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心の底から感動した。「感動」と書くとなんか安っぽくなっちゃうけど。
合宿(「ふれあい囲碁祭り」という箱根での催しを「合宿」と呼んでいます)で見たじゃっきーさんという女性の碁。彼女は今、私と逆コミ百目で打って十四目負けちゃうくらいの実力。その彼女が合宿前に私に尋ねてきた。「前田さん、五子局ってどう打てば良いんでしょう?」。
私は。自戒を込めて言うんだけど、級位者のうちに相手に石を置かせることは大反対。白番は手がどんどん荒れていくし、黒番は恐怖感で碁が打てなくなる。身近に適切な批判ないし指導をしてくれる人がいなければ、級位者の置き碁は「棋歴五十年2級」への最短距離だと思う。
彼女相手に、ちょっと石を並べてみたりしながら解説もどき。主に布石感覚の話をした。話をしながら、「まあそんな完璧に打てるようになるわけがないよね」なんて思いながら。
で、合宿の最終日。おそらくは彼女の最終局。私の対局の合間の短い時間ではあるけれど、彼女の碁を見ていた。
凄かった。あやうく、後ろからポカポカと殴りそうになった(笑)。あるいは私が女性であったら良かったのにと思った。女性であれば「凄いね、凄いねっ」なんて言いながら彼女に抱きつきたくすらなった(苦笑)。
局面は終盤だったんだけど、彼女が本当に「しっかりした五子局」を打ったことは、その局面からもわかった。相手を「騙している」ところもない。彼女なりの本手を打って、そして目算してみればほとんど追いつきかけている。本当かな? と思って三度も目算をやり直した。
「打ち掛けにしようよ」。教室で打っていた碁ならば、絶対にそう言ったと思う。彼女と、その相手だった人にとって、この後のヨセは「運」みたいなもんだろう。見たところヨセをしっかりと打てば白の勝ちになりそうな碁。でもそんなヨセが打てるかどうかはわからない。勝敗の結果で、ここまで素晴らしい五子局を打った彼女の努力を否定するようなことになったら悲しい。
私の対局後。同じく対局を終えたじゃっきーさんに会った。「良い碁だったね!」と言う私に、彼女は「せっかく教えてもらったのに負けました。すみません」なんてことを言う。数目程度の負けだったそうだ。やはり「負け」という結果が出た以上、彼女の実力では、まだ自分がどれだけ凄い碁を打ったのかわからないんだろうな。「あのね、凄い碁だったよ。俺はむちゃくちゃ感動したんだから」。
そういう私を疑わしげに見る彼女。「え、そうなんですか? 私、『せっかく教えたのに負けやがって』と叱られると思ってたんですけど」と半分冗談のように言う。そうだ、彼女は私がマジギレ(苦笑)した姿も見ているんだな(笑)。教室でこばぴを扇子音(?)高く殴りつけた(笑)ところも見ているんだ。
「あんな碁打ってて、叱るわけないじゃないか。本当に凄かったよ。あんなに打てるとは思わなかった。あれだけ打てるなんて凄い!」。言いながら盤面を思い出してみた。
(私の「指導」も含めて(笑))「いろんなことをヒントに、私に逆コミ百目で勝てない初級者が、一所懸命に素晴らしい碁を打ったんだ」ということが一目でわかる盤面。どう打つべきか悩んでいたじゃっきーさんの姿も浮かぶ。
「俺、関西人だったな」。突然そんなことを思い出した。「関西人である以上、褒めっぱなしで話を終わるわけにはいかんじゃないか。どっかで話にオチをつけなくちゃ」。
冗談めかしてオチにしようと思った。「俺ね、君の碁を見ていて涙が出そうになったんだから」。
そう言った私の目には、不覚にも涙が浮かんでいた。
結局、話自体にオチを持ち込むことには失敗したわけだ。でもエラソーな私が、人の碁を見て泣いちゃったこと自体がオチになったよね(笑)。本当に素晴らしい碁でした。「ありがとう」なんて言うのは変かもしれないけど、でもあんなに良い碁を打ってくれて、本当にありがとう。
投稿者 前田博明 : 2004年06月13日 23:30 | トラックバック