2003年03月26日

「ハッピー・マンデー クール終了にあたって」 −フリー対局−

今日で本当に、1月からのクールが終了。自分がある程度強くなったこともあって、非常に実り多いクールだった。

1番に嬉しかったこと。

それは自分なりに「指導」(偉そうだが、他に適当な言葉もないので)したつもりの人たちがあっという間に、とてつもない速度で強くなっていること。月曜日の記事に書いたけれど、私に四子で負けて「納得いかんっ!」と怒っていた女性。「再戦だっ」と挑戦状をたたきつけてきたので、返り討ちにしようかと思ったところ、逆に私が中押しで負けた。

彼女は1月にハッピー・マンデーにデビューして「十九路盤で打てるようになるといいな」くらいの気持ちで打っていたそうだ。しかしながら非常に勉強熱心で、対局中も非常に頭を使う。私の6ヶ月時点の実力まであと一歩、というところまで伸びている感じ。ハッピー・マンデーの中でも既に「上級」扱いで良いと思う。

他にもいろいろと対局中に「呟き碁」形式(掲示板参照)を導入して、「ここはだめでしょ?」なんて言ったことを、次の対局にはしっかり活かしてくる人も多くいた。

人にアドバイスをして、そのアドバイスを受け入れてもらえるくらいには、私も成長したということか。

追記:
ここに書いた女性からクレームがきた。 実力が伸びたのは「私」のおかげではなく、私の「貸してあげた本」のおかげだそうだ(爆)。ちなみに貸してあげたのは「序盤の打ちかた」(小川誠子)。

ふ。まあいいよ。この本の素晴らしさを発見して人に勧めるだけでも俺の役目が果たせたんだから。

弟子も。

美人である特性に「身体を張ったギャグ」(1月27日の記事参照)をミックスし、今では「ファンキーな先輩」としての地位を獲得しつつある(笑)。

実力の方も、本人は「伸び悩み」だとか「私はやっぱり向いていないのかも」なんてブツブツ言いつつ、しっかりと伸びている。

ただ可哀想なことに。私は弟子に負けることはホントになかなかカンベンならない(笑)。なので、実力に応じた置き石で師匠と対戦できず、師匠との「勝負」を通じて伸びることがなかなかできない点だ(爆)。

ただ今回のクール。あまりに悲しいできごともあった。それについてはあまり触れない。私たちは「事件」に目を向けつつ、「事件後」を生きてる。「事件」なんてない方が良かったのは言うまでもない。しかし「事件」を通じて、私はいろんな活動を始めている。多くの方の協力も得られた。また、私とは別個に動いていた方々との協調作業もできそうな感じ。

「事件を無駄にしない」とは言いたくない。しかし、「事件」をきっかけにいろいろと動き始めてはいる。

追記。

今日、私に挑戦状を叩き付けた人との対局の後(笑)。自称23級という人と対局してみた。最初は五子で対局してみたんだけれど、どうも23級という感じではない。まだ「石の効率」などをきちんと理解はしていないようだったけれど、「石の形」はなかなか綺麗。

「では序盤だけちょっと互先の形で並べてみましょう」と並べてみる。で、中盤まで済んだところで「藤田というあだ名のF先生」を呼んだ。

「F先生、彼女、23級と言っているんだけど、それはおかしいでしょ?」
「え、この対局は…」
「互先ですよ」
「変な手というのは全くなさそうですね。23級ということはないですね」

うむ。これまで彼女とはほとんど話をしたこともなかったけれど、対局してみて良かった(強引に私が彼女の目の前にあった碁笥を開いて対戦を強要したのだけれども(笑))。自信を持って、着々と進歩して欲しいと思ってる。

と、いうわけで。「偉そう」な(自称)師匠と、美人な(他称)弟子は次のクールにも参加します。新たに参加される方がいらっしゃれば、ぜひよろしくお願いします。

投稿者 前田博明 : 23:00 | トラックバック

2003年03月24日

「最後の授業」 −講義−

孔令文先生は明日から日本語を使わない…

とかいう「最後の授業」ではなく。1月からの「ハッピー・マンデー」のクールで、講義が行われるのは今日が最後。これで弟子の棋歴は6ヶ月となり、私の棋歴は9ヶ月となった。

講義。

今日の講義は孔令文先生の「世界碁会における日本の碁」。

いろいろと意見のあるところだが、日本の碁は「芸道」としてとらえられ、その方向での進歩が非常に大きいことは否めない事実だろう。これは孔令文先生のみならず、多くの人の意見が一致するところだと思う。

孔令文先生曰く。中国・韓国は「いかに勝つか」の研究が非常に進んでいる。詳しくは書かないが、孔令文先生は中国棋界と非常に深い関係を持つ人。しかし。「僕は子供の頃から日本で、日本の碁を学んで育ってきた。そして日本の碁の奥深さはまだまだ世界で活躍できるのだ」ということをおっしゃっていた。

失礼な意味で言うのではないが、孔令文先生は現在4段。普通の「囲碁ファン」はあまり名前も知らないだろう。しかし、「なんかやりそうな」雰囲気を持つ。いつか大きなことをやってくれるんじゃないかと期待していたりする。

ちなみに帰り際。孔令文先生とちょっと話をした。先生曰く。「前田さん、ページの更新さぼっているでしょう?」。先生はまだ私の昔のサイトをご覧になっていたらしい。うむ。

情報戦で負けているぞ!>孔令文 (爆)

いや、その。

新しい URL もお伝えしましたので、機会があれば「かおるの小部屋」にもお越し下さいませ。

対局。

掲示板の常連の「くろねこ」という女性と対戦。彼女は今年の1月にハッピー・マンデーに参加。「十九路盤で打てればいいなと思って始めたんです」という彼女。私たち師弟に負けないどころか、上回るペースで成長している。

対局は四子。

序盤に彼女の勘違いないし、私の「偉そうな態度」に対する怯えからか十子ほどを殺してしまった。四子の実力差があれば、ここからは差が開く一方の展開のはずだった。しかし彼女は見事食らいつき、大寄せの段階での差は五目ほど。

つまり。序盤に石が死んでしまったのは「事故」だったということ。次のクールで彼女は私に追いついてくるかもしれない。

と、私はこう褒めているのに、彼女は私に負けたことが納得行かず、水曜日の再戦を求め挑戦状を送りつけてきた(笑)。まあ。負けた相手に再挑戦できる気持ちを持っていれば、今後もますます成長していってくれることだろう。

弟子。今日も弟子の碁を全く見られなかった。

対戦相手は私が先日三子置かせて負けた女性。この女性はすごくしっかりとした碁を打つ。「薄さ」でゴマカス(笑)私たち師弟の天敵のような碁敵だ(苦笑)。

弟子は結局二局打って一勝一敗だったとのこと。うむ。弟子は師匠の悪いところはきちんと批判的に継承し、弟子なりの打ち筋を見つけていっているらしい。

棋歴6ヶ月の弟子。碁会所などに打ちに行っても「7級から10級くらいです」と名乗っておかしくない。私と互先で打つ練習(勝負は3子〜4子、指導碁は2子)をして、あっという間に敗勢になることから自信を失ったりもしている弟子だが、着実な進歩に師匠は喜んでいる。

投稿者 前田博明 : 23:00 | トラックバック

2003年03月12日

「初めての九子局」 −フリー対局−

はじめて、相手に九子置かせて碁を打った。

まあ。私に九子局を戦いきる力がないのはわかっているんだけど、相手の人が五子でも面白いようにこちらの「嘘手」にひっかかり、「もう九子でしょう!」と言うので打ってみた。

序盤。左辺および下辺の戦い。このあたりまでは結構「普通」に打つことができたように思う。左辺および下辺だけで見ればこちらが優勢な感じ。しかし残った右・上辺の相手の石がやけに固まっている。

本当に九子を置かせる実力のある人なら、こんなふうに固めたりしないように打つんだろう。気付いたときには時既に遅く、相手の断点を頼りに「騙してみるしかなかろう」と強引な無理手。

こんな対局をするうちにT先生や他の生徒の人がやってきて、全員一致して相手の方の応援(笑)。私があまりな嘘手を打ち、相手が混乱してこちらの狙い通りの手を打とうとすると「ああっ、そこはっ!」なんて声を上げる(苦笑)。

結局。強引に右上に打ち込んだ石が生きてしまって私の勝勢。時間もなくなったのであとは手のあるところも手を入れず、ダメを詰め合って終局。結果は数目差で私の勝ちだった(^^;。

その前には、女子高生二人組のうちのひとりと対戦。五子局だったけれど、なんだか彼女は最近自信を失っている様子。まず右・下辺で私の拠点を固め、左辺を荒らしに行った石が生きた時点で彼女の投了となった。

「ここ、教えて下さい」と言っていたけれど、どうも着手のバランスが崩れている様子。不必要に守りを固めるかと思うと、荒らしに行った石を全部取りに行ったりする。

一手一手の着手はそんなに間違ってない。「間違ってない」というか、私のレベルとそんなに離れているわけじゃない。なので、生きも死にもある、という状況で私を攻めれば私の石は死ぬだろう。ただ「殺しに行くべきか、押さえ込むべきか」という判断にちょっと混乱があるようだ。

彼女は教室の中では、上手・下手グループで分ければ上手組。なので相手に石を置かせたりして戦うことが多かった様子。ただ今期の生徒たちは成長速度が速い人が多く、そんな人たちとの対戦で彼女の「混乱」が生じてしまったんだと思う。

細かいアドバイスは打ちながらじゃないとできないけれど、まずは「自分の判断力に自信を持って、着手の前にその判断力を使ってしっかり判断して着手する」ということかな。「最近やられることが多いから守ってしまおう」とか、「ここは相手が入って来すぎているから殺しにいってみよう」という「感覚」での着手をやめること。

弟子は。「噂のT」先生(掲示板参照)と九子で対戦したとのこと。二面の指導碁だけど、なんと一目差の善戦だったそうだ。

弟子に「まぁ、本気で勝負を挑むなら、俺とは四子か五子かなぁ」なんて言っているけれど(普段は二子局で対戦している)、実は思った以上に差が縮まっているのかもしれない…。ちょっと恐怖を感じた師匠ではあった。。。

投稿者 前田博明 : 23:00 | トラックバック

2003年03月10日

「石の形」 −講義−

今日の講義は「石の形」。

まぁ、「手筋」のようなものかな。実戦に出てきそうな形を取り上げて、一手の打ち損じで地を損したり、あるいは死活問題にまで発展するような形。そんな形を教わった。

ちなみに、以前孔令文先生が見ているときにやってしまった「抜き返し」の形(私は抜き返しを見損じて、危うく石を殺すところだった)も出てきた。

講義終了後。

孔令文先生といろいろと話をさせてもらった。で。先生が「あれは間違いでした」という前に書いてしまおう。「前田さんには九子で勝つ自信はないですよ」。先生がそう言った。間違いかもしれないけど、言うには言った!

先生は常日頃「私に九子で勝てれば初段です」とおっしゃっている。

ふふ。プロ公認(間違いかもしれないけど)の初段だ(^^)。

で、対局。今日は初めて対局する方と四子。最初に大石のアタリを放置したり、自らアタリの場所に突っ込んできたりするので「そこはアタリだからダメですよ」なんて言いながら対局。そんなことをしていると、なんだか敗勢になってきたので「ダマシ」で隅を奪ってみた(苦笑)。でもその後もアタリの場所を置き直してもらったりしていたので、結局数目差で負けてしまった。

地を数え終わった瞬間。ちょっと悔しかったな(爆)。でも上手が見損じのアタリを取るのもちょっとね…

相手の方は、基本的なテクニックはほとんどご存じらしい。ただ、ちょっと無駄な石を置いてしまうことがあって、その積み重ねで結構な損をしている感じ。まあ、私が隅を荒らしたりして、相手を萎縮させてしまったせいもあるのだけれど…

その後で、何度か日記に登場した女子高校生と対局。彼女の指定で二子局対戦。彼女、結構強くなってきてる。こちらの一手目をいきなり挟んできたり、石が接している中で一間に空いているところは必ず割り込むという変なところもあったけれど、いわゆる「布石感覚」は以前より向上している。中盤くらいまで負けるのかもしれないな、と思いながら打っていた。

ただ、まあこれは「好み」の問題もあるんだろうけれど、辺を相手に許しすぎるのは「甘い」と言えるかもしれない。私が初手にかかった石を挟んできて、そして私が両ガカリ。結局両ガカリにした両方の石を生きて、両辺ともほぼ私の地にしてしまったので、こちらには「保険」ができてしまった。

結局のところ。

中盤の後半になって。私が「このままでは細かい碁になってしまう」と、相手の模様をアラシにいったところでちょっと彼女のミスが続いてしまったみたい。私の生きていない石からの攻撃に丁寧に応手し、こちらの石を「攻める」観点が欠けていた。こちらも死活の不安を抱えながら石を伸ばしていたので、ここをもうちょっと上手に応じればまだ勝負になったと思う。結局は70目くらい対30目くらい。

以前は確か二子局で70目だか100目だかの差がついたので、私の進歩も考慮に入れて彼女は結構成長しているかな。

弟子。今日は弟子の碁を全く見られなかった。以前「碁笥と間違えて湯飲みに指を突っ込んだ」時に対局した相手と対戦したそうだ。弟子の捨て身の作戦が功を奏したのか、今日の後半はお互いに和みつつ対局を楽しんでいたようだった(笑)。

尚、弟子の仲間のおしゃれな女性は、黒番で対局して上手と思われる人に中押し勝ちしたらしい。この件、詳細は掲示板の方に書くことにしよう。

投稿者 前田博明 : 23:00 | トラックバック

2003年03月05日

「粘り強さ」 −フリー対局−

私の話ではないけれど。

弟子は妙に粘り強い。序盤で圧倒的に負けていて、「これは涙ながらの投了モードかな」と思っても、いつの間にか逆転している。しかも圧倒的に形勢有利になっていたりする。まあ一方で、序盤に圧倒的に勝っていても負けてしまうこともあり、一概に「粘り強い」とは言えないのかもしれないが。

まあ実は。私も大勝の形勢の碁をなんとなく負けてしまうこともあったので、そういう意味で師匠の弱点を受け継いでいるのかもしれないけれど…

ま、それはともかく。序盤で圧倒的に負けそうな形勢の碁をひっくり返すのは、たいていは「無理」をして、相手がその「無理」を咎め損なっているからだ。本来は凄く大きな差はひっくり返るものではない。

弟子の場合。普通の人よりは頻繁に、上手(と言っても私レベルだけれど)と対局する機会がある。なので、私の無理気味のシノギなどを見て「私もイケルかも」なんて思うこともあるんだろう。そしてそういう「シノギ」は下手相手には通用する。

ただ。碁は下手相手にいかに無理なシノギを完成させるかというゲームではない。上手に対して行えば絶対に許してもらえないシノギなど、実は「シノギ」ではない。

と、まあ偉そうに言ってるけれど、弟子と二子局になったらいきなり相手のアツミに突っ込んでアラシを成功させていたのは師匠の私だ(笑)。最近はそういう打ち方を反省して、しっかりと布石してから戦いに乗り込むようにしているけれど、師匠の悪い面をちょっと受け継いでしまっているんだろうな(苦笑)。で、師匠はそういう手筋で弟子を混乱させたのに、今弟子がそういう手を打つと「それはダメだ」なんて言われてる。可哀想な弟子だ(笑)。

そういえば。弟子は相手に模様を張られることが極端に苦手だ。自分より4、5級下の相手でも、三連星や中国流の布石を張られると自滅する(笑)。実はこれも師匠の以前の弱点なのだ(大笑)。本当にかわいそうな弟子だ…

弟子。秘策を授けよう(あれ、囲碁に秘策はないって前言ってなかったっけ?)。

模様を張られた際に、上手が打つような応手を打つ必要はない。「模様を張られる」ことが得意か苦手かは人それぞれだし、あと、経験積めば相手の模様などいつでも荒らせるという落ち着きも出てくる。そういう落ち着きがないうちに、上手が打つように「広い方からカカル」という棋理に則った打ち方をしていてもなかなか勝てないんだ。

模様を張られたら。狭い方からかかれ>弟子。君が対局するのはたいていは君より下手。で、あれば狭い側からかかったせいで、相手の模様が地化してしまうということもない。

例えば三連星を張られたら。普通は外側からカカルのが良しとされる。しかしそうしては、相手の模様が何となく地化してくる。経験を積まないうちは、その時点で自分が敗勢にあると勘違いし、無理手を打ち続けることにもなってしまう。

そうなる前に、相手の狭い側からカカッテみなさい>弟子。相手が下手ならそれだけで「地を荒らされた」と勘違いして打ち筋がボロボロになるだろうし、君と同レベルならば、そこで「模様」は消えて通常の戦いに転換できるはず。

但し。その打ち方が「応急処置」であることは意識しておきなさいね。いつか上手になったら、上手風に外からかかっていけるようになろう。

だいたいにおいて。模様で勝負する碁なんてのはトテツモナクムズカシイものなんだ。君がアタフタしなければ、模様碁だからといって負け続ける理由はないのだよ。

ちなみに。私が相手の模様にビビらなくなったのは今年に入ってからの話。君は師匠の悪いところも覚えてしまうけれど、トータルで見れば師匠の倍の速度で成長してるんだ(^^)>弟子。

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2003年03月03日

「手筋」 −講義−

今日の講義は「手筋」。

手筋にもいろいろあって大きく分ければ「攻め」と「守備」。細かくわければ「石を取る手筋」、「切断する手筋」、「形を崩す手筋」、「ヨセの手筋」、「連絡する手筋」、「形を整える手筋」、「サバキの手筋」、「キメル手筋」などがある。

私は。この「手筋」が苦手。本はいくつか持っているけれど、「詰碁」、「序盤」に比較して数ランクは難しく感じる。まあそれも無理のないことで、「手筋」を語るには「石の形」を知らなければならない。「石の形」は、ときに正解がないのではとも思うくらいに難しい問題だと思う。また、断片的に「手筋」を覚えても、その場が手筋を発揮すべき場所なのか否かの判断も難しい。

『やさしく解けるポケット手筋180』(日本棋院)なんていう初級者向けの本でも、とても「やさしく」は解けない(苦笑)。

対局。

本日は弟子とともに、インストラクターの方と井目(9子)で対戦。インストラクターの方の二面打ち。いつもは(教える余裕を持ちたくて。一説にはただ負けたくないからという話も…)弟子と二子で打っている私。なぜにインストラクターの方と打つときには同じ井目打ちなのかということは取り敢えず拘らずにおこう。きっと上手から見れば私と弟子の差などないに等しいのだ(苦笑)。

で、対局。開始前に「さすがに井目では負けないだろうさ」と(根拠のない)自信を持って臨んだのが良かったのかもしれない。80目以上の地を確保して、後半は「守り」で勝ちきった。

そうはいっても。実は最初の20手くらいはひどい碁になってしまった。相手を攻めてるつもりがあっさりと囲みを破られ、「これはひどいな」と感じた。しかしさすがは井目。第一の囲みを破られても、簡単に第二の囲みで相手を囲いきれる。あまり九子置いて打った記憶がないのだけれど、「こんな簡単? どっかに罠がある?」と逆にビビッテしまう展開ではあった。

自分の対局を終えて、隣で打っている弟子の盤面を見る。なかなか良さそうな盤面、、、と思ってよく見るとひとつの隅が全部死んでいた。なんでも、相手の石を取れば問題なかったところを、なんとなくウケてしまって死んでしまったとのこと。

弟子はこれが相当にショックだったようで、教室後の食事中もずっと「私ミスばかりだ。やっぱり碁に向いてないのかもしれない」なんて言い続けていた。

弟子よ。君は今、「カカリの方向」だとか、「アラシの方法」だとかいうことで悩んでいる。それはそのまま師匠がちょっと前に悩んでいたことだと理解しろよ。それに九子で打てば、相手は隅のひとつくらい殺さないと勝てないわけで、そこは上手の手筋で隅を殺しにくる。それで殺されたくらいでショックを受ける必要はないさ。

師匠はさすがに先輩で、さらに病的に(?)本を読んでる。師匠の言うことが難しくても心配ない。去年の師匠の日記でも読んで「あら、私に指導し始めた頃でもそんなことで悩んでいたの?」と気楽に考えれば良いのだ(笑)。

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