2003年01月29日

「インチキ二面打ち・再」 −フリー対局−

今日はフリー対局ながら、手空きだったのでいろんな人の盤を見て回った。多くの人の癖を見ると…、私もつい最近マスターした「大きさ判断の間違い」が非常に多い。自分の生きている地で、1目減らされないために、他に10目程度の大きさのあるところをほったらかしにする。相手もそれに付き合って、その部分での小ヨセまで完了してからよそに回る。

う〜ん、懐かしいけれど(笑)、ここから抜け出すのが結構大変なんだよな。

私は前に書いたように、ピーチ先生の「大場」の講義(2002年11月4日)で抜け出したけれど、最初のうちは「その石、生きてるじゃないですか」と言われても、「だって打たないと5目くらい損しそうなんですもんっ」と思ってしまう。「そこで少々損させられても、他の大場に回ることにより、何十目も稼ぐ可能性がある」というのがよくわからない。そうこうするうちに、上手とやるとどんどん大場を占められて、完全に封じ込められてしまうことになる。

この「大場」感覚。簡単に身に付けるにはどうすればいいのかな。上手とやって、徹底的に大場に先着されて惨敗を繰り返す? そこで大場の大事さを考えるようになれば、すぐに1、2級上がるかもしれない。自分が「これでどうだっ」と打った一手をあっさり無視されて他の大場に回られる悔しさ。それを何度も感じていれば結構進歩のスピードが上がるかもしれない。

もちろん。闇雲に大場に先着すれば良いというのではなく、「大場に先着することで何をするのか」という意識も必要。それは結構難しい話になってくる。でも初心者のうちは、「生きたらよそに!」と思うだけでも相手を圧倒することができるようになったりする。そこで「なるほどっ!」を実感すれば、どの大場に先着すると有利になるのかとか、自分の石を連携させるにはどう打てば良いのかなどが考えられるようになる。

まぁ。「強くなりたい」と思っている人ばかりがいるわけでもないので、そういう人をとっ捕まえて「おらおらっ。ここの大場に先着したからあんたは惨敗だぜっ」なんて、インケン(?)な指導碁をするわけにもいかないけれど。

で、手空きの私を見て、インストラクターの方が「打ちますか」と言ってきた。うむ、最近偉そうにしている私であるので、インストラクターと打って惨敗はしたくないんだよなぁと考える(笑)。が、彼の言ったのは二人で打とうというのではなく、前にも日記に登場した女子高校生二人と二面打ちしますか、ということだった。

げげ〜ん、また二面打ちだ。。。

インストラクターに「二面打ちだから私が白番くらいでいいのかな」(この高校生二人はそれなりに力もあって成長中なのだ)ときくと「石を置かせた方が多面打ちっぽくていいですよね」と(笑)。「ま、それはそうかもな」と同意して二子局の白で二人と対戦。

序盤はまだいい。置き間違えても石が取られてしまうようなこともないし、後でいくらでも挽回がきく。しかしっ。そろそろダメの詰まった石が出てくる中盤からは悲惨だ。偉そうにしている私ではあるけれど、まだじっと見ていないと相手の着手点がちゃんとわからない(情けない)。あまり「どこに置きましたか?」と聞くのも失礼なので、なるべく聞かないようにしてやったけれど、それでも何度か「あれ、ごめん、どこでしたっけ?」なんて聞いてしまった。

で、一人との盤面を見て。「前田さん、こちらの方はまるで4子か5子置かせたような苦しい盤面ですね」と。う〜ん、そうかなぁ。まあ確かに右辺の白がやけに薄い。それもそのはず、最初の三手を打っただけで右辺はほったらかしにしているんだ。もう一局の方は相手を封じ込んで中央に巨大な地を作っていたので、この不利な盤面の方にやや注力。

そうこうするうちに。有利だったはずの盤面で、相手の着手点を見失い、テキトーに応手したら大石を取られた(な、情けない…)。相手の子は敗勢の碁が一気に優勢になったので「ヤッター、ヤッタ、ヤッター」と喜んでいる。「う〜ん、そこで喜ぶのもどうかと思うが、でも喜んでもらってるからいいか」と(苦笑)。

結局苦戦していた方には勝ち、勝勢明らかだった方に負けた。うん。二面打ちは私にはまだぜんぜん早いということが勉強になりました。ありがとうございました。

たまに調子に乗って「俺って、ヒカルと同じ速度で進化してない?」なんて悦に入ったりする私。でもヒカルは三面打ちの棋譜をすらすら書いてしまうんだよな。もうそんな僭越なことは言いませんm(..)m。

その後は、綺麗な打ち方をするんだけど、ちょっと伸び悩んでいる女性と四子で対戦。相手の大石を大きく取り込んで、中押しになりそうなところから、ちょっとずつアドバイスなどしながら対局。ふと、黒の妙手が浮かんだ。「ねぇ、そこ切ってみたら面白いと思いませんか?」。

その着手が妙手だった。私は身動きができず、取り込んだはずの相手の黒石が大復活。その石を取り込んで、そこの厚みから手を広げていた私はもうどうしようもない。盤面の各所に死活問題が発生した。

もうこうなったら私にすることはない。相手の方に「私のこの石を攻めてみましょうよ。まだ生きてないですからあせりますよ」とか、「ここは必殺ダメ場作戦で黒の希望を打ち砕きましょう」とか。単に負けだと恥ずかしいので「これは指導碁なんですからね」なんていう言い訳を相手の方と自分にしてみたわけだ(爆)。

そんな中。相手の方に質問された。「ダメ場作戦ってなんですか?」。えと、一般的な用語なのかどうかは知らない。でも、相手の地ができそうなところにちょっかいを出して、そこをどちらの地でもなくすることを私は「ダメ場作戦」と呼んでいる。

「そんな『作戦』なんて名付けるほどのもんか」と言われるかもしれない。でも初心者のうちというのは、「地ができないところには石を置きたくない」なんて考えてしまうもの。だから自分の地ができるところにばかり石を置き、相手も相手で自分の地を広げていく。いわゆる「囲いあい」になるわけだ。私はこの「ダメ場作戦」をマスターしてから結構勝てるようになった。

尚、実は私には必殺技がもうひとつある。相手の地模様に打ち込んで、どうにも生還が望めなくなってしまったときに実行する作戦。名付けて「必殺『そこはもともと相手の地だったんだから』作戦」。この作戦を実行しても何の得にもならないけれど、とりあえず精神的な痛手からは逃れることができる…かな?

弟子。生意気に「伸び悩みです」などと言っている。私にも二子で勝つことがなくなってきたし、教室での勝敗も勝ったり負けたりらしい。

しかし。ここ2ヶ月間、私は強くなり続けているのに、それについてくるだけでも大したもんなんだぞ>弟子。それに弟子は、布石上の要点を今マスターしつつあるところ。今注力しているのは「中央に顔を出す」ということ。弟子も数ヶ月前の私に似て、地を大事にするあまり囲っているうちに封鎖されることが多かったのだ。

そんな弟子へのアドバイスは「とにかく中央に顔を出せ」ということ。弟子は素直なので、「顔を出すぞ」と思うとすごく頑張って顔を出す。最近の対局では封鎖されることも少なくなってきた。しかしながら、顔を出すことによる損得のバランスが狂うこともあるみたい。また、顔出しに失敗した時のことが心配で「攻めながら顔を出す」ということがちょっとできていないのかもしれない。

封鎖されないことはとても大事なことだけど、最後は地を争うゲーム。その辺りのバランスがそのうちにわかってくるよ>弟子。新しい課題をマスターしようとする時には、一時的に思わぬ敗戦を喫してしまうものなのだ。ふとしたきっかけでバランスに気付いて、そしたらまた数級強くなっている自分に気付くことだろう>弟子。

付言すれば、弟子よ。君はまだ棋歴4ヶ月なんだぞ(笑)。私と同じくらいに強くなってしまうと、私がムクレルことも忘れてはいけないよ(笑)。

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2003年01月27日

「カカリ」 −講義−

何はともあれ、今日は弟子の話から行こう。

弟子が碁笥と間違えてお茶を入れた紙コップに指を突っ込んだ。弟子にも言い分がある。「相手の方、何だかすごく真剣な雰囲気を持った方ですごく緊張しちゃったんです」。

ふ。ぼけた弟子よ。

これまであまりパーソナルな記述を避けてきたが、弟子は24歳、妙齢の女の子。ぼけ〜っとした雰囲気で、まぁはやりの言葉で言えば「ナゴミ系」なのかもしれない。まぁ、師匠の贔屓目も含めて言えばかなりかわいい(笑)。

で、そんな弟子なのではあるが、師匠のインケンな厳しい指導のもと、棋力はグングン伸びている。でも一般の方には我が弟子の棋力などわからない。私と二子で打ってはいるが、普通の人がみれば「ぼけえっとした女の子」。そんな弟子が、たいていの相手に二子程度の石を置かせて打つ。相手の方にとってみれば「何、この子?」という感じだろう。

弟子自身も。「私のようなボケが、相手の方に石を置かせて打つなんてことして良いのかしら?」なんて感じている。だから相手の方に「石を置いてください」なんて言うときにはかなりドキドキしているわけだ。

今日も。相手の方に二子置いてもらって対局をはじめる際、「なんだか強そうな人なのに、私なんかが二子置かせちゃって良いのかしら」なんて緊張感いっぱい。おまけに、これまであまり話もしたことのなかった人が相手だ。弟子は緊張感でいっぱいになり、そしてパンクした。

右手に碁笥。

左手にお茶を入れた紙コップ。

右利きの弟子は、あろうことかおもむろに左側に手を伸ばし、石を取るつもりで紙コップに指を突っ込んだ。

もちろん相手の方も、この捨て身のギャグを無視はできない。「ぷっ」っと噴出してしまわれたそうだ(笑)。さらに弟子。中盤で勝敗の趨勢が見えてきたあたりでさらにこう言った。

「あの。お茶、入れなおしてきて良いでしょうか…」。

さすがは我が弟子ではある。大阪人のノリそのまんまだ。一度使ったネタでも徹底的に使い倒す。「すごいな」と思って弟子を褒めようとした刹那、弟子は言った。「だって、ただでさえ緊張してたのに、お茶に指突っ込んじゃって、喉も渇いちゃったし…」。

ふ。弟子よ。君は素晴らしい。

以上の話は全て弟子から後刻報告を受けた内容を元に構成している。

で、私。その話を聞いた瞬間に、遠くにいるインストラクターの方を大声で呼んで、この話を聞いてもらった(笑)。わりと「クール」目をウリにしている(?)インストラクターの方もこの話には思わず腰を曲げて笑った。「ぷぷっ。ぷぷぷっ。そ、それで、、、、。その、相手の方の反応はどんなだったんですか?」。

私たち師弟は、皆さんに喜んで貰うことを一番に教室に通っている(爆)。

さて、私。今日は尊敬する女性棋士(と、言っても同じ教室の生徒なわけだけれど)との互先対局。10月か11月の対局で、すごく力の差を感じた方。その打ち筋に隠れ見える知識に対し、深く尊敬の念を抱くとともに「いつか成長した暁にはこの人ともう一度対局したい」と思ったのだった。

対局前。相手の女性に握って貰い、私が白番。「私、すごく強くなりましたのでよろしくお願いします」、と。いや、相手の方にプレッシャーをかけようとしたわけじゃない(笑)。以前は私の力が及ばずにすごく失礼したと感じていたので、「今日の私はちゃんと相手になりますよ」ということを伝えたのだ。

対局は。

ここ数日、「相手の石の逃がし方」を研究している私に、ぴったりとはまった展開となった。相手の方のかかってきた石を、思う方向に逃がしながら、それをうけるふりをしつつ自分の地を固める。ここのところ「忙しいんですっ」という言い訳をしながら仕事もせずに碁三昧の私があるいは上手になったかもしれない。しかしながら今日の対局は、力の差云々ではなく、私の構想にすっぽりとはまり、そしてそのまま私の勝ちとなった。

尊敬する打ち手と対局して、そして自分の思う通りの碁を打つことができた。碁自体は打ち損じもあり、決して「会心の碁」というわけではなかったけれど、それでも自分の成長を見せることができて嬉しかった。

授業終了後は、孔令文先生含め、インストラクターの方々と雑談。「ねぇ、先生。私強くなったでしょ!」。「自分でも思うんですよ。なんかすごく強くなったよな、って」。

ハッピー・マンデーは、講師の方が級位認定をして下さる。講師の方々に「強くなった」と印象付けることで、1級くらい上の認定にならないかという涙ぐましい努力だ(嘘)。

尚、今日から「にゅーめがね」にした私。ちょっと眼鏡の形が孔令文先生の眼鏡に似ている。「先生。僕も先生と似た形の眼鏡にしました。これできっと死活も間違えませんよ!」、と対局中にアピール(なんの?)する私。

でもそんなこと言っている先から、孔令文先生の見ている前で打ち損じた(爆)。「しまった」と思った私は先生に強弁しておいた。「先生っ。こっちの石がよしんば死んだところでこっちの手はこっちの手で大きいんですからね!」。孔令文先生は「馬鹿な生徒がいるよ」という表情で「そ、そうですね。その手も一子取れているので大きいですね」と半ば呆れながら同意してくださった。ふっ。呆れられようがどうしようが、先生に認めてもらったことだけを糧に自信を深めていくのが私のやりかた。

これでいーのだ。

尚、順番が逆になってしまったけれど、本日の講義は「カカリ」。

なんだか、私にとっても「シマリ」とか「カカリ」は難しい。囲碁を打ち始めて、最初の頃は小目に打てば必ずケイマに締まるものだと思っていたし、まさか相手がそのシマリを邪魔してくることがあるなんて思ってもいなかった。今でも自分のシマリと相手へのカカリ、どちらを優先すべきか悩む。それに相手の大模様のヒラキを見て、中途半端なヒラキでもない、シマリでもない手を打ってしまうこともある。

最初のうちは。「シマれるところはしっかりしまる。カカルチャンスがあればしっかりカカル」という意識で、ひたすらシンプルに進めた方が良いんだろう。初心者のうちに「地と勢力のバランスはどうよ?」なんて考えると、たいていはボロボロの碁になってしまう(と、経験者は語る)。

シンプルに、基本に忠実に。そうやって打っていればどんな上手と打っても差はせいぜい50目程度。50目程度の差の碁なんて、素人が盤面を見ても「あれ、ちょっと負けてるかしらね」くらいのもんだ。上手の人と最後まで打ち切る碁が打てれば、それだけで結構勉強になるもんだと思う(ま、相手の方によっては50目差がついた碁を打ち続けることを嫌がる方もいらっしゃるので、それはそれでけーすばいけーす)。

蛇足みたいになって申し訳ないけれど。水曜日に弟子と対局したSさん。

今日も授業の始まる前に本を見ながら石を並べていた。その石の並べ方が非常にスムーズで早い。早大囲碁部も言っていた。「棋譜を見て石を並べる。徐々に並べる速さが早くなり、それがすなわち棋力の向上なんですよ」と。Sさんは、このクール(1月〜3月まで)が終了するまでに、私と方を並べてしまうのかもしれない。嬉しいけれど、強くなりすぎて私との対局機会がなくなってしまうかもしれないのはちょっと残念だ。

ちなみに。今日は教室で中位くらいの方と対局して、Sさんは見事勝利していたそうだ。学ぶ姿勢真摯なる人は成長が早い。

ピーチ先生、あなたの教室で、こうやってすごく成長して、そしてまた誰かに碁の楽しさを伝えてくれそうな人が出てきてますよ。今頃きっと、ピーチ先生、お葬式ですよね。小林千寿さんのお話によれば、不本意そうな表情を浮かべられていたとか。

ピーチ先生、少なくとも遺志を大事にしたいと思っている人はたくさんいます。結果も残ってきています。ぜひとも、それだけは伝えさせてください。私の弟子を含め、面白い打ち手を何人も揃えてそのうちに対局申込に行きますからね。

投稿者 前田博明 : 23:00 | トラックバック

2003年01月22日

「インチキ二面打ち」 −フリー対局−

ハッピー・マンデー囲碁教室に、将来すごく有望な女流棋士がいる。Sさんと言う美人。

打ち始めてまだ間もないらしく、先日まで十三路盤を打っていた。その十三路盤の石の並びを見ると、とにかく美しい。初心者の対局というのは往々にして「右が黒地、左が白地」なんていう囲い合いの碁になることが多いんだけど、彼女たちの盤面は石が入り組んだ、すごく「囲碁らしいカタチ」をしていた。

私の経験で言えば、入り組んだ石のカタチを実現できるようになったのは、十九路盤を打ち始めて3週間くらいしてから。あまりのカタチの美しさに「アナタたちは、もう十九路盤を打った方が良いですよ」なんてアドバイス。先生も連れてきて「ねぇ、彼女たちの盤面、美しいでしょ? 十九路に移った方が良いでしょう?」と強引に推薦。それで十九路盤を打ち始めたんだけど、はじめての対局でもやはり美しい石のカタチを残していた。凄いな。

そのSさん。教室でひとりで本を見ながら石を並べていた。勉強の邪魔をしちゃ悪いかなと思いつつ「私の弟子と打ってみますか?」と。経験の差があるので、Sさんに三子置いてもらって対局をしてもらった。

弟子は初めての三子局にやや緊張していたようだけど、なんとか経験の差で勝利。終了後は偉そうに(笑)指導をしていた。うん、でも弟子もやはりSさんの石運びの綺麗さを感じたようだった。最初からこういうふうに綺麗な流れで石が打てる人というのは成長も早いに違いない。勉強もすごくしているようで、別の人との対局のときには「ここ、ウッテガエシになっちゃうんですよね」なんて言っていた。私など、今でも気付かないうちにウッテガエシされちゃうことがあると言うのに(笑)。

注:弟子からクレームが入った。弟子は三子で打った経験は既にあったらしい。ごめん>弟子。

そのSさん。私のエラソーな態度に遠慮してか、私のことを「センセー」などと呼ぶ(笑)。「いや、私はセンセーじゃないですけどね」と言っても、他のアシスタントの方にも「先ほどあのセンセーに教えてもらって」なんて言っている。アシスタントの方々に「前田さん、嘘教えちゃだめですよ」と叱られるんじゃないかと思いつつ、才能がありそうで、頑張っている人に「センセー」と呼ばれるのがちょっと嬉しかったりもするわけだ(笑)。

弟子は。最近また急速に地力を上げた私との二子対局で「なんだかわからないうちに負ける」という碁が続き、ちょっと自信をなくしていたかもしれない。でも今日は何局か打って全て勝利だった様子。そう、弟子よ、君も強くなっているのだ。私が昔のような嵌め手めいた手を打たなくなったから、なぜ負けるのかがわかりにくくなっているかもしれないと思う。でも嵌め手にやられてしまうよりも、普通の手に対する応手を研究した方が絶対に強くなると思うからね>弟子。

で、私の話。今日は久しぶりに二人の方と互先で対戦、いずれも私が黒を持ち、例によって中国流。入ってきた石を完膚なきまでに殺していずれも中押し。うん、私くらいの棋力の人が相手だと、中国流とはすなわち嵌め手かもしれない(笑)。中国流も、三連星ほどではないけれど、勢力の碁。相手にとってみれば「うわぁ、この黒の地模様を消さないと大変なことになる」というプレッシャーになる。

そこで黒の模様に入り込んで戦うことになるわけだけれど、中国流は純粋な勢力碁ではなく、一応地も考慮に入れている打ち方。消しにきた白を苛め抜いているうちに黒地は拡大し、そしてときに白の大石を殺す。ここ数日私と対局する人は皆、この「広大に見える地模様」にびっくりして自滅していった感じだ(笑)。

あとは例によって偉そうな指導碁をしたりしているうちに、攻撃好きなS嬢(上述のSさんとは別人)と、もうすこし棋力のおちるS嬢(あれ、みんなイニシャルがSだな)と二面打ち(いずれも白番。一局は二子局)をすることになった。

二面打ちは一度だけやったことがある。しかしこれ、実際にやってみると思いのほか難しい。序盤はまだどうにかなるが、戦いに入ると相手のダメの数など数えていられなくなる。だから「ふぃーりんぐ」でタタカイを挑むことになってしまう(笑)。

さらに。終盤になってヨセになると、先手ヨセがよくわからなくなる(苦笑)。落ち着いて考えればわかりそうなもんだけれど、どうもまだ私の棋力では足りないみたい。

だから二面打ちなど本当はやりたくない。いや、やってみるのは面白いと思うけれど、対局相手に迷惑をかけるのが明白なのであまりやりたくないのだ。

でも今日は相手の希望、というか要求。それならば二面で打たねばなるまい。対局中に後ろから眺めるアシスタントの方に「いや、ぼく、いま、偉そうなことやってますけれど、これは決して私が言い出したことではなく…」なんておろおろと言い訳しながらの対局。教室名物(?)の女子高生二人組が「あ、二面打ちだ。さすがー」なんて言うもんだから余計におろおろした(笑)。

結果的に。やはり途中でダメが数えられなくて「テキトー」にタタカイに行ってしまったり、片方の対局者とヨセに入ると一方の対局者にしばらく待ってもらったりしながら打ち切った。一応いずれも勝利。強いほうの相手とは盤面で1目差だった。ヨセをかなり間違えて差が縮まった感じ。もう一人は、まだ石の連絡や死活に自信がなく、不必要に固く守ろうとする傾向がある。そこでどうしても彼女の手が遅れてしまうのでそこをついていっての勝利。どういう状態になれば石が繋がるのか、生きるのかということをちょっと勉強すれば強くなると思うよ。

なんだかやけにたくさん対局した日で、ハイになってしまって帰る道すがらも弟子に向かって「ねえねえ、俺、強くなったね。すごく強くなったさ」なんて、弟子の深層心理に深く刻みつけておいた。近々弟子が棋力で私を抜いても、当分私には勝てないようになったはずだ。。。

投稿者 前田博明 : 23:00 | トラックバック

2003年01月20日

「献碁」 −講義−

ピーチ先生が亡くなる事件があり、本日の講義はお休みで、生徒・講師の方全員による献碁を行った。

ハッピー・マンデーは、石を持ったことのない人から、1年くらいの棋歴を持つ人までさまざまな人がいる。その人たちが順番に石を置いていく。初心者の人、急速に上達した人、ちょっと伸び悩んでしまっている人。

不思議なことに。「この局面、この人には難しいかもしれないな」と思うときにも、皆、なかなかの手を打ち続ける。「碁が壊れてほしくない」。そんなみんなの思いと、私たちの先生であるピーチ先生に捧げる碁なのだという気持ちが、この碁に結実したのかもしれない。

ドラマチックに過ぎて、眉唾に思えてしまうかもしれないけれど。「ピーチ先生、私たちは碁が打てるようになりました」という気持ちは確かにピーチ先生に通じ、そして良い着手を打たせてくれたんだと思う。

尚、クラスの方にも「教室にピーチ先生の名を残そう」の署名をお願いして、皆さんに快く応じていただいた。教室にはピーチ先生の写真が飾っていて、じっと見るとまた汚いオヤヂノナミダを見せてしまうところだった。

でもね。ピーチ先生。もう既に「私もピーチ先生に教わりたかった」なんて人がいますよ。僕はもっと大勢の人に「私もピーチ先生に教わりたかった」と思わせます。指導碁盤をたくさん用意して待っていてください。

献碁の後はフリー対局。

今日はまず棋歴4ヶ月の女子高生と対局。組合せを決める方が2子でとおっしゃるので、それなりに強い相手なのだと気を引き締めて厳しく打った。結果は… 100目対30目程度の大差。う〜ん、序盤厳し目に打っていたので中盤以降に調整するチャンスはなかった。「負けすぎっ」と、彼女は笑っていた。

彼女の打ち手は面白かった。こちらが下からえぐっていくと、必ず上からコスミで押さえつけてくる。前日に棋聖戦での山下敬吾の打ち筋を見ていた私は、彼女もまた山下のように自由自在に中盤を制するタイプなのかと思って地を稼ぎに稼いでしまったわけだ。

序盤の数手を示し、基本的にはやはり隅や辺を大事にした方が良いことを伝えた。後に彼女は秀策の棋譜などを並べつつ、早大囲碁部の人(たまたま来ていた)の解説を聞いていた。こういうふうに、きちんと勉強していけば、私を超えることなどはたやすいはず。

「その棋譜はヒカルが泣いてしまった棋譜だよね。ほら、佐為のこの手なんか四方八方睨んだ凄い手だとか言ってたでしょ」(有名な「耳赤」の棋譜)と言うと「え、これがそうなんですかっ!」とちょっと喜んでいた。

この日は他にもいろんな人と、石を置かせて対局した。ある人と五子局で打った碁のみ負け。五子だとさすがに入り込むのが苦しい。おそらくは入り込んで行っても石が死んでしまうことはないのだろうけれど、そんな無理手を打つのは碁じゃないかもなと思いつつ、素直に打っていたらやっぱり負けた(笑)。

この五子で私に勝った女性は、どうも「遠慮」が過ぎる。まあこれはつい1、2ヶ月前の私と同じ欠点だから偉そうには言えないのだけれど。私がカカルと、必ず凹んで受けてしまう。ここで相手を叱るテクニックを身に着ければ強くなると思うんだけれども。

親切な人(?)を相手に、「死んでもいいや」という気持ちで厳しく打っていればそのうちに感覚が掴めると思う。

弟子。今日は、年配の方に二子置かせてもらって対戦していた。弟子曰く「初めて打つ人とはやりにくいです」。結局2局打って2局とも負けだったらしい。私と二子で良い勝負をすることもあるのだから、力的に見て二子で連敗するほどとは思えないのだけれども…。

相手の方は「私の手に騙されているんですよ」なんておっしゃっていた。でも騙し手は私で慣れているはずなんだがな。明日からはもっと騙し手を打って鍛えることにしようか(笑)>弟子。

弟子二号の対局はほんのちょっと見ただけ。ただほんの10手程度の中に、8手も手拍子の手があった。相手は攻めるのが好きな人なので、そういう人を相手に手拍子で打っていては絶対に勝てない。まあ、、、そういう碁を楽しんでいるようでもあるから何も言うまい…

先に話した早大囲碁部の人。高校生に指導しながら「棋譜を並べるのって、初心者のうちは何時間もかかると思う。でもタイムトライアルで並べてみて、その時間が短くなってくればそれだけ上達しているんですよ」と言っていた。

なるほどな! いいこと言うじゃないか>早大囲碁部。

私は実は目が疲れてしまって(と、こういうときだけ年寄りを言い訳にする(苦笑))、棋譜を全部並べたことはこれまでに1、2度しかない。そして「棋譜並べは有効かもしれないけれど、私はもうちょっと強くなってからにします」なんて言い訳していた。

しかしこの早大囲碁部の言うタイムトライアル。これは確かに良い指導方法かもしれない。並べるのが早くなるということはすなわち、「手筋」がわかってきているということだ。「並べる速さ」は時計で測れば結果が即座に目に見える。きっとモチベーションも上がるだろう。

「今度暇なとき」、と相変わらず言い訳をしつつ、私もこの訓練を取り入れてみようかと思っている。

投稿者 前田博明 : 23:00 | トラックバック

2003年01月15日

「中国流炸裂」 −フリー対局−

月曜日、「中国流」の本と、「戦い」に関する本を買って帰った。「中国流」というのは最近あまりはやらないみたいだけれど、「勢力」と「地」のバランスを考えた打ち方で個人的には好み。「三連星」も魅力的だけど、武宮氏(三連星から、大いに勢力を大事にするうち方で「宇宙流」と呼ばれる打ち方をする人)の本を読むと、「三連星」を打ち切るのは相当に難しそう。

もちろん、勢力指向の三連星を打ち切ることのできない私なので、中国流も「低い中国流」を愛用している。私くらいの力の人間は、高い中国流を打つとスソが気になってしょうがなくなる。

さて、そんなわけで中国流愛好者の私。初めて中国流に関する本を1冊通読して(好きだと言ってるのにこれまで読んだことがなかった…)、この技法を試したくてしょうがない。幸いにして今日はフリー対局の日。できることならちょっと実力のある人間を相手に試してみたい…

そう思って棋院に行くと、いた。先日の日記にも出てきた「師匠とは呼びたくない女性」。アシスタントの方が対局相手を決める前にさっさと彼女にところに行き打ち始める。ニギリで黒番を取った私はもちろん中国流。

で、結果は彼女が一目のみ残して私の大勝。中国流に構え、模様が深くなってきたところに入り込んできた石を厳しく攻め立て、結局殺してしまった。アゲハマが数十目になる碁だった。

「リベンジっ」と、その女性。「ふっ」と、今度は私の白番。そういえば白番の勉強を全くしていない自分に気付いたけれど、コミがあるのだから落ち着いて打てば良いと、小目・小目の配置。小目から広げた硬い模様に入ってきた彼女の石を再度全滅させ中押し勝ち。

しばしば言われる「自分の強いところでは戦え」という言葉を、今日はずっと意識し続けていた。うけたくなるところで積極的にボウシから戦い。キリチガイになってようやく実感した。自分が強い場所では自分のダメ数を増やすのは易しい。「これが有利な場所では戦えという意味かっ」と強く実感した私は、また少し強くなった。

「もう一度だ」ということで再戦。一局目・二局目でちょっと調子に乗りすぎた私は、取り切ったはずの相手の石を生かしてしまう大失敗。それでもなんとか他のところで挽回して、結局盤面で75目対38目の勝利。

「一級とか自慢するなら石置かせんかいっ!」というのが彼女の最後の言葉だった。合掌。

尚、対局中、後ろでこの1月から碁を始めた女子高生二人が私たちの碁を観戦。「なんかうまいっ!」「使ってる石まで高級品に見える!」なんてオヤジキラーなことを言う(笑)。キミタチ、ソンナトシカラオヤジキラーナコトヲユッテイテハイケナイヨ、と思いつつ、でも嬉しかった(笑)。

(あとで確認すると、この高校生、昨年の4月にもハッピーマンデーに来ていたらしい…)

でもその後。「君たち、打つかい?」というオヤジの誘いは「いえ、今日はもう十分です」とあっさりかわされたのだった。ふっ。

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2003年01月14日

「攻め合い」 −講義−

今日は世間では休日。会社にいても電話もかかってこないだろうから、初めて棋院のフリー対局室に入ってみた。

最初は弟子と打っていたが、その後、昨年教室で一緒だった中学生がやってきて対局。弟子は初段という高校生くらいの男の子に指導碁を打ってもらうことになった。その高校生。すごくいい子で、弟子のヘンチクリンな手を一々指導してくれる。結局4、5局打ってもらったんだろうか? 私にばかり指導されていては、弟子の打ち筋も「インケン」になるかと日ごろ心配しているので、こういう上手がきちんと指導してくれるのは嬉しいことだ…

その部屋で講義の時間まで過ごすうち、小学校低学年の女の子がやってきた。碁を覚えたてらしい。この子もとても良い子。なんだか棋院で見る幼い碁打ちは良い子ばかり。礼儀もできていて、負けてもふてくされたりはしない(もちろん例外もあるにはあるが)。

碁が「教育に良い」と単純には思わないけれど、やはり年齢差のある人と交流する場というのは教育にも良いと思う。そういうふうに考えると、年齢層の広い碁というのはやはり教育に良いのかもしれない。

さて、講義。今日の講義は「攻め合い」。碁というのは、石を囲まれると取られてしまうので、自分の石を囲わせず、かつ相手の石を囲うというテクニックが必要になってくる。そのために「シチョウ」とか「ホウリコミ」、「オイオトシ」、「ゲタ」なんていうたくさんのテクニックがある。

もちろんこういうテクニックはどの碁の本にも載っていて、はやい時期から名前は知っている。でも実戦で「よし、ここではホウリコミの手筋で相手の石が取れる!」と完全に読みきれるようになるには時間がかかる。私も自分では「俺もわかってきたな」なんて思うけれど、通信対局などで上手を相手にすると、いつの間にかはめられることがある。

昨年末、私の弟子二号になった女性は「私、対局中にゲタとか考えたことないですよ!」と。弟子二号に教育的指導。そんなことだから上達の速度が止まっているんだぞ(笑)。

講義の後は先生がペアを決めて、それにしたがって対局。今日の私の相手は孔令文。なんだか強そうな奴だ、って先生だっつーの(笑)。先生に指導碁をしてもらえることになって(普通、プロに指導碁をしてもらうとお金がかかる)、五子置かせてもらった。

で。なんとか最後まで打ち切ることができたものの(と、いうか打たせて貰った?)惨敗。途中で気付かなかったところに打ち込まれて思わず「それくらいは気づけってことなのかっ!」とボヤいてしまった。先生曰く「いえいえ、あはは」と。

終局後に並べなおして、「前田さん、打っているときは気付かないかもしれませんが、自分が打ったあとの五手あとの形を見たら、自分の石がいかに無駄な石かが見えてくるでしょう」と。ふむ、確かにそうだ。相手の壁にへばりついている自分の石がかわいそうになってくる。「私の石はかわいそうなんですね?」。「そう、すごくかわいそう」。いや、「すごく」まで言われると私もちょっとかわいそうなんですけれども…>先生。

それでもやっぱり参考になる碁だった。

今日は棋院で「中国流」の打ち方の本も買ったし、「戦い」のやり方に関する本もかった。これらの本と今日の指導碁で、またきっと棋力が上がってるはず(下手は成長の速度が速いのだ)。水曜日のフリー対局で誰かに完勝しようと考えつつ帰宅した。

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2003年01月08日

「ライバル(?)との再戦」 −フリー対局−

去年の日記にも書いたけれど、去年の十月にハッピーマンデー囲碁教室に復帰したとき、惨敗を喫した女性がいる。と、いうか勝ったり負けたりだったんだけど、私が勝つときは数目差。負けるときは数十目差だった。彼女はとにかく「戦い」が好きで、平和主義者の(?)私にとっては天敵。

昨年の十月くらいの私はと言えば、相手の石をキルこともできず、相手の無理手に対して自分がへこみながら受けるような感じだった。彼女とやってからしばらくというもの、攻守のバランスが全くわからなくなり、囲碁を覚えたての弟子にも十三路盤で負けるような状態になってしまった。

そんな中、みようみまねの三連星などで手探りして、ようやく不調を脱出。弟子に石を置かせて打ち、「戦いを避けては勝てない状況」を経験したのも良かったんだろう。よくあることだけれど、不調を脱出した時には不調になる前に比べて5級くらい力が上がった実感があった。

まあそういう意味では。あまりこんな風に言いたくないけど、彼女は私の師匠なのかもしれない…。でもまぁ。師匠とはあまり呼びたくないタイプの女性なんだよなぁ…。なんか意味不明なメールを送りつけてきたりするし…。

それはともかく。月曜日の初講義の後、少人数で新年会と称して飲み、その場で「じゃあ水曜日に打とうか」という話になった。

自分が強くなってから。彼女とはほとんど対局したことがない。「絶対負けない!」という自信はあるものの、彼女の攻めにうけてばかりいては負ける。

で、水曜日。彼女を待っていたけれど彼女はこない。「臆したなっ、猪木!(意味不明)」と思いながら他の人と対局しているうちに彼女がやってきた。で、しばらくして対局。

結果は私の小差勝ちだった。いや、石数で言えばそれなりの差がついたんだけど、手ごたえとして「やっつけた」という実感がない。う〜ん、自分が思っているほど、自分は成長していないのか? 彼女とうったせいでまた不調になったら嫌だなと思いつつ帰路についた。

うむ。まだまだこのままじゃいけない。次に対局するときには地を0にするくらいに押し込んでやろうと思ったのだった…

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2003年01月06日

「1級の意地?」 −講義−

日本棋院のウェブサイトで、オンラインの級位認定・段位認定試験を受けることができる(つまらないことだけど「段位」はすぐに変換できるのに「級位」は変換できない…)。11月から受け始めたんだけど、12月の試験結果はなんと「1級」だった。なんと百点満点。試験で百点を取るなんていつ以来か思い出せない。嬉しくなってつい免状の申請なんてしてしまった。免状を貰うにはお金がかかるんだけれども…

と、いうわけで本年のハッピーマンデー教室には「1級」として参加(笑)。自分に1級の力がないことはよく知っているけれど、一応公式の機関から免状なんてもらえるのは嬉しくてしょうがない(苦笑)。まあハッピーマンデーで指導してくれる方々は私に1級の力などないことはよくご存知で、クラスでは10級扱いということになっている。

内緒ではあるけれど、「パンダネット」というオンライン囲碁サイトでの級位はもっと低い。人の話を聞けば、私の力を、とある碁会所換算にすれば5級〜7級くらい。

と、いうわけでこのページも新しくしたので、私のこれまでの棋歴を簡単に…

  • 平成14年1月 「囲碁雑考」というエッセイ(幸田露伴)を見て囲碁を始める
  • 平成14年1月 「ハッピーマンデー教室」に通い始める(ほぼ講義の日のみ)
  • 平成14年3月 「ハッピーマンデー教室」終了
  • 平成14年4月〜9月 ブランク
  • (平成14年6月 前職場退社)
  • (平成14年7月 日本棋院にほど近い場所に会社設立)
  • 平成14年10月 囲碁の弟子を獲得。弟子とともに「ハッピーマンデー教室」再履修
  • 平成14年11月 日本棋院のサイトでの級位認定試験 8級
  • 平成14年12月 日本棋院のサイトでの級位認定試験 1級
  • 平成15年1月 「ハッピーマンデー教室」再々履修
  • 平成15年1月 東大囲碁部の家庭教師(週1度)を付ける(笑)
と、いうわけで囲碁を打ち始めてから数えれば1年。ブランクを考えると6ヶ月が経過したところ。弟子は10月に打ち始め。私とだいたい2子の実力関係。でも先生たちは私より弟子がお気に入り。私の顔はもう見飽きたし、驚くほど成長してびっくりさせるというようなこともないのであまり相手にしてもらえなくなったかも?

好きな棋士は張栩(ちょうう)と山下敬吾。あと、金秀俊(きむすじゅん)も好き。棋風で好き嫌いを言えるほど私の実力がないので、ルックスやしゃべり方が好きなのかも…。ちなみに張栩は一度棋院でみかけた。趙治勲も一度見かけたんだけど、なんだか怖かった…(?)。

で、今日は最初の授業の日。あまりにたくさんの人がいてびっくり。これまで講師だったハンス・ピーチ先生がアルゼンチン(?)に囲碁普及運動に行っているそうで、その間の講師は孔令文先生。先生は両方とも四段。ハンス・ピーチ先生は昨年五段になれなくて残念そうだった。孔令文先生は「大手合の仕組みがどうなるかわからず、これから昇段する人は大変ですよ」と言っていた。

と、そんなわけで昨年に続き、ハッピーマンデー教室の様子をお伝えしていきます。

そうそう。本年最初の対局。負け(笑)。勝勢明らかで、最後にしなくても良いコウ争いをしていて、そこが隅の三々に絡みそうな気配で「よしやってみよう!」とやってみて失敗(苦笑)。アシスタント講師の方がやけに嬉しそうに「前田さん、負けたんですってね」と。なんだかいじめられているのかもしれない(笑)。ふ。

尚、棋院のハッピーマンデーは毎週月曜日の講義と水曜日の自由対局。加えて月曜日のフリー対局室無料入場がついて月額7千円。三ヶ月一括払いなら1万8千円。結構安い値段だと思う。2ヶ月目、3ヶ月目からも参加できるので興味を持った方は日本棋院にお問い合わせください。

投稿者 前田博明 : 23:00 | トラックバック