちらの攻めをどんどん正しく受けていく。なんか前は攻められたら瞬時にその石を諦めてよその石を守っていたりしたのにさ。

攻め主体と言っても「あり得ない」攻めでやっつけるのは本意じゃない。だからこちらも手抜けないところは守りながら打っているわけだけど、それにしてもササヤンの守りと「反発」のバランスは素晴らしかったな。

結局作ることになったんだけど、数えてみると前回の持碁に続き今回は1目差で白勝ち。すごいじゃん>ササヤン。俺ともう七子局でしっかり碁になっているってことだね。今回は俺の方からの見損じもなかったつもりだし。

もうしばらくすれば「七子だと? じゃあこの勝負は碁にしないことが目標だ!」とか言えるようになるかもしれないね(^^>ササヤン。さすがに教室に着くなり「師匠、今日は空いてますか? まだ空いているんなら私が打ちます!」と立候補してただけあるね(^^)。

繰り返すが。私と四子で打つようになるまではどしどし成長してくれ(^^>弟子たち。もちろん三子で打つようになったって「破門」ってわけじゃないけどさ。でもたぶん。三子くらいで打つようになれば、私も「教えてあげる」なんていう心の余裕は持てなくなるだろうから。

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2004年05月12日

「辛抱」で碁に強くなる! −フリー対局−

今日はまず「有段者の集い」での対局から。

二局打って、二局とも納得できる碁が打てた。最近のマイブームが「辛抱」だということは掲示板にも書いているけれど、この「辛抱」によって「いつも自分の碁が打てるようになってきた」ような気がする。この「辛抱」ってのは、初段になる直前くらいに感じていた「石の形」に関係するし、それからいつも言われる(苦笑)「志の低さ」にも関係することだと思う。

で、一局目。相手は私より下手の人ながら、「有段者の集い」に通い始めて負けナシで四連勝している人(私のランクでは五連勝で昇段)。つまりは私と同じ段位にいてもおかしくないんだよなあ。かなり緊張しつつ「まあでも相手が四段くらいまでなら碁になるはずさ!」と自分に言い聞かせての対局。

打ち始めて感じたのは。「うげ〜、この人、強ぇえ!」ってこと。相手の形を崩す手筋をごく自然に打ってくる。千寿会でウワテの人と打つときに、しょっちゅう形を崩されて「なるほど、強いとはこういうことか」と思うんだけど、まさにそういう時と同じ感じ。

この碁、もう終わってるかもわからんね」と、心で泣きながら「いやいや今のマイブームは『辛抱』なんだから、もうちょっと頑張るぞ」と、懸命に応手。すると途中で相手の方に一瞬の隙。と、いうか相手がこちらの隙を突こうと打った手にちょっと無理があった。「よし!」とそこで得をして、結局は私の8目勝ち(あぶねーなあ)になったのでした。

ああ、やっぱりウワテの方は強い!」。「強ぇえ」と思った人にこんなこと言われて、期せずニヘニヘ顔になってしまった私ではありました。


で、二局目。相手は私よりちょっと上くらいの年齢の男性。私くらいの年齢の打ち手って、「俺は伸び盛りだぜ〜」という自信を持っている人が多くて(いや、私は謙虚ですよ(爆))、実際に強い人が多いんですよね。「う〜ん、ちょっといやだな」と思いながら対局開始。ちなみに私と同じ段位で、直近の成績が10勝2敗。

この碁ではこちらの小目への高ガカリにツケヒキで受けたところを相手のカケツギ。「俺、まだ打ったことないんだけど」と思いながら、即座にノゾキを利かせて下辺一間飛びではなくてハネで受ける定石選択。「ゆっくり打とう」と思ってる私だけど「攻めにも自信を持っているんだぜ!」というフリを利かせたわけです(爆)。みんなよく知っているけれど、私実は攻めが大の苦手ですから(笑)。

局面は進んで。「じっくり打つぞ」という私の主張を相手も受けて、お互いにしっかりと足場を固める展開。私は相手の模様を睨みながら自分の模様も広げるいわゆる接点に着手。次の相手の手は絶妙の位置へのケシ。「まあここは当然消されるな」と思っていたので、やはり「辛抱」で下からのウケ。「俺は局面に自信を持っていますよ」と主張しているような着手(まあまだ五分だったから、それなりに自信は持っているわけですが)。

そこで。相手の方がちょっと焦ってしまったんですよね。「おや、こいつはここでゆっくり受けて、まだ良しと見ているのかな?」と。だから私が受けたにも関わらず、まだその部分を攻めに来るような手。

「チャーンス!」と私。私はウケた以上、部分的に見て弱い石はない。相手もケシから軽く打てば弱石にならないんですが、しつこく狙うことによって石が重くなってしまった!

「このチャンスに差を付けてやる」と、私はモタレを決めてから相手の重くなった石に対する攻め。相手は重くしてしまった以上、もがくしかないわけですが、それまでじっくりと打った影響で、こちらの石には利き筋もなく苦しい展開。

結局もがいた大石が殺され、相手の方の投了となりました。

「無理でしたか」と相手の方。「そうですね、ここを軽く打っておけば、まだ黒地も大きいですから微妙な戦いだったんですが」と私。「ここのウケは形勢良しじゃないんですか?」と、まさにポイントを聞いてくる相手。「そこは受けなくちゃしょうがないので受けました。受けた後でこちらからケシに行って五分かと思っていたんですよ」。

二局ともに「辛抱」が好結果に繋がった碁。そして「ここが攻め時!」という判断が(少なくとも結果的には)大正解だった碁。こういう碁が打てると「自分の考えをきちんと碁に反映しているのだ」という気持ちがして、「俺も強くなったものだ」と詠嘆したくなるのではありました(笑)。

なは。なはははは(『ごくせん』の修学旅行風に)。


で、ハッピー・マンデー教室の話(^^)。

フリー対局で気をよくした私はちょっと早めに教室へ。そこで今日打った二局を並べ替えしているところに、最近よく声をかけて下さる男性のSさん登場。もう結構長く通われている方で、先日は九子局で打って中押し勝ちされた方。

「では今日は七子にしてみましょうか」。結局その碁は私が勝ったんだけれども、でも私に七子というのは弱くないですよ>Sさん。いや、私がエラソーにしているってわけじゃなくて、あくまでもこの教室は二桁級の人が対象ですからね(^^;。

ちなみにその方。フリー対局ではコバピーと二子局(コバピーが白)で対戦。私がちらと見たところではSさんの勝ち碁のように見えたんだけど、隅を殺してコバピーが勝ったとのこと。おうおう。強いじゃねーか>コバピー。まあその後、KGSからの刺客である(笑)HeboTaro さんと三子(コバピーの黒)で対戦してぼろぼろにやられたみたいだけど(その対局については掲示板に書きました)。


私はと言えばSさんとの対局の後、前に「攻め筋を覚えたい」と言って私と対局した女性と、それから遅れてやってきた(久しぶりの)ササヤンと二面打ち。

ササヤンとの碁の方は持碁だった。終局して作った後「あはは、持碁だね」という私に、ややむっとした表情のササヤン。「あ、俺の言い方、まるでわざとみたいだった? そんなわけはないんだよ」と言うと表情を緩めてくれました(笑)。そんなわざと持碁を作るほどの腕じゃねーってばさ(苦笑)。

彼女には私と同じくらいの棋力のおじさんがいて、そのおじさんとたまに対局しているそうな。おじさんとも今は七子で打っているとのこと。俺とおじさんと交互に対戦して、そこで学んだことを活かして置き石を減らしていっているんだろうな。

それにしてもさ。一時は井目中四目でもどうかなという感じだったのに、成長したね>ササヤン。悔しいからなかなかそこまでは近づけない予定だけど、俺と三子なんてことになる日もくるのかもしれないね。そしたら俺との九子や八子、七子局を懐かしく思い出すんだろうねえ。


で、以前「攻め筋を覚えたい」と言っていた女性。彼女とは今日二局対戦。最初はリアルタイム指導付きの九子局。打ちながら「攻めるとはこういうことです」「守るならこう守れば続けて利かされることもありません」。九子で指導を付ければ白が勝つわけもなくその碁は大敗。

「さて、じゃあ今学んだことを活かしてみましょう!」と、二局目も九子局ながら指導なし。残念ながらその碁では私の大勝となってしまいました。彼女が不必要な弱気になったところを攻め続け「弱気になっても、守りきる手を打たないと弱気がさらなる弱気を生むだけなんです」というようなことを伝えたつもり。

彼女は頭は良いので、自分のヨミに自信が持てないと凹んで受けようとする傾向があるみたい。でもね。覚えておいて下さい。「全てのヨミに自信を持つ」なんてことは、私でもできていないんですよ。もちろんヨミキリで打つところもありますが、「ここは俺の石が多いから大丈夫!」とか「相手の石に味悪があるからなんとかなりそう!」と思って打っていることの方が多いんです。

しかも九子で打っていれば、「ヨミ」に頼るよりも「置き石」に頼っていても良いことが多いんです。自分のヨミでは思いもよらなかった石に繋がって、相手の石が苦しくなることも多いんです。九子局では「強気」(てめーの石、全部潰してやるからな)が必要です(^^)。

もうひとつ強気・弱気絡みで言うと。読み切れなくても「ここを突破されたら碁が終わる」という局面がありますね。そういうときに引いて打っても何も良いことはないわけです。これは私もしばしばユパ先生に注意されるところですけどね。どうせ終わっているのなら、潰される方がましです。引いてばかりいると「強気」が通用するのかどうか、一生学べません。強気で打ってみて、それが通用しなければ以後、そういう局面にならないように注意して打てば良いのです。

あはは。なんか自分に注意しているみたいだけど、みんなそうやって強くなるんですよ(^^)。もちろん。「あり得ない」強気で戦いを挑んでくれば、私は徹底的に潰しますけどね(大笑)。


え〜と、長くなっちゃったな。

これが最後の話題。今日は棋院の二階に、女流アマタイトル経験者のOさんがいらしていました。強い五段の女性を相手に二子局で対局。その碁を拝見させて頂いていたんですが、私のヨミの甘さをとても勉強させて頂いた碁でしたねえ。私も昔に比べれば「見えるもの」が増えてきたんですけど、まだまだ私には見えていないものが多いんだなあと痛感。でもそれは嬉しいことです(^^)。

でね。その碁、結局Oさんが大差で勝ったんですけど、途中Oさんの見損じがひとつあって、Oさんはそれで負けだと思っていたみたい。私は傍目ですからきっちり目算してOさんの勝ちがわかっていたんですが、作った後に「あれ、私勝っているの?」とOさん。「やった、目算ではOさんに勝った!」なんて意味不明な自信を抱いたのでした(大笑)。

ふ〜。もりだくさんの、楽しい1日だったな。

投稿者 前田博明 : 23:00 | トラックバック (0)

2004年05月10日

孔先生との初対局 −講義−

「へえ、そんなに石を置くんですか。じゃあ相当気合い入れて打ちますから、それで勝ったら二・三段ですよ」。

対局前の孔先生の言葉。そう、今日は孔先生に誘って頂いて、九子局の碁を打った。「前田さん、何子置きますか? まかせますよ」。そうおっしゃる先生に「じゃあまだ勝ったことがないので」(と、言うか先生とは、もっとヘタだった時期に五子局を打ったことしかない)と九子。九子置く私を見て冒頭の先生の発言となった。

実は今日。少々体調が悪く、誘われた瞬間は「だ〜、なんかウワテの人は俺の体調の悪いときばかりに誘ってくれるぞ!」とちょっと恨み言も。でも「二・三段ですよ」と名乗る私であってみれば、九子局で打つならば少々の体調不良で負けてはいけないはず。気合いを入れて対局に臨むことにした。

で、結局は。この対局は十七目差で黒の勝ち。途中からは地合を数えつつ「ああ、黒が良いはずだから」と徹底的に固く打つ(生意気なシタテだ)。「もう計算できてるんですかねえ」なんて孔先生がぼやく。「いやいや。全部数えなくてもこれで負けてたらヒドイですよ」なんてさらに生意気なことを言ってみたりなんかして(笑)。

「そうですかあ。強くなりましたねえ。形に明るくなりましたねえ。僕は九子局はもうギブアップですよ」なんてとことん良い気持ちにさせてくれる先生(笑)。「でも最後まで打たなくても良いんですよ」。

そう。途中から考えていたんだけど、私はこの碁を打ちながら「潰してやる」と考えることがなかった。「ここは厳しく行った方が良いかな」と思いつつ、プロの逆襲に怯えて控えてしまったところが何ヵ所かあった。でもやっぱり。「ひどいこと」をそうしなければ九子局というのは置いた側が勝つ手合。「この手合なら負けないね」と思っているのなら、そこで潰しに行くのがシタテのマナーかもしれないな。

でもまあ。「僕はなかなか勝たせませんよ」とか「指導碁○○連勝中ですよ」なんてことを言い、他のプロ棋士も「令文は相手に勝たせないねえ」と言っている孔先生が相手。まずは勝利という果実を得たことで良しとしようじゃないか(^^)。


で、ちょっとこの碁で考えたんだけど。「置かせ碁」を打つとき、相手が目算するくらいのレベルかどうかで、また難しさは随分変わってくるね! 今日の碁、私は途中からだいたいの目算によって「こんだけ黒地があって負けるわけがない」なんて固く、固く打ってた。でも私がぜんぜん目算をしない打ち手だとすると、もうちょっと頑張った手を打って、それでどこかに隙が生じていたかもしれない。

もちろん、「頑張って」打つわけだから、むしろ白が悪くなることだって当然ある。でもそこはそもそもの実力差が出てしかるべきところ。やっぱり隙を突くのは白がうまい。

今のところ。私が置かせて打つくらいの人たちは、あまり目算をしないレベル。だからこちらが「う〜ん、ちょっと足りないな」と思って「頑張って」打っていくと、相手もつられて「頑張って」くる(^^;。そこに生じる隙によって何目も得しているんだよな。

ふ〜む。アマ五段くらいになると初段相手に五子局とかで打つわけだよね。で、初段ともなればさすがに目算くらいはやってくる。やっぱり五段ってのは相当に強いんだろうな…


で、今日は授業の日だったんだけど。授業の大半は先週の続き。「シチョウ」。先週の問題が結構難しくて、何問か残ってしまったので宿題になってた。で、今日のテーマはオイオトシとかウッテガエシ。先週の問題に比べるとはるかに簡単な問題になってたので「お、できるぞ!」と自信を持った人も多いんじゃないのかな。

そのテーマはともかく。本日の一番の収穫。

横付けがあるのか!

この上の図。置き碁ではよく出てくる形なんだけど、この黒の横付けが格好良い(^^)。互先レベルでこの形になって、横に付けられるとウケを間違えることも多そう。まあウワテ相手だと自分が変化についていけなくなりそうだけど(苦笑)。

そう、この横付け、全局的に見て正しいウケというのは難しいですよ」とは孔先生の弁。もちろんプロの「難しい」とシロートの「難しい」は全然違うわけだけど、単純な打ち込みくらいしか知らなかった私はとっても得をした気分だった(^^)。

弟子諸君。この形になったら私は横に付けていくので楽しみにしていてね(笑)。

投稿者 前田博明 : 23:00 | コメント (3) | トラックバック (0)

2004年04月28日

序盤のうまい人たち −フリー対局−

本日はフリー対局。

なんかさ。最近ハッピー・マンデー教室で痛感するんだけど、序盤の上手な人が多い教室だ。

最近いつも書いているけれど、嬉しいことに今日も時間前に男性が声を掛けてくれて対局。「僭越ながら先で打たせて頂いて勉強したいんですけど」(えと、私ごときに「僭越ながら」なんてことは言わないで下さい(^^;。ウワテ連がバカにします(苦笑))と。

私は目的に応じて好きな手合で打ってくれれば良いと思っているたちなので、もちろん「先」の申し出を受け入れて対局。「この方の相手なら序盤はまあこういうふうに打つのかな」なんて生意気な考えで打っていると、碁はどんどん黒のものになっていって「え〜と、負けたときにはどう言い訳しようかなぁ」なんて考えてた(笑)。残念ながら中盤戦に入った途端に「小場」を打ち続けてぐんぐん白の碁になってしまったんだけれども…。

で、時間になってからは、何度か日記に登場している筋の良いKさんのお友達と対局。先で打ちかけた後、六子で対局。この女性も良い序盤を打つ方だった。ちょっと浮き石の強弱判断に難があって、そこを突きまくった私の圧勝になったけれど、でもトータルな棋力で見れば、私にあんな惨敗をするのは変だと思いますよ>Tさん。

で、こういう人たちを見ると。

ヘタはヘタなりに「ちゃんとした碁」が好きで、「ちゃんとした碁」を打ちたいと心掛けている私。とても嬉しくなるんですよね。初心者のうちは、どうしても運・不運の碁を打ってしまいがちだけど、そんな碁が「強くなること」に繋がっていないのは明白。残念ながらハッピー・マンデー教室にも「運・不運碁」の呪縛に取り付かれて進歩の階梯を完全に踏み外した人もいるし、パンダネットにも対局数1万局以上で、20級くらいに留まっている人がいる。

昔の日記に書いたけれど、私も(ヘタなりの)「完璧な序盤」を打って負け続けた日があった。ネジリアイに持ち込まれ、碁がどんどん壊れ、「ちゃんとした碁なんてプロしか打てないものなのかな」なんて考えてたこともあった。「シロウトの打つ碁なんて、パワーが全てみたいな感じなのかなあ」なんて。

でも今はわかるようになりました。やっぱり「ちゃんとした碁を打ちたい」という思いこそが、上達に繋がる王道です。今日打って頂いた男性の方も、それからTさんも、「ブレイク直前」に位置してると思いますよ。いったんブレイクすれば、すぐに初段目前くらいまで伸びるはず。

そういう人たちの「大ブレイク」をその場で見ていたいなあ(^^)。


尚今日は。ゴールデンウィーク直前だからか、欠席者が多かった。だからあまり多くの人の碁は見てないんだけど、最近私が応援している(笑)コバピ。彼女は藤田という渾名のF先生と九子局。なんと彼女はきっちり勝ちきったそうだ。やるなあ>コバピ。F先生に九子で勝ちきるなら私と同レベルじゃないか(笑)。

この前は、風邪で体調が悪かったとは言え、私に五子で勝っているんだよね>コバピ(その後五子で惨敗してるけど…)。今度打つ機会があれば、「前田と同レベルかもしれない!」という自信を持って打ち込んできたまえ>コバピ。徹底的に叩き潰してしまうつもりにはしておくが(苦笑)。


ま、そんなわけで基本的にいつも通り楽しい教室だったわけだけど。

かつて弟子だった一人と絶縁した日でもあった。ま、いろいろあったわけだけど、結局私の言うことなどな〜んにも伝わってはいないなあと絶望したのもひとつ。がきんちょ言葉に移行するけれど、俺、「言葉」の通じない相手とはどうやってもうまくやってけないんだよね〜。これだけ「レベル」のわかりやすいところにいて、自分の分を弁える能力を持てないってのもそう。

絶縁した相手とは今後不倶戴天。同じ教室に通っていて不倶戴天もないわけだけど、それはそれで考えよう。

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2004年04月26日

石を取るテクニック −講義−

今日の講義は(レベルはちょっと高いけど)「入門者教室」って感じが出てたな(^^)。やったのは「石を取るテクニック」。シチョウ、ゲタ、ウッテガエシ、オイオトシ。問題もレベル毎に整理されていて、今日の講義が参考になった人は多いんじゃないかなぁ。

シチョウの問題です

みんなが結構悩んでいたのは上の問題。黒先で、黒は連絡を狙います。ヒントはこれが「シチョウ」の問題だってこと。左上の方にあるシチョウアタリとかが気になるんだけど、そんなのを気にしないで済むように決着を付けたい(^^)。

よくある形なんだけど、わりと良い問題だと思うなあ。


で、講義後。「君、かわいいね」と言うと(私はオヤヂだからこういう発言も許される(笑))、あっさりと「あ、そうですか」くらいに流してしまうあやなちゃんとの対局。藤田という渾名のF先生が、本当は別の人との対局を組んでいたんだけど、「俺、今日あやなちゃんと打ちたいなぁ」という独り言のような命令口調に負けて最組合せとなった。お仕事大変ですねえ(^^;>F先生。

このあやなちゃん。強ぇ強ぇ。

最初は彼女の級位に応じて九子局。白はほとんど打った気がしない碁だったなぁ。白が狙っているところはしっかり守って、大場の感覚もなかなかのもの。でもウワテと打ち慣れていないせいなのか、ちょっと諦めが良すぎる傾向はある。この碁も勝手に黒が大石を諦めて、それで勝負があったものなあ。

なんだか打った気のしない九子を終えて「うん、君。うまいよ。ちょっと先で打ってみようよ」と。まあ「打ち方を見てあげる」という優しさの裏に「ま、しっかりやっつけておいて実力差を意識させておくか」という無意識があったのかどうかはわかんないけど(爆)。

で、この先の碁がまいった。途中で令文先生が見に来るから「これさ。先なんだよね。黒、悪くないと思わない?」と。すると令文先生は「いや、むしろ黒が良いかもしれませんよ」と。そうなんだよね。私も実はそう思ってた(笑)。

「これは終わってるかもわからんね」なんて極度の不安に襲われる私は、あちこちに手を出してみる。でもさすがに「かわいいね」と言われてもあっさり流すあやなちゃんは、男からの手出しを受け流す術を知っている(?)。ただまあ。俺も半世紀近く、浮いた話なく過ごしてきたわけじゃない… ん? あ、碁の話だったよね…

えと、経験では私の勝るはずの碁。「なんとか白の形にせんとなあ」と思いながら打つ私。徐々に、ようやく、白の碁になっていく。「怖いかも」と思うところで引き気味に打ってしまうのはしょうがないものね>黒。

そこに、我がライバル令文さん登場。「あ〜っ。なんか白の碁になってますね!」。

だ〜か〜ら〜。俺が必死に白の碁にしたところじゃないかよ〜(笑)。盤面を見渡す令文さんは「ここの白、少なくとも半分は取れるように思いますよ。私がいるうちに打てば」と(爆)。「私がいるうちに、じゃなくてあんたが打つんだろ〜」という叫びは心の中に留めておいて、しかたなく打ち進む私。

「ここは引いて守っちゃおうかな〜」と呟く私に令文さん。「あれ、それでウワテとして満足なんですか?」。いやだから。俺は今ウワテとして打っているんじゃなくて、プロの手筋を相手にしているわけだから(苦笑)。でもまあ。一応盤の反対側に座っているあやなちゃんが私のシタテであることは間違いない。「わかったよ(^^;」。ぼやいて徹底抗戦。「あ〜、前田さん、そんな風に打っちゃっていいんですかね〜」と喜ぶ令文さん。ウワテのプライドは通したが、石は取られた(笑)。

「え〜と、まだちょっと足りませんか」と、もうどっかいっただろうと思ったのにまだいた令文さん。「今度はここ打ちましょうか〜」と。

で、そのタイミングでようやく「はっ、今日の僕は先生なんだった。他の人の碁も見なくちゃ」と思い出した令文先生が立ち去る。「ほ〜」っとため息をついた私は、かろうじて「ウワテのプライド」も示しつつ、やや緩めて受ける。で、そこはなんとか無事。

あ〜っ、そこ緩んだでしょう!」と戻ってきた令文さん(^^;。「ふ。そこは緩めて受ける一手ですからね」と、勝ちを計算した私(^^;。「そうなんですけどね〜」と悔しげな令文さん。いいこのあやなちゃんはおとなしく盤の反対側で座ってた(^^;。

と、まあ終盤はこんなふうに(いつものように)私とライバルのちゃちゃの入れ合いみたいになっちゃったけど(苦笑)。先で打たせたあやなちゃんが強かったのは事実。あの碁が打てるなら自信を持っていいなあ。攻撃を受け流す技術はたいしたもんだから、「反発」してみることを覚えるとあっという間にランクを上げそうな気がするな。

油断するなよ>(応援してる)コバピ(笑)。油断してると、結構、やばいぞ(笑)。
藤田という渾名のF先生。あやなちゃんはちょっとウワテとやらせた方が良さそうですから、級を上げちゃいましょう(^^)。

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2004年04月14日

積年の恨み!? −フリー対局−

今日のフリー対局は、ハッピー・マンデー教室卒業生との対局。彼女の名前はSP嬢。

実はこの卒業生とは因縁が深いんだよな(笑)。私が碁を始めた頃に、一緒に教室に通っていた人。約一年前の囲碁合宿でも対局した(八子)。

その合宿。あれは合宿の二日目だったなあ。当時の私は「そろそろ初段」を名乗ってはいたけれど、SP嬢相手に八子で打てるほど強くはない。二日目はただでさえ置き碁の碁ばかり(八子・九子・八子)で気が高ぶってた。今でこそ八子・九子でも「ま、なんとかなるだろ〜」なんてつもりで打ち始められるけれど、当時は「こんなもん碁になるのかよ!」と緊張モード。

SP嬢は私に言った。「ねえ、師匠。私、はやくプロの先生に指導碁打って貰いたいから、はやく対局済ましちゃおうよ」。

緊張感漲る私にこの言葉はびんびん響いた。「なんだと〜われ〜。俺も君と八子で碁になるとは思ってないけど、そんな『さっさと済ます』ような碁にはしないつもりで集中力高めてんだぜ〜。ちくしょ〜、目にもの見せてやる」なんて。

今年になって。このSP嬢はたびたびハッピー・マンデーに見学にくるようになった。「君さ〜、昔、俺の琴線に響く厳しいこと言ったよね」。SP嬢曰く。「え〜、そんなつもりじゃないんだよ。師匠相手に何子置いても勝てるとは思ってなかったもん。勝負が決まっているのなら早く打ちましょうよくらいのつもりだったんだよ」。

ふ。君が見学に来るようになって良かった>SP嬢。俺はずっと「てめーとの碁なんてさっさと済ましたいんだよね」という意味かと思ってたぞ(苦笑)。


で、今日はそのSP嬢と五子局。「ねえ、私も強くなったと思うんだよね。五子じゃ相手にならないとは思うんだけど、ちょっと打ってみて貰えないかなあ」。彼女は前からそう言って予約を入れてた。

彼女は。

私が積年の因縁(笑)から思っていたよりもはるかに良い子なんだな〜。なんかね。習ったことを一所懸命に打ってくる。きっとそういうシタテと打った経験のある人も多いと思うんだけど、打っているうちから「かわいいね!」と頭を撫でてあげたくなっちゃう相手(笑)。

今日の彼女。今彼女が通っている教室で「車の後押し」を習ったらしい。彼女はその「車の後押し」が気になってしかたないらしくて、こちらが「当然押してくるだろう」と思った所で、必ず外してくる。

彼女が「車の後押し」という言葉にはまっているなんて知らないもんだから、こっちはあちこちで彼女の「外し」によって得を重ねる。

終局後。「あのさ。なんで君、ここ外すの? ここで五目、あそこで五目。それからあっちで五目、そこでも五目の損を重ねているよ?」。私は聞いてみた。彼女曰く。「こういう場合は車の後押しって言わないの?」。だ〜っ。超かわいくない(笑)? 言わない言わない。押しにも「車の後押し」だけじゃなくて「当然の押し」があるんだよ>SP嬢。

彼女は目を輝かせていた。「私ね、今度からこういうところは絶対押す!」。

全く。ウワテ冥利に尽きるってもんじゃないですか、こういうこと言われると(笑)。

あと、彼女は三々に振り替わられると混乱するところもあったからそこもちょっと指導。「あのさ。考えてみれば、『車の後押しじゃないか』と外してしまったところと、そのフリカワリの三々で間違えなければ君が勝っているね」。「え、そしたら私、師匠と五子で打てるの!? 次もまた五子で打ってみていい!?」。

いつでも。好きなときに打ちに来なさい。君ほどウワテの気持ちを良くさせるシタテはそういないよ(^^)。ハッピー・マンデーに通ってて良かったなあ(^^)。

投稿者 前田博明 : 23:00 | トラックバック (0)

2004年04月12日

生・林先生 −講義−

今日は富士通杯の大盤解説会があった。生・林海峯名誉天元の姿を見た(^^)。覚先生もいらしていて、「前田さん、強くなったという噂を聞きますよ」とおっしゃって頂いた。もちろん「ええ、本当に強くなったんです(^^)」とお答えしておいた(笑)。

それはともかく。今日のハッピー・マンデー教室は、富士通杯の影響で六階・洗心の間で開催。ここでやるのは二回目。こんなところが使えちゃうのも、なんかラッキーな気分だよね。碁石は薄めながら蛤。千寿会だと、いくら高級な蛤でも、白を持つ実力のない私は持てない(苦笑)。ハッピー・マンデー教室ならたいてい白だからハッピーな気分(笑)。

今回のクール、二回目の授業。講師は高梨八段。テーマは「連絡と切断」。今回の授業は結構易しかったんじゃないかな〜? 見回すと、周囲のハッピー・マンデー級12級前後も、わりと正解しているようだった。

でも。問題にも出てきていたけれど。わざわざ「切って下さい」という手が悪手なんだということ。実際の対局では、そういう手を打つ方が、かなりいらっしゃるんですよね。よく日記に登場するコバピもそう。狙っているかのように「ケイマの突き抜き」を打って下さいという手を打つ。そういう手を打たれたら、もちろんこちらは問答無用で突き抜く(笑)。

思うに。ハッピー・マンデーでの10級〜13級くらいの人というのは、「ナラビ」を打ちにくい時期なんだと思う。なんとなく働いていない気がしちゃうんだろうね。だから一間とかケイマに受けて、相手に突き抜かせることが多くなる。

この「ナラビ」で感じる「働いていない感じ」を克服できれば、また次の段階に進めますよ>「ナラビ」の打てない方々。先日ユパさんも言っていたけれど、「守りの手を打つのが一番勇気がいる」んです。偉そうに書いている私でも、パッと見で碁が遅れてきてしまうと、つい必要な守りを手抜いてしまうことがあるものなあ。

もうちょっと実力が上がってくればね。「ぬるすぎるくらいに打って、あとでヨリツイテ勝つ」なんていう快感を味わえるようになります。そんな日を迎えるためにも、まずは「きちんとした手」を打てるように頑張りましょう。

まあシタテや、自分と同じ実力の人とばかり打っていると、きちんとした手を打たなくても、相手もそこを突いてこないから気にならないかもしれない。でもそういう碁を打っているとウワテには絶対に通用しませんからね。「私の変な手を咎めて欲しい!」とまぞひすてぃっくな欲望がわき上がれば、いつでも私がお手伝いします(笑)。


講義後の対局。今日は結構前から通っているんだけど、休みがちな人。以前私がむちゃくちゃ落ち込んでいるときに、「私は前田さんの碁は好きですよ」なんて慰めてくれた人。いや〜、師匠やってるといろいろ役得がある(爆)。

で、今の彼女と私の手合差は八子程度。まあウワテと打ち慣れていないので、あるいは九子でも碁になっちゃうかもしれないけれど…。

最初の方で緊張しちゃったのか、「私の隅を殺してください!」という手を打つので、まず一隅を「ほどほどに」殺す。

まあここの隅は某かささぎ氏によれば「前田さん、騙し手打って!」ということだったけどね(苦笑)。えぇえぇ。告白しますよ。あそこを打っていた私はな〜んにも読んでなんかいません。シタテの隅を殺したりするのって、あまり良い気持ちじゃないし、でも殺して、殺してと言われれば殺しに行っちゃうし。そういう葛藤(?)があって中途半端な手を打ったことを認めます(^^;。

で、彼女。ここの「殺して欲しいんです!」な隅と、もう一箇所「私は連絡しなくても良いので、はやくあなたの石を連絡させてあげてください!」というような手を打った場所があって、それでほぼ碁が終わってしまった。

本当は。「あなたの石を連絡させてください!」という手を打って貰わないと白が潰れるところだったんだよな〜。一隅殺したものの八子のハンディはそれくらいでは逆転せず、つい焦って打ち込みに行ってしまった。その打ち込みのせいで白が苦しくなってしまって。

隅の騙し手は反省しないけど(笑)、あの打ち込みはかなり反省した。

終局を迎えつつある局面を高梨先生がぢっと見て。「う〜ん、代わってあげたいけど、ここからだと僕が代わっても逆転は難しいかもしれません」と(苦笑)。ふ〜ん、高梨先生。なんか私に対する態度が令文先生に似てきたんじゃないですか(笑)? ま、それはそれで楽しいけどね〜。


私の隣では。「おじいさんと碁を打つために」碁を始めた美人が、男性陣の中では出色の強さの男性と対局。

最初は模様の張り合いだったんだけど、男性が模様をケシにきて、さらに自分の模様を地化する手を打たれても女性側は対抗手段を取らなかった。それで碁が苦しくなったんだよね。あとで打ち込んで行ったんだけど、時既に遅く、女性の黒石に生きる道はなかったみたい。

その局面。某かささぎ氏に「黒先生きの問題です」と検討してもらった。一目見たときにかささぎ氏は「そんなもん簡単やんか!」と言っていたけれども、高梨先生も交えてきちんと検討すれば、黒に生きはなかったとのこと(笑)。うはははは。途中から「ぼくは詰碁は苦手なんです」なんて主張していた(笑)。


反対側の隣では。先日私と十三子と九子を打った女性が対局中。序盤は相手に圧倒的な模様を築かれて必敗の情勢。彼女もやっぱり生きている石から動く癖があって、相手の模様に圧倒されてしまうみたいだ。「その手はあり得ないんですよ。そんな序盤で六目増やしても、相手が喜ぶだけですよ」。そんなことを言いながらちらちらと見ていたんだけど、やっぱりそんなことはまだ理解できないかな〜。

結局終盤に大いなる粘りを見せた彼女が半目差(だったかな?)で勝利。う〜ん(笑)。彼女が勝ったことは嬉しいんだけど、序盤にあそこまで差を付けられれば碁にならないんだということを知って貰うためには負けちゃった方が良かったかな、とも。「師匠はなんだかんだ言ってたけど、それで勝てるんだからいーじゃん!」なんて思っちゃうと、進歩が遅くなってしまう。ま、彼女はそんな子じゃないから大丈夫かな。


帰り際には、某かささぎ氏が観戦していたまりちゃんの碁の検討会を観戦。さすが私に先で打つまりちゃんだけあって、勝負は序盤で決まってた。一手で地化できる模様もあって、あとは相手の模様に打ち込んだ一群をしのげば楽勝という展開だったみたい。

「すごいね〜、まりちゃん。そこをしのげば楽勝じゃん!」という私に。まりちゃんは「しのげなかったんです!」とお怒りモード(笑)。

検討の様子を見て、まりちゃんの棋風を把握した。まりちゃんは、上昇志向で、ヤキモチ焼きだ(笑)。拠点を持つべきところで拠点を持たず上に逃げ、自分の模様を痛めてしまいそうになる。また、相手の模様の中で、さっさとサバキに行っちゃえばいいのに「私だって普通に地が欲しいわよ!」と主張して、かえって碁を苦しくする。

「前田さん、それ私の何を分析してるんですか? 棋風ですか、性格ですか?」と「?」になるまりちゃん。あ、もしかして性格もそうなの(笑)?


帰りは、その某かささぎさんも交えて食事という名の飲み。「前田さんも千寿会やったらおとなしいで〜。そんな人をいぢめるなんてでけへんでけへん。だって碁がヘタやもん」とかなんとか。ウワテの方がいらして頂くのは嬉しいんだけど、そういう話になっちゃうのがな〜(苦笑)。

尚今日は。教室のかっわいらしい女性に「いつもウェブ見てます」と言われた(さっそく掲示板にも書いてくれた)。それにしてもハッピー・マンデー教室ってのは、本当に若くて綺麗な女性が多いよね〜。私を知る棋士の方々もみんな「あんなところで師匠なんて呼ばれて役得だなあ」なんておっしゃってる(笑)。

あ、もしかして某かささぎさんがたまにハッピー・マンデーにいらしてくれるのは…(自主規制)。

投稿者 前田博明 : 23:00 | コメント (3) | トラックバック (0)