2004年06月14日

カタチって何だ! −講義−

今日の講師は高梨先生。「『大きい・小さい』を超えた手」と題して行なわれた講義は「必然の一手」のこと。

この「必然の一手」。ようは「カタチ」と言い換えても良いと思うんだけど、級から段などにジャンプアップする際に必須の知識なんだよね。「フクラミの急所」なんかが例。

級位者のうちはさ、「う〜ん、ここ打たないとダメだと書いてあったけど、でも他に打ちたい所もあるしな」と余所に回ってしまう。なんとなく得したように見えても、後でその部分が「アジワル」になってきたり、あるいは相手に打たれて、それが形勢を決める一手となってしまうことがある。

ウワテがシタテの碁を見るときも、こういう「急所への着手」を見る。ぱっと一目見て、急所の位置を一方の対局者ばかりが打っているようなら、打っている側が有利だし、棋力も上だと判断できる。私も以前、令文先生の奥さんと碁を打ったことがある。それを見ていた覚先生が「う〜ん、似たような実力ですが、ここを打たれた以上前田さんが悪くなりましたね」と。

当時は「まだ序盤なのになんでそんなこと言うかなぁ」なんて思わないでもなかった(苦笑)。でも今になって思えば、「そろそろ初段」と言われていた時期、私にはこの「カタチ」の概念が完全に欠けていた。今は、弟子たちがカタチの急所を逃して大場に先行すると、それを叱ってあげられるくらいにはなった。


講義後の対局は、小学生との対局だった。四子局。なんか私に似た所のある小学生で(笑)、なんかびびってしまって囲いに行き、そして大きなヨセを全部打たれるという展開になってしまった。結果は百十目程度と 70 目程度。

相手が「模様の接点」などを意識せずに囲いにきた場合、ウワテがその碁に勝つことはほんとうにイージーなことなんだなと勉強になりました。

局後には「俺、おっかないけど、取り敢ず碁のときは(こばぴを除き)殴ったりしないんだから、もっと積極的に打たなくちゃね」と。考えてみれば私もそのような指摘を受けていた(受けている?)なぁ(苦笑)。

かわいらしい小学生だった(え、あの、自分のことをかわいいと言っているのではなく(爆))。


講義前には教室に通う年長の男性同士の対局を見学していた。両方とも、たまに「ご指導下さい」なんて言って私と打ったことのある人。

お二人とも。打つ前に想像していたよりもずいぶん強いんだよね。大場の意識はあるし、カタチの意識もそれなりにある。ただ今のところは「利き」の概念がまったく頭にない。まあ私も「利き」には弱いんだけど(笑)、彼らの場合は直近の利きを読まずに、相手に利きを打たせる、ないしは作らせる悪手を連発する所がある。

まあ。そういうところが意識できれば一桁級どころか、すいすいと有段者になっちゃうかもしれないけどね(笑)。


でね。教室には女子高生もいるんだけど、彼女がなんか宿題のレポートをやっていた。資料をちょっと読ませてもらうと「リービッヒの最小律」なんてのが書いてある。

私は不勉強ゆえにこの「リービッヒの最小律」を知らなかったんだけどさ(「生物」の授業なんてほとんどやってなかったし)。「植物の生育は、必要な元素のうちで最小量のものによって制限される」というものらしい(間違ってたらごめんね)。

「そんなもんあったりまえじゃんな〜」なんて考えてふと思った。

囲碁ではさ。この「最小律」が成り立たないね。たとえば「序盤」「死活」「攻め合い」「ヨセ」なんてものに分けて考えてみよう。私の場合「序盤」は強い(当社比(笑))けれど、「攻め合い」とかは面倒くさがってしまいがち。「死活」と「ヨセ」はまあまあそれなり。でも私の棋力が「攻め合い」によって決まっているのではない。

あとさ。人と打っていて、やけに序盤が弱い人がいる。「なんだコイツ。むちゃくちゃ弱いじゃねーか」と思ってると、「攻め合い」がやったらと強くてひっくり返されたりするんだよね。

「こんなに勉強しているのに強くならない」と思っている人も結構いると思います>ハッピー・マンデー。でもさ。結局最終的な棋力ってのは、序盤から終盤の各局面の平均みたいなもの。序盤を必死に勉強しても、確かに綺麗な序盤は打てるようになるけれど、それだけで攻め合いに強くなったりはしない。

ある程度のウワテになれば、「自分に欠けているもの」とか、「勉強すれば最も効率よく強くなる部分」というのが見えてきます。

でもね。そうなるまでにもある程度バランスのとれた強さを身につけておく必要がある。それまでは「焦り」なんて必要ないんですよ。自分のペースで、ゆっくりと、そして「面白そう」と思う所を勉強していけば良いのです。

「阿呆なことに悩んでいたなぁ」。囲碁を継続していれば、今の自分にとってドデカイ悩みでも、いつかそう思えるようになります(五段くらいに強くなるとどうなのかは経験がないのでわかりませんが(^^;)。

のんびり勉強し、できることならば「強いウワテ」ではなく「上手いウワテ」に出会って、囲碁を楽しんでいってください(^^)。きっと「え〜と、今の私の棋力は当時のシショウくらい。ってことはシショウって大したことなかったのね(^^;」なんて思えるようになります。

では、また。

そうそう。私と打つとやけに必死になってお礼を言う人がいますが(笑)。私にとって、シタテの方々と打つことは楽しみであり、そして勉強にもなりました。私にとってそういう意味があるからこそ、ハッピー・マンデーに居続けたわけですから。

みなさん、どうもありがとうございました。

投稿者 前田博明 : 2004年06月14日 23:00 | トラックバック