今日はフリー対局ながら、手空きだったのでいろんな人の盤を見て回った。多くの人の癖を見ると…、私もつい最近マスターした「大きさ判断の間違い」が非常に多い。自分の生きている地で、1目減らされないために、他に10目程度の大きさのあるところをほったらかしにする。相手もそれに付き合って、その部分での小ヨセまで完了してからよそに回る。
う〜ん、懐かしいけれど(笑)、ここから抜け出すのが結構大変なんだよな。
私は前に書いたように、ピーチ先生の「大場」の講義(2002年11月4日)で抜け出したけれど、最初のうちは「その石、生きてるじゃないですか」と言われても、「だって打たないと5目くらい損しそうなんですもんっ」と思ってしまう。「そこで少々損させられても、他の大場に回ることにより、何十目も稼ぐ可能性がある」というのがよくわからない。そうこうするうちに、上手とやるとどんどん大場を占められて、完全に封じ込められてしまうことになる。
この「大場」感覚。簡単に身に付けるにはどうすればいいのかな。上手とやって、徹底的に大場に先着されて惨敗を繰り返す? そこで大場の大事さを考えるようになれば、すぐに1、2級上がるかもしれない。自分が「これでどうだっ」と打った一手をあっさり無視されて他の大場に回られる悔しさ。それを何度も感じていれば結構進歩のスピードが上がるかもしれない。
もちろん。闇雲に大場に先着すれば良いというのではなく、「大場に先着することで何をするのか」という意識も必要。それは結構難しい話になってくる。でも初心者のうちは、「生きたらよそに!」と思うだけでも相手を圧倒することができるようになったりする。そこで「なるほどっ!」を実感すれば、どの大場に先着すると有利になるのかとか、自分の石を連携させるにはどう打てば良いのかなどが考えられるようになる。
まぁ。「強くなりたい」と思っている人ばかりがいるわけでもないので、そういう人をとっ捕まえて「おらおらっ。ここの大場に先着したからあんたは惨敗だぜっ」なんて、インケン(?)な指導碁をするわけにもいかないけれど。
で、手空きの私を見て、インストラクターの方が「打ちますか」と言ってきた。うむ、最近偉そうにしている私であるので、インストラクターと打って惨敗はしたくないんだよなぁと考える(笑)。が、彼の言ったのは二人で打とうというのではなく、前にも日記に登場した女子高校生二人と二面打ちしますか、ということだった。
げげ〜ん、また二面打ちだ。。。
インストラクターに「二面打ちだから私が白番くらいでいいのかな」(この高校生二人はそれなりに力もあって成長中なのだ)ときくと「石を置かせた方が多面打ちっぽくていいですよね」と(笑)。「ま、それはそうかもな」と同意して二子局の白で二人と対戦。
序盤はまだいい。置き間違えても石が取られてしまうようなこともないし、後でいくらでも挽回がきく。しかしっ。そろそろダメの詰まった石が出てくる中盤からは悲惨だ。偉そうにしている私ではあるけれど、まだじっと見ていないと相手の着手点がちゃんとわからない(情けない)。あまり「どこに置きましたか?」と聞くのも失礼なので、なるべく聞かないようにしてやったけれど、それでも何度か「あれ、ごめん、どこでしたっけ?」なんて聞いてしまった。
で、一人との盤面を見て。「前田さん、こちらの方はまるで4子か5子置かせたような苦しい盤面ですね」と。う〜ん、そうかなぁ。まあ確かに右辺の白がやけに薄い。それもそのはず、最初の三手を打っただけで右辺はほったらかしにしているんだ。もう一局の方は相手を封じ込んで中央に巨大な地を作っていたので、この不利な盤面の方にやや注力。
そうこうするうちに。有利だったはずの盤面で、相手の着手点を見失い、テキトーに応手したら大石を取られた(な、情けない…)。相手の子は敗勢の碁が一気に優勢になったので「ヤッター、ヤッタ、ヤッター」と喜んでいる。「う〜ん、そこで喜ぶのもどうかと思うが、でも喜んでもらってるからいいか」と(苦笑)。
結局苦戦していた方には勝ち、勝勢明らかだった方に負けた。うん。二面打ちは私にはまだぜんぜん早いということが勉強になりました。ありがとうございました。
たまに調子に乗って「俺って、ヒカルと同じ速度で進化してない?」なんて悦に入ったりする私。でもヒカルは三面打ちの棋譜をすらすら書いてしまうんだよな。もうそんな僭越なことは言いませんm(..)m。
その後は、綺麗な打ち方をするんだけど、ちょっと伸び悩んでいる女性と四子で対戦。相手の大石を大きく取り込んで、中押しになりそうなところから、ちょっとずつアドバイスなどしながら対局。ふと、黒の妙手が浮かんだ。「ねぇ、そこ切ってみたら面白いと思いませんか?」。
その着手が妙手だった。私は身動きができず、取り込んだはずの相手の黒石が大復活。その石を取り込んで、そこの厚みから手を広げていた私はもうどうしようもない。盤面の各所に死活問題が発生した。
もうこうなったら私にすることはない。相手の方に「私のこの石を攻めてみましょうよ。まだ生きてないですからあせりますよ」とか、「ここは必殺ダメ場作戦で黒の希望を打ち砕きましょう」とか。単に負けだと恥ずかしいので「これは指導碁なんですからね」なんていう言い訳を相手の方と自分にしてみたわけだ(爆)。
そんな中。相手の方に質問された。「ダメ場作戦ってなんですか?」。えと、一般的な用語なのかどうかは知らない。でも、相手の地ができそうなところにちょっかいを出して、そこをどちらの地でもなくすることを私は「ダメ場作戦」と呼んでいる。
「そんな『作戦』なんて名付けるほどのもんか」と言われるかもしれない。でも初心者のうちというのは、「地ができないところには石を置きたくない」なんて考えてしまうもの。だから自分の地ができるところにばかり石を置き、相手も相手で自分の地を広げていく。いわゆる「囲いあい」になるわけだ。私はこの「ダメ場作戦」をマスターしてから結構勝てるようになった。
尚、実は私には必殺技がもうひとつある。相手の地模様に打ち込んで、どうにも生還が望めなくなってしまったときに実行する作戦。名付けて「必殺『そこはもともと相手の地だったんだから』作戦」。この作戦を実行しても何の得にもならないけれど、とりあえず精神的な痛手からは逃れることができる…かな?
弟子。生意気に「伸び悩みです」などと言っている。私にも二子で勝つことがなくなってきたし、教室での勝敗も勝ったり負けたりらしい。
しかし。ここ2ヶ月間、私は強くなり続けているのに、それについてくるだけでも大したもんなんだぞ>弟子。それに弟子は、布石上の要点を今マスターしつつあるところ。今注力しているのは「中央に顔を出す」ということ。弟子も数ヶ月前の私に似て、地を大事にするあまり囲っているうちに封鎖されることが多かったのだ。
そんな弟子へのアドバイスは「とにかく中央に顔を出せ」ということ。弟子は素直なので、「顔を出すぞ」と思うとすごく頑張って顔を出す。最近の対局では封鎖されることも少なくなってきた。しかしながら、顔を出すことによる損得のバランスが狂うこともあるみたい。また、顔出しに失敗した時のことが心配で「攻めながら顔を出す」ということがちょっとできていないのかもしれない。
封鎖されないことはとても大事なことだけど、最後は地を争うゲーム。その辺りのバランスがそのうちにわかってくるよ>弟子。新しい課題をマスターしようとする時には、一時的に思わぬ敗戦を喫してしまうものなのだ。ふとしたきっかけでバランスに気付いて、そしたらまた数級強くなっている自分に気付くことだろう>弟子。
付言すれば、弟子よ。君はまだ棋歴4ヶ月なんだぞ(笑)。私と同じくらいに強くなってしまうと、私がムクレルことも忘れてはいけないよ(笑)。
投稿者 前田博明 : 2003年01月29日 23:00 | トラックバック