楽しい。これまでの短い経験の中で、囲碁を打つのをこれほど楽しく感じている時期はない。
たとえば「考える」こと。上級者は何手も先を読み、そして着手する。私のような低級者にそのような高度な技は使えない。低級者が着手に時間をかける場合、たいていは「こんな着手はおかしいのではないだろうか」ということを考えている。私も1週間前までそうだった。しかし今、ようやくいくつかの可能性ある着手から、戦略に応じて手筋を選択できるようになりつつある。無駄に考慮時間を使わなくなってきた。これが実感できるのはとても楽しい。
本日のフリー対局は、はるか上手の中学生。最初二子で負け。次に同じく二子で、自陣深くに入り込んだ相手の四子を殺す絶妙のノゾキをアドバイスしてもらって勝ち。次には気分を変えて十三路盤。相手の中学生が死活を勘違いして手抜きしたところを殺して勝ち。
「小さい盤は苦手です」というので、次は九路盤にして(笑)、相手の見損じを咎めて三子取って中押し。相手が「やっぱり十九路でもう一局」というので、「もう時間も遅いからハンデ戦で」ということで強引に四子置いた(笑)。落ち着いて打てば四子でも中学生に勝ちがあったかもしれないが、私とて先週1週間で八子実力を伸ばしている。ぽんぽんと打ち合ううちに大勝。
キリ、ノゾキ、オキ、ハネを効果的に打てるようになってきた。これは弟子に四子置かせて打っていた経験にもよる。これまでに読んできた多くの囲碁本で得た表面的な知識が徐々に身になってきているように感じる。
ウェブ上にある級位認定問題(手筋、死活等)ではたいてい一桁級の正答率をあげられるようになった。ま、問題集を解くのと対局とはぜんぜん別物で、実力的にはまだまだ二桁級ではあるけれど(囲碁の級は30級からある)。
ちなみに、いつものように弟子の話。
応手がすごく上手になってきた。うっかりすると十三路盤を先(セン:黒番でコミなし)で打って師匠を圧倒することもある。十九路でも四子だと、こちらが強引に勝ちを狙うことはできなくなった(三子でも打ってみたが、もはや二子程度で十分だと思われる)。アタリを見逃すチョンボは相変わらずだが、こちらの「狙い」を的確に判断して、狙いを外す応手を打つ。ちょっと上手になりすぎて師匠としては嬉しい反面悔しさもある。「やっぱり青は藍より出でて、ですよね」とか言われないように頑張らなくては。
ちなみに本日のフリー対局では、なんと弟子が二子置かせて対局していた(もちろん講師の方の指示による)。私ですら相手に置かせた経験はほとんどない。講師の方々はいちはやく「やっぱり青は藍より出でて」とか思っているのかもしれない(涙)。結果は1勝1敗だったそうだ。
今後も弟子が(生意気にも)石を置かせて打つことがあるのかもしれず、参考までに書いておく。相手に石を置かせる場合、「応手」の巧拙はあまり問題にならない。相手に先手を取られれば、置き碁は必ず負ける。自分が先手を取って相手を攻め立てる構想力、攻撃力が必要になってくる。
しかしまあ。弟子がそんな技を身に付けたらもはや私では師匠がつとまらなくなってしまうだろう。「ほどほどに」頑張れよ>弟子。
投稿者 前田博明 : 2002年11月13日 23:00 | トラックバック